《【書籍発売中】【完結】生贄第二皇の困〜敵國に人質として嫁いだら不思議と大歓迎されています〜》96 信教の自由(※アグリア視點)
クレアが手洗いから戻らない。
控えていたメリッサに、本當に合が悪いのかもしれないからと言ってお手洗いの中を覗いてもらったが、そこにはクレアの姿はなかった。
手洗い場の奧の手洗いの鍵は空いている。つまり、トイレから出た所で何かの仕組みでクレアは連れ去られたと思って違いない。
愕然とした。敵地に居ると肝に銘じていたのに、まさか手洗い場で事を起こすなどと誰が想像できるだろう。
腐っても一國の王宮で、國賓である。しかも、クレアはだ。
確かに臥せっているということにして引き籠られたら、この方法が確実だろうが、この部屋に案されたのはその前だ。つまり、何が何でも今日クレアが部屋の手洗いを使うタイミングで事が起きた事になる。
「くそっ……ガーシュ!」
あまり聲を大きくしないように気を付けながら、顔面を蒼白にさせているメリッサと、怒りで顔が強張った私はガーシュを呼んだ。
すぐに部屋の中にって來て、立ち位置から何があったか悟ったガーシュも舌打ちしている。手洗いは水洗で、水を流す音でガーシュの耳でも何かがあったということが聞き取れなかったという。
「メリッサ、グェンナとイーリャンを呼べ。ガーシュ、影のネイジアは何人ける」
「畏まりました」
「すぐなら5人。2人使いに出せば8人」
「ならば2人使いに出して殘りの3人、合流した後は総勢8名で捜索しろ。いくらなんでも城のどこかにいるはずだ。ガーシュはここに、何か分かった時すぐに私の命を聞け」
「はい。――行け」
そう命じた私の顔は、怒りのあまりに無表になり、瞳が燃えるように熱くなっていることに気付いた。
常に笑っていられる強さ。それは大事なものだろう。それが私を、何度挫けそうになった時に救ってくれたか分からない。
だが、クレアを失うかもしれないという時にまで笑える強さなど、要らない。
國を救い、國を起させ、獨立に導いたのが彼だと、彼の知識だと、どれだけ伝えられているのだろう。
彼は鈍い。いくら謝しても、どんなに慕われていても、なかなかそれには気付かない。全部、自分がやりたいからやったこと、として片付けてしまう。
私は部屋の椅子に腰掛けると、泰然と背もたれにを預け、ひじ掛けに腕を置き、怒りに白くなるまで握り締めた拳をこめかみに當てて、待った。
「お待たせしました!」
メリッサがグェンナとイーリャンを連れて部屋にってきた。扉の正面に座った私は、夕を背負って目だけは爛々と輝いていたことだろう。
その様子に彼らは息を呑み、姿勢を正した。ガーシュは窓辺に控えているが、いつもの笑みはなりを潛めている。
「クレアが行方不明だ。王城のどこかにいる。影のネイジアが捜索しているが、私はこれより國王に話を聞きに行く。何が阻もうと、だ。イーリャンは通訳としてついて來るように。メリッサとグェンナはガーシュの元に報が來たら何でもいい、代で常に私に知らせるように」
端的に、冷え切った聲で告げると、三人は深く禮をした。聲を発することすら許さないような張を強いているのは分かっているが、今はそういう事態だ。
私は立ちあがると、イーリャンを連れて部屋を出た。ウォーグ卿に今すぐの國王との面會を迫ったが、ガーシュの言った通り彼は中々の貍でもあるようだ。
やんわりと斷りをれてきた。
今はこの貍の腹蕓に付き合ってやる暇などない。がおち、日付が変わるまでにクレアの元に向かわなければならない。
「ウォーグ卿、貴殿の分は何か?」
「これはこれは……えぇ、公爵です。それが、何か?」
「そうか。私は隣國の王太子であるが、國の公爵は隣國の王太子に対し、分が上だと?」
私は無表の中に、目にだけ怒りを籠めて、聲はどこまでも底冷えする程冷たく、敢えて尊大な態度で言って聞かせた。
ガーシュはウォーグ卿はまだ政治的な目を持っている人だというが、ウェグレイン王國そのものがどうにも、他國の王族というものに対してなめた態度を取っているように思う。
私の言葉に、聲に、表に、何をじたかは知らない。だが、何かしらはじるだけの本能は殘っていたようだ。
表を改めて膝を折って禮をし、ご案します、とか細い聲で告げられた。
先導されるままウェグレイン國王の執務室に向かう中で、やっと城の様子が見て取れた。補修や掃除は行き屆いているが、相當古い。これはガーシュが青寫真を手にれられない訳だ。
古い建は、古ければ古い程様々な仕組みが隠されているものだ。バラトニア王國の王城よりは新しいにしても、數百とある部屋にいくつの仕掛けがあるかは計り知れない。いちいち全部調べて回るのは私の仕事ではないので、ガーシュに任せることにした。
そういうのは、彼の方が得意だ。私は、私にできることをする。
國王の執務室に著いた私は、取次をあしらって音をたてて扉を開いた。
「失禮する」
「な、なんだ急に! 我に対して不敬であるぞ!」
「不敬も何もありません。私の妻を返してください」
私の言葉に、國王は怒り満面だった顔を、何か不気味な表に歪めた。何かが功したという達、何かに陶酔しているような恍惚さ、それらを隠すことすらできない知のない笑み。
「……何の事だか分かりませんな。奧方は疲労により臥せっていらっしゃったのでは?」
今更表を改めてとぼけた所で、先程の表で狀況証拠としては十分だ。
馬鹿なら馬鹿らしく下手に時間を使わせないでしい。
私は帯剣していた剣をぬいてつかつかと近付くと、國王の首に切っ先を宛がい靜かに告げた。
「もう一度言いましょう。妻を返していただきたい。おっと、聲は上げない方がよろしい、驚いて切っ先がどんなきをするか分かりません故。何があったかも言わない方が賢明だ。ただ口にしていいのは、私の妻の居場所のみ。お分かりいただけたならば両手を挙げていただこう」
このだらしない型といい、剣の練度が低いのは見るからに明らか。裝飾過多で実戦には不向きな剣も、せいぜい威厳を保つために腰に下げているにすぎないのだと良く分かる。
イーリャンを通訳として連れてきたが、私はフェイトナム帝國語ならば流暢に喋れる。この馬鹿國王がフェイトナム帝國語も分からないようだったら通訳してもらう気だったが、會話がり立っているのだから多の語學も頭にってはいるようだ。
ぶるぶるとを振るわせて両手をゆっくりと挙げたウェグレイン國王の元から切っ先をしだけ離してやる。それでも、いつでもを貫ける距離に構えたまま、私はもう一度だけ同じ質問をした。
「妻を返していただきたい。どこにいます?」
「……知らぬ。本當だ。リーナ神を崇めてはいるが、私は知らない。何故なら、今回の儀式は特別だからと、教皇とビアンカが全てを進めている。……ほ、本當だ! ただ、この城の地下、だということだけは……斷言しよう。教皇が登城しているから間違いない」
無駄足を踏んだか、と思った私は剣を鞘に収めた。
「今あったことは誰にも言わないことを勧めます。いいですか、バラトニアは、もしウェグレイン王城で王太子妃が行方不明になり、見つかった時に亡骸だった場合、フェイトナム帝國に牙を剝いた以上の力でこの國を飲み込むつもりですので」
その言葉が真実である事を一連の出來事で飲み込めたのか、ウェグレイン國王はもちをついて頭を人形のように上下に振っていた。
外の取次とここまで案してきたウォーグ卿を、イーリャンがその間に後ろ手に縛って捕らえている。
こういう、何も言わぬともやるべきことが理解できるところは、さすがバルク卿の右腕と言われるだけあるだろう。
「さて、ウォーグ卿。ビアンカ王妃と親しいのは國王陛下より貴方だと聞いております。ビアンカ王妃……いえ、私の妻の所まで、ご案いただきましょうか?」
私が國王に『丁寧に質問』している間に逃げようとしたのだろうが、イーリャンの方が早かったらしい。悔し気に顔を歪める辺り、やはりまだまだ底が淺いとじてしまう。
しかし、私の聲に、威圧に、彼は目を逸らした。
「ご案……いたします……」
そう言って彼は歩き出した。東棟の方向だが、曲がりくねった通路を通るようにしている。
大人しく案していると思ったウォーグ卿だったが、その私たちの元にガーシュが直接やってきた。
「大まかな場所が分かりました。――この貍は正反対の方向に案してくださっていたようですね。ご案します」
「――そうか。イーリャン」
ガーシュの言葉に私は目を細め、後ろ手に縛られたまま前を歩いていた男を冷めた目で見つめた。ウォーグ卿はうまくやったと、にやりと笑っていたが、私の視線はどんどんと溫度が下がっていく。
「生贄の儀式は、全て児が捧げられたのか?」
「いいえ、男児もおりました。王家のがっていればいいようです」
「そうか。……信教の自由というものがある。クレアの代わりに、今夜を返すための生贄が必要なはずだな?」
そこまで言ってやると、ようやく不自由な狀態でまんまと騙してやったと笑っていた顔から、の気が引いていく。
「そうですね。この國で信じられている教義です。宗教に関して、我々部外者が邪魔をするわけにはまいりません」
「して、目の前の男は前國王の弟君であったと記憶しているが」
「はい、王家のを引いた、立派な生贄の資格をお持ちの方かと」
「々逃げられないようにして見張っておけ。我々は妻を返してしいだけで、ウェグレイン派を否定するつもりはないからな」
「……畏まりました」
イーリャンはしためらったようだが、そこは宗教の違いだ。いくら調べてイーリャンにとってけれがたい容であっても、イーリャンもまた違う宗教の元に生きている。
他人の生き方に口出しする真似はしない。すぐさま後ろ手に縛ったヴォーグ卿を床に転がし、攜帯していた細い帯のようなもので足を縛った。
「ま、待ってくれ! 悪かった、ちゃんと案する! もう一度……!」
「不要だ。貴殿を信じる理由がない。そして貴殿は、自分の信教に殉じるべきだ。違うか?」
私は今、心底怒っている。獨立戦爭の時にもここまで苛烈なは抱いた事がなかっただろう。
ガーシュもイーリャンも口を閉ざし、ましてその怒りを向けられたヴォーグ卿も諦めて俯いた。
「ご案します」
「あぁ、走るぞ」
「はい」
ガーシュの聲に応えて走り出したところで、元が焼けるような熱さに見舞われた。
火傷のような痛みはじない。厚手の服の下から、クレアの瞳のだと言って換した真珠のネックレスを引き出すと、床を貫通して斜め下からが真っ直ぐにびてきた。
私は細い鎖を引きちぎると、それを大事に手に絡めて持ち、ガーシュの案に従っての方へと向かって走り出した。
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