《草魔法師クロエの二度目の人生》157 弟子として
『上手にドラゴンを解放できましたね。さすがクロエです』
『…………』
教授へのはまだ整理できておらず、どう返事をすればいいかわからない。
『私の顔など見たくもないと思いましたが、あと一つだけ、私のお願いを聞いてくれませんか?』
『……カーラさんのこと以外で?』
『ええ』
『私にできることならば』
『あなたに継承した〈時空魔法〉は、誰にも伝えないでください。私の弟子の、クロエで最後に』
トムじいと真逆の願い……。
「……いいのですか?』
『〈時空魔法〉は世をします。私の知識をけ継ぐ弟子たちが、時の権力者に命じられ、己の命を懸けて時を遡るなど……想像もしたくない』
『でも、〈時空魔法〉を適として生まれてくる子はどうするのです。危険がある魔法だからこそ、正しく導かないと!』
『今後、〈時空〉適は生まれてこないよう、お願いし、認められました』
『誰に?』
『もちろんジーノ神に。すでに誕生している子は、なんとか保護してあげてください』
『そうなの……ですか……。でも、それでは教授の二度もの〈時空魔法〉を研鑽してきた日々が報われないのでは?』
『クロエ、いかに理由があったとはいえ、私が犯罪の片棒を擔いだのは事実です。君は私からけた苦しみを忘れたの?』
『忘れるわけない!』
『だから、私にけなど無用です。さあクロエ、君のこれから先の二度目の人生は白紙。大好きな〈草魔法〉で自由に生きてください』
『……わかりました。弟子として、あなたの魔法を後世に伝えないことをお約束します』
『……よかった。ではク……』
『でも私は! 私だけは全部忘れない! 一度目あなたが私を気にかけてくれたこと、ガリガリに痩せた私に味しいお芋を食べさせてくれたこと……裏切ったこと! 二度目に師となり……私の寶であるエメルを救ってくれたこと! 全部……全部生涯……忘れない!』
『クロエ……』
『さよなら、先生……』
突如、常に落ち著いた表をしていた教授の顔が歪み、目一杯広げられた教授の瞳から、ポロポロと涙が溢れた。その涙に天から注ぐが當たり、キラキラと反して、両手で顔を覆いを震わせる教授を包む。
そしてそのまま教授は……の中に消えた。
不意に、この対面はこれで終了したのだと気がついた。私の意識は曖昧になり、立っていられなくなった。が後ろに倒れ、瞼が下りる瞬間に、天頂の虹の瞳の瑠璃の巨と目があった。
あの、絵本で貓と冒険していた小さなドラゴンに似てる?
あのドラゴンが……エメルたちの祖?
…………
……
◇◇◇
ゆっくりと目を開けると、見たことはあるものの、どこか思い出せない、木を組んだ天井が目にった。空気はがピリッとするほどに、清浄。
記憶をたどりながら、周りを見渡せば、私のにいつもどおりミニサイズのエメルが乗っていた。ホッと息を吐き、顔を橫に向けて……ギョッとした。
すぐ隣のベッドで、リド様とアーシェルが眠っていた。そして二人の間には、子貓サイズの小さな小さなホワイトドラゴン……。
「ああ……」
全て思い出した。
そしてここはおそらく大神殿の神域だ。大神殿の卵を冬の寒さから守るために私が〈木魔法〉で作った社……が、なぜか長し、拡張している。神域ゆえか? 誰か手をれたのか?
よくわからないけれど、何はともあれエメルがいる。私は重い腕をなんとか持ち上げて、エメルの頰をそっとれた。
即座にまん丸のアイスブルーの瞳と目が合った。
『クロエ! 起きたね!』
「エメル……無事なの?」
思ったような聲が出ない。掠れる。
『うん。クロエのおかげだ。もう何も心配しなくていい。ちょっと待ってて、呼んでくる』
エメルは慌ただしく外に飛んでいってしまった。狀況がよくわからず、し不安になっていると、數分でエメルが戻ってきた。
「クロエ」
兄……ジュードと一緒に。
「おに……ジュードも無事? あの後一……」
私が焦ってまくしたてようとすると、その私の口を、兄が人差し指塞いだ。
「靜かに。リド様とアーシェルとルーチェ様がお休みだ。おいで」
ジュードは手早く私を布でくるむと、橫抱きにして、エメルを伴い外に出た。晴天だった。
眩しさに目を細めて青空を見上げると、まだ太は天頂にない。晝前のようだ。
ふとジュードの首筋を見れば、じんわり汗ばんでいる。暑いのかもしれない。それとも走って來てくれた? 私は魔力不足で……寒いけれど。
自分のを意識すれば……魔力は全量の三分の一、というところだ。
私たちは大きな楠の下のベンチに落ち著いた。葉っぱが生い茂り、影を作って穏やかな場所だ。
まだを持ち上げる力もなく、ジュードのに寄りかかり、ゆっくりと顔を上げる。
エメルがお手製のポーションを取り出し、私の口に瓶を運び飲ませてくれた。に全に染み渡り、文字通り生き返る。
「ここは大神殿の神域?」
「うん。今日はクロエとエメルを救出してから5日目だよ」
「そんなに……」
全く実がない。
「クロエを一刻も早くローゼンバルクに連れ帰りたかった。しかしルーチェ様、リド様、アーシェルはクロエと同じく魔力欠乏中。そんなルーチェ様からエメルは離れられない。そしてエメルにはクロエも必要。ということで、ここでクロエは休ませてもらってるんだ」
「そうなの……エメルは、魔力は足りてる?」
私の頰に頰をり付けていたエメルに、小さな聲で聞く。
『うん。クロエの魔力全部もらったし、今はジュードからもらってる』
「あの魔道の後癥はない?」
『全く。ルーチェとリドの〈魔法〉で浄化してもらったから、砂粒ほども殘ってない』
「……よかった」
ジュードをゆっくりと見上げる。
「ジュードは……この大神殿に応援を頼んだの?」
「そう。王都に駆けつけている途中で、ベルンからエメルが怪しげな魔道をつけられ奪われたと連絡をけた。俺はまっすぐここに向かい、助勢を求めた。ドラゴンの一大事だと」
さすがだ。私だったら闇雲に真っ直ぐ突き進んだことだろう。そうせずに専門家? の意見を求めたのだ。遠回りのようで、それが解決に最も近道だと知っていたのだ。
「王家と袂を別つ決意さえすれば、力でクロエとエメルを取り返すことはさほど難しいことではない。実戦離れした王家の騎士など、日々討伐している魔獣と比べれば……つまり、問題はエメルの魔道だけだった。それがまあ、格段に厄介だったわけだけど」
「大神様はその要請をすんなりけれてくれたの?」
「當然。ドラゴンに関して大神殿は敏だ。そもそも大神はかつてエメルと対面しているしね。クロエがリド様に冷靜に経過を報告していたことも、影響したと思うよ。ドラゴンの件ということで、リド様とアーシェルも面會に同席していた。二人とも隨分と研鑽したらしく、魔力量がかなり増えていた。早くドラゴンの顔が見たいと最近は力魔力の許す限り卵と一緒に過ごしていると言って、その場にもアーシェルが抱いて連れてきていた」
アーシェルは……卵を連れまわせるほどの魔力量になっているのか……カリーノ師の下、研鑽を積んでいるのだ。
「俺が包み隠さず話すと、顔に心を出さない大神やリド様と対照的に、アーシェルが大いに揺した。『なぜ姉ばかり、こんな辛い目に遭わせられるのか? 大神様、リド様、姉をお助けください! 神よ、私の信仰の全てでお願いいたします。姉を助けたまえ!』と號泣したんだ」
「アーシェル……」
私のために……あの子が……。
「すると、我らの目の前で、アーシェルの腕の中の卵がり、殻が割れ、ドラゴンが誕生した。エメルの誕生のときと同じく……神聖で的な景だった。大神殿中がキラキラとしたで包まれ、あの大神が大粒の涙を流し跪き、リド様はじめ全ての神がそれにならった」
次回更新は、書籍2巻発売日の10(金)です。
そして11(土)、12(日)でラストになります。
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