《草魔法師クロエの二度目の人生》58 商売
翌朝、教室にると、これまで以上に冷ややかな視線にさらされた。
自分を勵まし背筋をばして、席につく。
前世の私はクラス中から蔑まれていた。今の私は憎まれている。どっちの方が辛い? どっちもどっち。辛いものは辛い。
今日、授業が終わり次第、飛び級制度の審査申請しよう。
いつぞや兄が言っていたこの制度、兄は申請したものの卻下された。祖父曰く、第一王子もしていないことを認めることができないのと……やっかみだろう、と。アベル王子殿下と兄は學年が違い、比較はできないと思うけど。そのため兄はきちんと四年間、在校した。
兄がダメだったのなら私も無理だろうか? ここでシエル様に売った恩を返してもらおうか?シエル様は々とそういったツテがありそうだ。
そんなことをつらつらと考えていたら、隣の席の……確か平民のカーラ様が私を見ずに小さな紙切れを私の手元に押し付けた。
そっと開いてみると、
『昨日のクロエ様の言い分は正しいです。勇気がなくて、聲を上げられずごめんなさい』
驚いて顔を上げ、カーラ様を見るが、カーラ様はまだ何も書かれていない黒板を睨みつけている。
前世今世初めて、クラスメイトに手を差しべられた。信じられない。
ああ、きちんと聲をあげれば、たとえ大っぴらでなくとの心の中で、私に賛同してくれる人がいるのだ。前世でもひょっとしたら、私の味方がいたのかもしれない。
ふと教授のシルエットが脳裏に浮かぶ。味方と思ってたら、切り捨てられたっけ……。
彼と教授を混同してはダメだ!
「……ありがとう」
私は彼にだけ屆く小さな聲で囁く。私と関わることで、いじめにでもあえば大変だ。
私は丁寧に手紙を畳んで、バッグのポケットに大事なものとして片付けていると、
「お前……よくも昨日は門前払いしてくれたな!」
ザック様が私の機の前に來て、大聲で詰り出した。思わず出そうになったため息をグッと呑み込む。
「門前払いなどしていません。屋敷で必要な手続きをしたはずです」
極力冷靜な聲に聞こえるよう努める。
「何が必要な手続きだ! 200萬ゴールドなんて大金ふっかけて、俺たちを相手にもしなかったじゃないか!」
一見高額な數字に、周囲が驚愕し、ヒソヒソと話し出す。でも視界にったカーラ様は首を勢いよく橫に振ったあと、コクンと頷いた。私の話をまともに聞いてくれる人もいる。し勇気付けられて、反論する。
「ふっかけてなどおりません。私の薬がいくらで買えると思ったのですか?」
「薬なんて……10,000ゴールドってとこだろ?」
「私の薬の相場など、貴族のあなた様ならちょっと調べればわかるはずです。そもそもケイト様のお父様の優秀なお醫者様が手にれられない薬ですよ? 10,000ゴールドなわけがないでしょう?」
「うるさい! 役立たず! 友人の父親も見殺しにする、気な! 殿下やシエル様と親しいからって図に乗って!」
『役立たず!』
『気な草魔法使い!』
『何でこんなが殿下の婚約者なの? 殿下がかわいそう!』
ああ、何度も何度も言われ続けた。あのときもここだった。
今世は王家の婚約者ではない。モルガンに縛られてもいない。だから大人しくしていれば、靜かに過ごせるのではないかと期待してた。
でもダメだった。
『役立たず!』
この、同じ場所で、ドミニク殿下が、同級生が、弟がそう言っていたシーンが脳裏で何度も繰り返される。
『役立たずは、死んで役に立て』
獨房での最後の記憶。
吐きそうだ。今日はもうこの場で座っていられそうにない。私は帰宅のために、ゆらりと立ち上がった。
昨日の私の草での反撃を見たものたちは、一斉に私と距離を取る。でもそんなことに構っていられない。
鞄を左手で持ち替え、右手で俯く頭を押さえながら、よろよろと教室のドアに向かった。すると、ドアが向こうから開いた。私は橫に避けて道を譲る。
誰かが息を呑む音がする。
ドアから一歩踏みれたその學生は、ドアを塞いだまま、そこをかない。
困った私がゆっくり頭を上げると、もっと困った顔をしたケイト様だった。
よりによってこのかたと、今、鉢合わせとは……。私は無理矢理彼の橫をすり抜けようとした。
「く、クロエさん……昨日はその……ごめんなさい……」
頭がよく働かない。何を彼は謝っているの? 顔を上げて、彼を見る。
「今更、こんなこと、言うの恥ずかしいんだけど……是非、薬を売ってください! お願いします!」
ケイト様はペコリと頭を下げた。
「……え?」
「昨日、家に帰って、パパのベッドでクロエさんとのこと報告したら、パパ、とっても怒ったの! 怒りすぎて死ぬんじゃないかってくらい」
「…………」
「せっかくローゼンバルクとの縁が生まれそうになったというのに、何潰してんだって。それでも商売人の娘かって!」
商人とは……逞しい。
「で、うちの仕れ擔當を枕元に呼んで、クロエさんのところでもらった薬の処方箋を見せたら、薬の主原料のドリュー茸ってやつ、市場で300萬ゴールドするって。調剤すればその倍! 200萬は薬として、破格のお友達価格だったって!」
……そうね。流通してるものを買えば、そのくらいするかもしれない。私が摘みに行くからうちの薬は価格が抑えられるのだ。
「お前は200萬で父親の命が救えるのに、何、躊躇してるんだって! 200萬くらい、小娘でも必死に働けば一年で返せる金額なのに、お前はそれを惜しんだのかって……」
「…………」
「學校でのやり取りも白狀させられて……パパ、病気なのに顔が真っ赤になったり真っ青になったりして、『たとえ継ぐことはなくても、俺の娘としてひととおり商売のことを教えておくべきだった』って落ち込んで、クロエ様の言うことはプロの商売人であれば當たり前のことだって……」
カーラ様に続いてケイト様のお父上も、私の言い分に納得してくれたんだ……。
「そして、ローゼンバルク辺境伯の令嬢という意味が、どういうことか……」
「そ、そのへんでやめてちょうだい!」
私は慌てて、彼の言葉を遮る。せっかく四組にいるのに、祖父のこの國での立ち位置を知る気がないものにまで大聲で伝えないでほしい。
「……わかりました。とにかく私の薬を昨夜の金額で買うことに了承した、ということでいいのですね?」
ケイト様はびくつきながらもコクリと頷いた。
「では、私もその旨を屋敷に急ぎ連絡しますので、ケイト様もどなたか信用できる人を我が家に差し向けて、薬をけ取ってください。その場でお金は領しますのでご準備を。そして主治醫も呼んで、患者にすぐに飲ませてください」
「え? クロエ様がお薬作ってくれないの?」
「ああ……調剤済みのもののストックがありますので、今すぐご用意できます」
昨夜ココアを飲んだあと、やっぱり作ったのだ。渡すことになるかどうか、わからなかったものの。
「……ありがとう」
頭を下げる彼に、私も頭を下げて、教室を出る。
手早くベルンに手紙を書き、タンポポにして、窓から飛ばした。これでいい。
割れるように痛む頭を押さえながら、校舎を出たら、真夏のギラギラとした朝日のあまりの眩しさに目が眩む。
目を閉じると、まぶたの裏に、當時のドミニク殿下が浮かび上がった。
『私がお前のことを、本気で好きになるとでも思ったか? の程知らずめ!』
……暗闇に落ちた。
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