《草魔法師クロエの二度目の人生》44 母とベルン

「お前の母親はこの辺境が大嫌いじゃった。何もない、野蠻な田舎だと」

祖父が眉間をみながら、ため息をつく。

「ダリアもわしも平凡な顔立ちじゃったが、なぜかエリーは人に産まれた。皆、蝶よ花よと可がった。エリーはすっかり傲慢になり、ダリアが死ぬと、エリーを叱る人間がいなくなった。わしは外に出ていることが多く、ポアロはエリーのを嫌っていたからな。働きもしないくせに文句ばかり言うと」

ポアロ伯父様と母……同じ親から生まれた兄妹であっても、隨分と格が違うんだ。

「……しかし、そんなエリーでもベルンは惚れてくれた。わがまますら可いと。エリーもまんざらではない様子だった。ベルンはこの辺境で、間違いなく一番賢く、あの通り量もいいからな」

ベルンは平民だけど、この辺境では、特に祖父の治世では実力主義。祖父が力を認めるほどの力があれば出世できるのだ。そもそもここは萬年人材不足だし。

「そこへ、エリーの適が〈火魔法〉と知ったモルガンが、橫やりをれてきた。〈火魔法〉のないからな。わしに言わせれば、エリーの全く鍛えていない〈火魔法〉などに、何の価値もありはしないが」

私は前世でも今世でも母の〈火魔法〉を見たことがない。今の今まで適を知りもしなかった。つまり、生まれたそのままのレベルなのだろう。〈火魔法〉を特別視するつもりなどサラサラないけれど、寶の持ち腐れだ。

「侯爵家という地位、潤沢だろう資産、王都での華やかな生活、エリーはその全てに目が眩み、さっさとわしの不在中に婚約解消を勝手に宣言した。平民のベルンは何も言えなかった。留守を預かっていたポアロは妹のあまりの不実に激怒した。そしてエリーを見限った。いないほうが領のためだと。自分の大事な側近であるベルンにとっても、エリーよりもマシなはいると。そしてエリーとモルガン侯爵家との婚姻を表向き了承した。その実は勘當だな。わしはポアロの決斷に頷いた」

祖父は書斎の壁にかかる、亡き息子夫妻の肖像畫に目を移し、何度目かのため息をついた。

「しかし、ポアロの思はどうあれ、ベルンはそれからずっと一人だった。ベルンはそもそもポアロの従者。ポアロが死んだ以上ここを離れてもいいとも言ったし、何度か見合いを持ちかけたが斷られた。わしと……お館様と結婚したと、冗談を言ってな。まあ、あながちウソでもない」

ああ……ベルンも……あんなにいつも完璧なベルンも……過去に拒絶されているのか。分と財力に負けて。若いベルンにはどうしようもないことで。

「ベルンは……そんな母の子である私を、どうして可がってくれるのかしら」

思わずボソッと口から出た。

「……クロエ様はビックリするくらい、侯爵ともエリー様とも似てません。だから俺たちはかわいくてしょうがないですよ?」

ホークはそう言って笑い、私の頭を優しくでた。

本當は毎朝鏡を見て、大人に近づくにつれて母に似てきたことを知っている。でも、私もただただ謝を込めて笑いかえす。

「顔の作りじゃないんだ。問題は表! クロエ様? エリー様はクロエ様のようにニコニコ笑いはしなかった。何もかも與えられて當然だという……取りすました人だったよ……お館様には悪いけど」

ゴーシュが吊るされながらも、私に向かってフォローした。こうだからゴーシュは憎めない。

それにしても、母に切り捨てられたベルンと、婚家に切り捨てられたマリア。似たもの同士だったか……。

ああ、両親に切り捨てられた私も一緒? だからベルンは私を可がってくれたのかな?

まあいい。私はマリアも大好き。ベルンも大好き。

さて……どうしよう。

祖父がゴーシュを睨みつけた。

「ゴーシュ、お前は當分の間自宅謹慎だ。クロエの薬は領の寶。それを勝手に盜み、私用で使った」

「そんな! 盜んだなんて!」

「クロエがお前にこんな厄介な薬を渡すはずないだろう。ならば盜みだ。ホーク、お前が自宅に連れて行け。そして奧方にこいつが何をしでかしたか説明しろ」

「はい」

「そ、それだけは! 勘弁して! やめてください!」

ゴーシュの聲が引きつった。

「やかましい!」

ホークがゴーシュの急所を蹴り……靜かになった。

「ベルンとマリアは明日、薬が抜けたところで、話し合いの席を設ける。この狹い屋敷で一緒に働くのだ。とっとと言いたいことは全て吐き出して不満を解消しなければ、全員に悪影響を及ぼす」

祖父の言う通りだ。どうすればうまく事が収まるか、いろいろ考えてみたけれど、小細工するよりも、正面からきちんと話して終わらせたほうがいい。

ただ二人が、正直な気持ちを話すかどうかが問題。ずっと我慢ばかり重ねてきた二人だ。

「エメル、どう思う? どう話を運べばいいかな? 何がベスト?」

『うーん……今夜眠れなくなるけど、いい?』

「丸く治るなら、一日二日眠れなくてもいいよ!」

『じゃあ、もう一回薬の力を借りようか? 今度は正しく、本人たちやリチャードにも了解をとった上で』

「「「ん?」」」

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