《【書籍発売中】【完結】生贄第二皇の困〜敵國に人質として嫁いだら不思議と大歓迎されています〜》40 影のネイジア
「本當に些細な事を厭わないんだなぁ。いや、殿下を呼び出すのを些細な事って言ったら悪いんだろうけど」
夜、晩餐の最中に私はアグリア殿下に、城の下働きに雇いれているネイジア國の青年とちょっとしたきっかけで知り合ったこと、今日の帰りに助けてもらったことを話し、その彼がアグリア殿下と話したがっている、という事を告げた。
アグリア殿下は私がこっそり男の友達を作っていた事に拗ねていたが(拗ねるだけで責めないところが優しいというか、私も私だが殿下も殿下というべきか)、私が男と2人で仕事や休憩することは別段珍しいことではない。皆殿下の婚約者だと分かっているし、私もその自覚がある。そして、ガーシュがそれを邪魔する気がないことも理解できた。
王城に居た頃は、それこそ王家のはしいものの姉も妹も高嶺の花、という高位貴族からそういう目で見られてきたのだ。私は一番『陥落しやすそう』な王だった。傍目からは。
おかげで今、こうして和平條約の遵守という生贄として嫁がされて、幸せで充実した毎日を送っているのだけれど。淑教育の敗北もあながち悪くないと思う。
と、そこまで回想して、約束通りメリッサとグェンナも同席させて、4人で私の部屋で待っていると、窓の外の木立には何人もの気配があった。
その中の一つが、ガーシュ。彼は私との約束を守って、窓の中と外、という場所に位置どっている。
いつもと違うのは、その風だった。闇に溶ける黒に近い紺の長袖長ズボンに、布の靴。目だけ覆わないような布で口と頭を覆っている。ガーシュはその口布を下に下げて、枝の先に用にしゃがみ込みながら窓の中へ聲を掛けて來た。
「ガーシュ? その恰好と……えぇと、木の上の皆さんは?」
「これ? 俺の本業の格好。仕事著ってやつ。ネイジアは養蠶……つまり、糸を紡ぐのが特産の小さな國なんだけど、なんでフェイトナム帝國に襲われて無いと思う?」
私の頭の中では、地理的に難しい上にうまみが無い、というのが一瞬で浮かんだ。山と山に挾まれた狹間に住んでいて、小さい國であり、制圧したとしても旨味がない。植民地化できないし、見張りも伝令も往來しにくい。
「そうそう、たぶん今考えている事で合ってる。そんな國なワケだからさ、ずっと昔から土地に守られてきたわけなんだけど、それだけじゃ食っていけないのね。ほら、輸出も輸も大変だからさ」
「それは……そうね。便が悪いわ。でもバラトニア王國に養蠶の技と技者を売ったのだし、今後は楽だと思うけれど……」
今は、ネイジア國とバラトニア王國の間に道ができている。フェイトナム帝國の屬國だった間はバラトニア王國と組むことはできなかったが、今は富に食糧も供給されているし、こちらも養蠶の技を教わっているし國に取り込もうとしている。今後、絹は世界中に普及していくはずだ。
「まぁ今後の生活は楽だね。今までも楽に暮らせる……というか、今まではこっちで稼いできてたんだ。――諜報と暗殺。ネイジアの本當の特産品。今迄は一件ごとに金次第だったんだけど、いい加減拠り所がしいと思っていてね。クレア様の対応が気にったから、長老に話してみたんだよ。で、リュートを『自分で買いに來てくれるのか』がテストだった。悪いね、お偉いさんを勝手にテストだなんて」
頭が追い付かなかった。
世の中には、そういう裏社會がある事は知っていたつもりだ。所謂、裏社會のドンというか、今日襲ってきたような輩をまとめあげる人とか。
侍のメリッサやグェンナは暗が使えるが、それはあくまで護衛という役割に徹して覚えただ。家がそういう事をしている、という訳ではない。
なのに、國単位でそういう事をしてきた? ずっと、それを生業に生きてきたというの?
「だって、フェイトナム帝國でもめったに練り絹なんてお目に掛かれなかったろう? 糸は大事なんだよ、俺たちもそっちの特産品は大事にしてきた。高値で売れて、喜ばれるものだしで。で、昔っから糸を扱って、いろんな國にしずつ卸してきたっていう実績と歴史があるんだけど……あぁ、長いから今度話す。という訳で、アグリア殿下。我らネイジアの本の顔、『影のネイジア』を國でお抱えになる気はないですかね?」
私同様、アグリア殿下も茫然と聞いていた。ガーシュは口がうまいが、実力は今日見た限り本だ。
「仕事は諜報と暗殺、もっと言えば報戦もこなす。ただ、數がないもんで、おもてだった戦力としては頼られても困るんだけども」
「ガーシュと言っただろうか。その……、私はクレア程貴殿を信じる理由が無い。それに、必要もじていない」
「いや、必要だよ。これはサービスだけど、バラトニアは獨立しただろう。和平條約も結んだ。それは『フェイトナム帝國』との話だ。この國は今、大穀倉地帯を抱えて、今まで珍品だった絹の量産制を整えていて、さらには紙の普及が進んでどんどん進化している。この國をしい國が、他に無いと言い切れるかい?」
この國は、大陸の真ん中、海の方角にある大國だ。遠すぎて海向こうの大陸の國からは人が來ないけれど、バラトニアを挾んだフェイトナム帝國の反対側には、まだ國がいくつもある。フェイトナム帝國は、屬國として扱う事でバラトニアの盾になっていた。
その盾の役割を果たさなくなった。バラトニアが攻め込む理由は無くとも、フェイトナム帝國の屬國じゃなくなったということは、他の國から狙われる可能は充分ある。
「今は結婚の準備で忙しいんだろう? 俺らみたいなのを飼っておくと、隙をついて脇腹を刺される、みたいなことはなくなると思うんだけど」
「こちらに利があったとして、何を対価に求める」
「庇護。うちの特産品をバラトニアに渡すと決まった時から、これは考えていた事なんだ。こっちの顔の商売も、あっちこっちの國とのやり取りをしているのもいい加減限界だ。今後騒になったら同士討ちなんて事にもなりかねない。フェイトナム帝國とバラトニア王國の獨立戦爭の余波ってのはその位でかいんだ。で、バラトニア王國が今は養蠶を手にれて俺達ネイジアの盾になってくれている。クレア様はきっかけで、いずれ、とは思ってはいたんだけど……、どうかな? ネイジア國を尊重し、信を置いてくれるなら、今後ネイジアの本の顔『影のネイジア』はバラトニア王國に永遠の忠誠を誓う」
軽いようなガーシュの聲だが、これは大変な事だ。示唆されるまで、確かにその可能を全く考えていなかった。長い屬國としての習慣のままでいたが、バラトニアは『獨立した』のだから、今後狙われるという可能をしっかり加味しなければならない。
「……父上と相談して答えを出したい。3日後、また話せるか?」
「了解した。でも、俺達が気にったのはクレア様だから、クレア様の命令が最優先されるのだけは覚えておいてくれな。じゃ、今日は顔合わせって事で、この辺で」
いうが早いか、ガーシュが口布を元に戻すと、木が風に揺れたような音がした。
今まで窓の外にあった気配が何もかも消えている。王城の庭には篝火も焚いてあるのに、誰の姿も見えない。
「クレア、君は……どこまで、私たちを驚かせてくれるんだ?」
「アグリア殿下、訂正させてください」
驚愕の表で私を振り返った殿下に、私は同じだけ真剣な顔を向けた。
「私も、心の底から驚いています」
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