黃豪（ファンハオ）はフツノと名乗った年を見下ろした。

白髪赤目、き通るようなに整いすぎた容姿。その外見は彼の知っているニィに酷似している。

その年は短い刃を前に構えて、こちらを睨みつけていた。

「確かに、お前はあのニィじゃねぇな」

どうやら、こいつは怒っているようだ。その原因はそこで転がっている頭のなくなった三苗の娘にあるように見える。

だとすれば、こいつは確かにニィではない。ニィであれば、糞の紙にもならない同や正義を持ち込んで、鼻息あらく気張るようなことはしない。

となると、ニィと同じ日本の改良素か。

「いいねぇ」と黃豪は息を吐いた。

日本で作られた改良素は、しく大切に育てられた人形だと聞いた事がある。

「ぶちぶち、引き千切ってやりたくなる」と黃豪は機関砲をロクに據える。「で、どうするよ？」

黃豪は薄く笑う。

この坊主が持っているのは剣だ。それも短い。

対して、こちらの手元には長大な機関砲。大口徑27mm徹甲弾を１秒間で20発撃ち放ち、コンクリート壁程度であれば一瞬で々にしてしまう代だ。

それなのに、坊主はにを隠す素振りすら見せない。まぁ、コイツの前ではなど……

「無意味だがな！」と、黃豪は引き金を引いた。

數秒の連、ドドドン、と跳ね上がる砲を左手で押さえ込んだ。

煙る視界を腕で払って、狀況を確認する。

さて、坊主は……いない！

ガキィ、と音をたてて砲を抑えていた左手に衝撃が走る。

鋭い痛みに左手が痺れた。

視線を落とすと、いなくなったはずの人形が剣で左手を切りつけていた。

「……防刃か」と坊主がつぶやく。

「貴様ぁ」

右足を引き、機関砲のトリガーを引きっぱなしにして砲を橫に薙いだ。まき散らされた銃弾が巖をくり抜いてだらけにしながら、坊主がいた場所を払う。

しかし、またもや奴は消えていた。

鋭い衝撃が三つ。脇下、膝裏、右手首。くそ痛ぇ。裝甲プレートの隙間を斬られた。今度は反対側だ。

「がぁ！」と吠えて、もはや機関砲を棒のようにめちゃくちゃに振り回す。

坊主は、後ろに大きく跳んで距離を取った。

前に剣を置いて右足を前に添えた細い構えだ。ぴたりと靜止の構え。いているのは、前に構えおいた剣の反だけだ。

いかすけねぇ、すました面と構えをしやがって。

「てめぇ、なんなんだ」

「……裝甲の隙間でも斬れないか。防刃繊維を著込んでいるな」

「なんなんだ、って言ってんだろうがよ！」

「どうする？　いや、父さんなら、」

「訳の分からんことを！」

黃豪は右脇をしめて機関砲を引き上げた。

その砲の先には、確かに奴がいる。なくともまだいる。見えている。なんなんだ、さっきは消えやがった。どうなってやがる。

切りつけられた箇所の痛みが、じんとひりついて、イライラする。

銃口の向こうの坊主が、ふっと息を吐いた。

「あぁ！」

「……突いてみる、か」

その時、ゆらり、と坊主が一歩踏み込んだ。

反的に引き金を引く。

坊主がわずかにを捻（ひね）ると、その背後の壁にがあいた。

今度はよけやがった。

奴は止まらない。あっという間に至近距離。元まで引き上げた剣の切っ先をこちらのに向けている。

全重を乗せた突き。

咄嗟に左の甲で刃をけ止めた。

け止めることが出來たのは、坊主の狙いが読めたからだ。裝甲に守られていないのは首から上しかない。

防刃裝甲を重ねた甲は刃の貫通を防いだ。しかし、その突進力は凄まじい。萬力を込めた左腕をそのまま押し込まれて勢を崩された。

「糞が！」

機関砲を投げ捨てて、開けた右腕をなぎ払う。

手応えはない。また、すり抜けやがった。

方向を変えようとした瞬間、右脇腹の違和。斬撃ではない。むしろ優しげな、ぴたりとした。視線を落とすと坊主の手の平が自分の脇腹にれていた。

ひゅっ、と坊主の細い呼吸音。

その瞬間、黃豪のはぐちゃぐちゃになった。

◇

——掌底で寸勁か。

シャンマオは息を吞まざるを得なかった。

人ならぬ怪力を持ち重裝甲で巨を固めた黃豪（ファンハオ）に、素手で対抗するなどほとんどない。しかし、寸勁による震撃の可能に思い至る者はいるだろう。確かに、生の黃豪であれば有効かもしれないが、裝甲によって阻まれてしまう。

それを、この年はやってのけた。

呼吸を同調し銃弾をさばき躱（かわ）し、俊足の無足で距離をつめ、全重をのせた突きで相手を押し崩し、裝甲が薄く心臓に近い脇腹から寸勁を叩き込む。

しかも、掌底による著打。

その震撃は通常の寸勁とは桁違いの威力だろう。

いくら黃豪とはいえ、臓を直接揺さぶられては防ぎようがない。おそらく奴のでは苦痛が駆け巡っている。

黃豪は崩れ落ちて年の足元で暴れ出した。あの巨がうめき聲をあげて足掻いている。

年はし距離をとって、じっとそれを眺めていた。

すでに勝負は決した。

それでも年には油斷のはない。

「似ているな」と思わず呟いてしまった。

今、あの男と同じ黒い炎を年はまとっている。

生殺與奪の一切を握ってなお、迷いを殘しつつも決意は揺らぐことなどない。そんな超越した在り方があの黒い炎をまとわせる。

まったく、とんでもないものを育て上げたものだ。

「ロク」

と、機関砲のによってだらけになった石窟のなかに足を踏みれる。

「シャンマオ、下がっていろ」

「さっさと、殺せ」

「分かっている」

その時、年の黒がゆらいだ。

何をためらっている？

……ああ、そうだったな。

私としたことが、この年がまだまだ子どもだった事を忘れていた。

この子は、殺しについては貞だったのだ。

「……私がやろう」

「來るな！」

その時、汚らしいが立ち上がった。

しまった！　年の黒に見とれて気がつかなかった。黃豪の殺意が戻っていることに。

「山貓ぉ！」

黃豪は年を無視してこちらに突進してくる。

その巨からの橫毆りを、脇を固めてけざるを得なかった。凄まじい膂力に全が浮き上がる。

そのまま逆手で、首を摑まれて宙に吊された。

「はぁ、はぁ……。は、ははっ」と黃豪が笑う。

ギリギリと摑まれた首筋が軋み、脳は酸素を失い、意識が圧迫されていく。

「シャンマオ！」

「坊主が！　ぐずぐずしてやがるから！」

「放せ！」

「はーぁ、ははっ！　こんなのでいいのかよ」

摑まれた元に、黃豪の野太い親指がめり込みはじめた。

嫌だ。絶対に嫌だ。

年の足手まといだけにはなりたくない。

それだけは絶対に嫌だ。

「構う、な」

「待ってろ。助ける」と年の黒がひろがる。「絶対にだ」

「やめろ、構わないで」

「うるせぇぞ！」

機関砲の砲が顔のすぐ側からびて、年に狙いつけた。

「よう、坊主」

「……」

「命令だ。避けるな」

「ロク！」

「黙れつってんだよ！　メス貓が」

砲が持ち上がって、私の頭に打ち下ろされた。

頭蓋を打ち抜く衝撃に、鼓がキーンと鳴り響いて止まらない。

「やめろ！」年の聲だ。

痛みよりも年のその憤りが嬉しくて、自分の不甲斐なさがやるせなくなった。

私は本當に老いた。年を導いてやっていると思っていたのに、あっという間に追い越されて、もう単なる足手まといだ。

もう、こんなのはいらないだろう。

首を吊されて弄ばれていようが、ナイフを抜くことはできる。

こんなもので黃豪に一矢報いてやることは出來ない。

でも、自分の命を絶つことくらいは出來る。

嫌なんだ。

私のために年が傷つくのは、絶対に嫌。

腰裏に指を回してナイフを探り當てる。

そのまま、摑んで抜き払った時、

パンッ、

と、あまりに小さな銃聲が背後からした。

それは黃豪の肩の裝甲に當たって頼りなく弾かれてしまった。

だが、不意をつかれた黃豪は後ろを振り返った。

そこには、壁に背を預けて立つ老いたが両手で拳銃を構えていた。

「危覧（ウェイラン）のババァが！」

砲が旋回して、危覧にむかって火を吹く。

その銃弾は危覧の腕を吹き飛ばした。

それと同時に、

黒い殺意の炎が私を包み込んだ。

◇

ロクはすべてを置き去りにして、飛びかかった。

——殺す。

背後を撃った黃豪の背中に一気に迫る。

暴に扱われたシャンマオの髪がなびいている。

——殺す。

黃豪がこちらを振り向いた時にはすでに、ロクはその眼前にいた。

——絶対に殺す！

振り上げた小太刀の底柄を左手で摑み、シャンマオを拘束する手首に向かって振り下ろした。

防刃繊維を幾重にまとい防弾プレートをり重ねた重裝甲。そんなもの関係ない。これは名刀の複製に過ぎない。しかし新作の鉄は、強靱さだけなら本を凌ぐ。

全の重と筋力でそれを叩き降ろす。

ボグッ、

と鈍い音を立てて、黃豪の腕がひしゃげる。

裝甲ごしに骨を砕いた。

シャンマオの拘束が緩んで下に落ちる。

「がぁっ！　貴様ぁ！」

と、咆哮をあげて黃豪のもう片方の腕がくり出される。

振り下ろした刀の切っ先を返し上げ、その拳骨に突き刺す。刃の切っ先がその巨大な拳にめり込んで柄まではまり込んだ。

聲にならない激痛のび。

その騒音を無視して、ロクは腕にめり込んだ小太刀を捻（ひね）りあげる。

すると、パキ、と音を立てて手応えが失われた。

刃を黃豪の腕に殘したまま、小太刀が元から折れていた。

ロクは柄だけになった小太刀を捨て、呼吸を落とす。

両腕を潰された黃豪が、唾を吐きながら丸太のような足で蹴りを放った。

ロクはふわりと飛び、やり過ごしたその蹴りを踏み臺にして黃豪の頭上より高く飛び上がる。

その手には、バチチッ、と青い白く放電するナイフが握られていた。

電撃は落下線をえがいて、黃豪の眼球を貫く。

絶と放電の音、を焼き焦がす匂い。

「あ、あっ。あーーー！！」

ロクは眼球に突き立てたナイフスタンガンを握ったまま、黃豪の背後に回り込んで首を羽い締めにしていた。

「俺はっ！　俺たちは！」

「さっさと、死ね」

ロクはナイフスタンガンのトリガーを引きっぱなしにして、黃豪の頭に電流を流し込んだ。その巨大な頭部が上下左右に痙攣し、ロクの羽い締めの中で暴れ回る。

それが止むまでロクはトリガーを引き続けた。

やがて、その巨は単なる質量に変わり、地面に崩れ落ちていく。

それでもロクは、しばらく、トリガーを引き続けていた。

◇

ああ、

もはや郭を失い始めた視界の中に、危覧（ウェイラン）は恍惚を見つけて嘆息をもらした。

なんてしいのでしょう。

優しさ故にして悪意の黒をなすこともあるのだ。私は一度だけ、同じものを見たことがあった。あの沒（メイスェ）が娘を助けに來た時だ。圧倒的な黒、この世の恐ろしいものを燃やし盡くしてしまう炎。

それと同じ炎に、シャンマオはしてもらっているのね……。

「危覧！」あの子がこっちに駆け寄ってくる。

ずっと思い浮かべていた懐かしい聲。

しばらく見ないうちにますます優しいになった。この娘は仲間想いの優しい娘だった。本人には分からないだろうけど、私にはよく分かっている。

だって、この娘は綺麗なをしているもの。

「久しぶり、ね。私の、おしい、娘」

「危覧。なぜ……」

「ええ……。なぜかしらね」

貴方にもいつかきっと、分かると思うわ。だって、貴方にはこんなに素敵な人がいるのだから。

「危覧か」とシャンマオの想い人もこちらに寄ってくる。

あれだけの黒をもう消し去ってしまって、実に見事な無。

「貴方が、布津野（ブージンイェ）ね……。沒の息子さん」

「そうです」

「ねぇ、シャンマオのこと、ですが」

「幸せにします。……絶対に」

本當に、素敵な人。

ああ、もう何にもないわ。最後の最後で、娘の役に立つことができた。この娘が、私達を守ってくれたように、私も彼を守ってやれた。

本當によかった。

「羌莫煌（チャンムーファン）、……やっぱり、ホンバイなど、いらなかったわ。こんなにも、人はしいのよ」

「危覧」

「……もう……十分よ」

危覧の両眼が閉じて、その息が止まった。

そして、シャンマオの視界からも彼の灰が消えてしまった。