ロクは下に組み伏せた三苗のを見下ろしていた。

右手での口をふさぎ、左手で相手の腕関節を引き延ばし上からのしかかって自由を奪う。その拘束は十分にきまっていたが、それでも相手の抵抗がほとんどない事に、ロクは戸ってもいた。

眼下の三苗型のは、小柄で細だった。

自分のような男とは圧倒的な違いがある。相手に全てを奪われる恐怖に凍りついているだけなのかもしれない、とは思ったが、それにしては表に余裕がある気がした。

「もし、」と三苗のが塞がれた口をもごもごとかす。

「聲を出すな、殺すぞ」

中國語でそう脅すと、は堪えきれぬように「ふっ」と笑いをこぼした。

「……聲を潛めろ。大聲を出せば殺す。聞きたいことがある」

は笑みを浮かべながらゆっくりと頷いた。

その口をふさいでいた手を、わずかに緩めるとのやわらかい中國語が流れてくる。

「もしかして、貴方が沒（メイスェ）？」

ロクは停止した。

「……なぜ、そう思う？」

しまった、とロクは後悔した。

尋問相手の質問に付き合うべきではない。

「が淡くて優しすぎるわ。殺すなんて似合わない」

「……」

「ねぇ、どうなの」

「沒ではない。いいか、質問しているのはこちらだ。反骨の居場所を教えろ」

「……」

その時、の白い眼が橫にそれて見開かれた。

ロクがその視線の先を追うと、そこには両腕を組んでこちらを見下ろしているシャンマオがいた。

「何をしている」と口調がいくぶん荒い。

「尋問だ」

「尋問ならもっと責め立てろ。組み敷いて睦言（むつごと）をわしているように見える」

「何のことだ」

「ぬるいを漂わせおって、まったく。年、お前は顔がいいんだ。を勘違いさせやすいという事を肝に命じろ」

シャンマオは眉間に皺をよせて「どけ、私がやる」といって腰からナイフを抜いた。

一流の暗殺者である彼が刃を構えればそれだけで圧がある。の見えないロクでさえそれをじることができるのだ。下に組み伏せたにとってはなおのことだろう。

ロクの下で、はガクガクと震えだした。

「落ち著け」

「ああっ？　なぜ庇う。か弱いのが好ましかったのか？」

「何を言ってる。シャンマオ」

その時、三苗のはぴたりと震えを止めて「シャンマオさん、なの？」とつぶやいた。

◇

「気球、上がりました」

「流石に口だけではなかった、って事か」

ニィは四罪が潛伏している村の風上に仮設したテントの中で、寢そべりながらモニタを睨みつけた。

村の様子がロクたちが気球にして上げたデバイスから転送されている。

闇夜のことだったので、熱赤外線センサーによる緑の映像だ。同時に畫像解析による人探査が行われ、村に配置されている監視らしき人影がマークアップされて座標報とともにタグ付けされていく。

「ふむ、至近距離からの探索は度がいいな」

「新たに特定した敵位置を転送します」と橫で座っていた榊は、片手で用にPCを作しながら規定の手続きをこなしていく。

「さて、逃げ道をつくって草原方向に追い込むか……。榊、山側に潛ませたドローン分隊を先行突させる。自殺害はオフ。殺害判斷は遠隔で人間が指示しろ」

「了解。山側の部隊に通達します」

ニィが連れてきた元鬼子部隊のメンバーは、それぞれがドローンの分隊を率いて村を包囲するようにを潛ませていた。村はなだらかな山の中腹にあり、山側は地形が複雑で奇襲部隊を配置するのに適していた。

ニィは、本來は飛行と四足の連攜を前提としているドローン部隊を解していた。

山側の奇襲部隊は、戦闘能力に優れる獣型ドローンだけで再構した分隊たちだ。四足歩行は、山岳のような悪路でも移力に優れるし、モーターの駆音がある飛行型と違って人工筋のドローンは隠も高い。

「草原側に展開した飛行ドローン分隊は指定の位置での設置を急がせろ。予定通りに伏兵として運用する」

「了解」

「さて、これで陣容をすことが出來ればたやすいが」

ニィはのびをすると、足元の鍋やら通信機にぶつかった。そこは地形のくぼみに潛ませたテントだ。狹いだけではなく天井もずいぶんと低い。ゆえに寢そべりながら指揮することになる。

まるで、自分の屋裏部屋みただな、とニィはむしろ落ち著いた気持ちになりながら、自分の枕元に座っている榊を見上げた。

「ロクのやつは、功すると思うか？」

「はい。……ニィ隊長はお疑いですか」

「さて、な」

敵拠點への隠潛を先行させ、獣型ドローンによる襲撃を導し外部を速やかに制圧。そのまま潛を深めながら拠點部の索敵報をアップデートしつつ、敵の中核をドローンで制圧する。

功すれば絵に描いたような電撃戦だろう。相手に何もさせずにその息の音を止めることだって出來る。しかし、本來なら実現不可能な曲蕓として、鼻で笑い飛ばすべき作戦だ。

「先行する工作員に依存しているからな」

「隊長も似たようなことをやるでしょう？」

「強行偵察とはわけが違う。あれは戦力を尖らせて、後方からの火力支援を厚くすることで狀況を切り崩していく連攜戦だ。古今東西、そういった機戦を名將は好んで用いたものだ。第二次大戦のロンメルとかだな。

対して、これは潛した工作員が一切の支援無しに敵中核に到達しないといけない。完全なワンマンプレー。ハリウッドのスパイ映畫さながらのフィクションさ」

榊は作していた端末から、橫で寢そべるニィに視線を落とす。

「つまり、」と榊は口元を緩めた。「布津野さんだったら安心だったのに、ですか」

「お前は、……ずいぶんと鋭くなったな」

「長いですから。隊長とは」

榊の浮かべた笑いに、ニィは甘えてしまいたくなった。

隊長と副長。ずっと傍らにあった榊は、最近にはまるで古房のような勘所が出てきた。自分すらも上手く言葉に出來ないを、彼は口にして言い當てることがある。自分よりも年下ではあるが、やはり、というのは侮（あなど）れない。

そんな負け意識にくすぐられたニィは、榊の無くなった左腕に手をばしてみた。本來はあるはずの先が無くなった、そのつけあたりに指を這わせてでてやる。

くすくす、と榊の聲がれる。

「隊長、くすぐったいです」

「止（や）めようか？」

「ええ、お止めください」

おとなしく止めた。

かつて、無殘に千切れてを滴らせて骨が見え隠れしていたその斷面は、もう新しい皮に丸く覆われてしまって、ふにふにとらかった。

もう、そんなに時間が経ったのだ。

復讐なんて忘れようと思えば出來なくもないだろう。

それでも続けようとしているのは、もしかしたら復讐を理由にしているだけなのかもしれない。

「隊長、ロクたちが部への侵を開始したようです」

「……みたいだな」と手元のタブレット型のモニタに視線を移す。

新たな映像がそこに映し出されている。今度は室だ。先ほどまでの緑の暗視映像ではなく、室がちゃんとある通常の學カメラ映像だ。

その部屋には、周囲を警戒しているシャンマオが映っていて、足元の床には巖のように大きな男が數人倒れているのが見て取れた。

「鯀（ガン）型の強化個もいるな」

「戦場ではやつらの重裝備は厄介ですが、室戦では如何でしょうか」

「さて、どうだろうな。もう數ほど倒してしまったようだな。流石に手がはやい」

この室の映像は、ロクが例の索敵デバイスを設置したものだろう。

映像から見えるロクたちの足元で転がる巨大な軀は鯀型の強化個だ。鯀型の基本戦は幾重にも防弾を施した重裝甲を著込み、重火砲で周囲を圧倒しながら戦線を切り崩すことにある。

その堅牢な防を突破するのは困難だが、ロクはこれにも対処できたようだ。

「榊、首無し犬の突撃は？」

「すでに開始しています。山側の監視防衛線を突破して、現在は村の全域に展開して制圧中です」

「狀況は？」

「圧倒してますね。敵が裝備を整える前に封殺できています」

まぁ、そうだろうな。いかに強化個とはいえ、あれに奇襲されて対処できる兵などほとんどいないだろう。

「分隊を一つ、ロクたちのところに回せ」

「了解」

「さて、」

ニィは狹いテントを張って外に出た。

立ち上がると思いっきりのびをした。もう、こんなところでコソコソとしている理由はない。すでに向こうに見えている村からは怒號や悲鳴が聞こえ始めている。

四罪の強化個は特徴的な外見を持つため、空中に展開したカメラ網とドローンに搭載された映像からの目視判別は比較的容易だろう。ロクが言うような民間人への誤は最小限に抑えることができるはずだ。

「さて、俺もそろそろ準備するか」

ニィは草原を歩き始めた。