《[完結しました!] 僕は、お父さんだから(書籍名:伝子コンプレックス)》[epilogue-1] 13年後
——13年が経過した。
桜の花びらが風にさらわれて街を舞う。
そのうちの一枚が、小柄なの子の肩にはらりと止まったが、すぐに手で払われて地面に落とされる。
彼はその小さな足を前へ前へとくり出していく。その黒い髪が後ろにたなびき、その勝ち気な口は引き結ばれ、きりりと逆立つ眉の下には、左は白く右は赤い瞳がまっすぐ前を向いていた。
その険しい表と両目のが異なる異様さから、近寄りがたいものをじなくはない。しかし、彼は小柄すぎた。せっかくのそのしかめっ面も可らしいじに見えてしまい、平和な街並みに溶け込んでしまっていた。
「ねぇ、紅白(こうはく)ちゃん」
そのの子の後ろを、ぼんやりとしたじの年がついていた。
その親しげに語りかける様子から、の子と親しいのであろう。年の顔つきにはあどけなさが殘っている。まだ年齢はいはずだが、その割には隨分と長でつきがしっかりとしていた。すでに170cmくらいはあるだろうか。
「……ちゃん、って言うな!」
両目が白と赤のの子は、踵(きびす)を組み替えて振り返ると、両手を腰にあてて背の高いその男の子を睨みつける。
とは言え、二人の長差はかなりのものだ。
紅白と呼ばれたの子は、のどをそらすほどに顎をあげて睨みつけることになる。
「ああ、ごめんよ」
頭を掻いてハハッと笑った男の子を、紅白と呼ばれたの子は人差し指を突きつけて「いい?」とますます目を尖らせる。
「私のほうが、トラより、1つも、年上なの!」
「えーと、じゃあ、紅白?」
「姉さん、よ」
「紅白……姉さん?」
「そうよ、気をつけなさい」
の子は踵(かかと)でくるりとターンをして、両腕を組んで再び歩き出す。
「まったく、そうやって曖昧に笑って誤魔化すクセ。私嫌いよ。まるで、お父さんみたい!」
「そうか、じいちゃんみたいか〜」
早足で前に進んでいく紅白と呼ばれたの子を、トラと呼ばれた年はゆったりと追いかけた。
そもそも、二人の歩幅がかなり違う。せかせかと歩く彼に対しても、長のトラはゆったりと歩くだけで十分だった。
紅白が小さな肩を一杯に怒らせて歩いている。トラがそれをぼんやりと眺めていると、彼がなにやらブツブツと喚いているのが聞こえてきた。
「まったく、もう。トラは、あのロク兄様の息子なんでしょ。なんで、お父さんに似ちゃうのよ。兄様みたいに格好良くしていればいいのに」
「父さんは忙しいからねぇ。じいちゃんとばあちゃんと一緒にいることが多いからかな? あんまり意識したことないけど」
「ああ、もったいない。顔つきまでぼんやりとしちゃってるわ。気をつけなさい。もう、ほとんどお父さんみたいよ」
「そういう、紅白ちゃんはどっちかというと、ばあちゃん似だよね」
「あったり前でしょ、私はお母様の子どもなんだから!」
トラは「そだね〜」と曖昧に応えながら、ばあちゃんの子どもならじいちゃんの子どもだよね、と言おうとしたが途中で思いとどまった。
紅白はこういった主張をよくする。
口數の多い彼といると自分はいつも聞き役になることが多い。じいちゃんはマヌケでノロマなのだと繰り返してばかりだが、紅白は飽きることがない。
ひとしきり聞きき流してやると、大最後のほうになると「ああ、トラが羨ましい。ロク兄様みたいな素敵な人がお父さんなんだから」となるのがいつもの事だ。
「大ね。お父さんは、もう全然ダメなんだから」
「そうか、なるほどね」
トラは適當に聞き流しながら、さて、そう言えば、今日は久しぶりにロク父さんが帰ってくる日だな〜と思いをはせた。
數年前に母さんを亡くした自分にとって、忙しくてなかなか會えない父親は微妙な存在だった。いつも側にいてくれるのは、じいちゃんとばあちゃんだ。というとどちらかとその二人のことを思い浮かべてしまう。
たまにしか會えないしい顔をした自分の父親を、の子である紅白がきゃっきゃと憧れるのはなんとなく理解できるが、自分にとってはなんだか距離に戸ってしまう事が多い。
「やっぱり。ロク兄様よ。あと、ニィ兄様も……んっ」
ピタリと、紅白のつま先が止まり、その顔が左を向いて白い方の瞳を鋭く細めた。
「ちっ」と彼の舌が鳴った。「トラ、あの路地裏。いくわよ」と言って、そのまま曲がって路地裏にろうとする。
「あ、紅白ちゃん。また?」
「姉さんって呼びなさい」
「ちょっと、危ないよ」
「嫌な、見えちゃったの!」
路地裏に消えた紅白の後を、トラは慌てて追いかけた。
ビルの隙間でになっている通路のような道。その奧のほうにはを數名の男が囲んでいた。
は若く俯いてじっとしているのを良いことに、いかにもなヤンキー風の出で立ちの男たちは彼のに腕を回して、舌で舐めるように、ひぇへへ、と下品な笑いをこぼしている。
「あんた達! 気悪いを垂れ流してんじゃないわよ」
トラは、目の前に両手を腰にあてて仁王立ちに立つ紅白の背中を見て、頭を抱えた。
一見、小學生のように見える彼が、不良らしき男たちに啖呵(たんか)を切ってけて立つその異様な景は、実のところトラにはよく見慣れたものだった。
「あ〜、なんだガキんちょがよ」
そして、それに対する男たちの反応も過去のものと同じだ。
「ねぇ、紅白ちゃん」とトラは聲をひそめた。
「なによ」
「いつもみたいに、僕は後ろでいいよね?」
「ええ。危ないから下がってなさい」
紅白はポケットからピンクのヘアゴムを取り出して、髪を後ろにくくりまとめた。
「おいおい、ちびのじゃねぇかよ」
手前にたつ茶髪の不良が、口を歪めて引き笑いを浮かべた。
「はぁ」と紅白は息を落として、すたすたと前に歩いて行く。
「ガキはさっさとッ」
しゃべりかけのその顎が、はね上がった。
紅白が茶髪の膝を踏み臺にして、飛び上がりざまに肘打ちを突き上げたのだ。
骨がい肘打ちは高い攻撃力をもつ。角度も申し分ない。
それでも重の軽い彼の打ち込みで大の男が倒れることはない。
ふらついた茶髪だったが、數歩で踏みとどまって紅白を睨みつける。
「この、ガキが!」
茶髪は、紅白にむかって右腕を振り上げた。
紅白のが、さっ、と前にり出す。
小さな手がそれを回し払い落とし、崩した茶髪の顔面に、逆手の掌底を叩き込んだ。
叩いた場所は右目の頬のでっぱり。
そこへの打撃は相手の視覚を一時的に奪うことを、彼は父親から教えられてきた。
「あっ、ああ! 目ぇ目ぇ! いってぇ!」
打ち込まれた右目を両手で抑えて、茶髪は地面に転がる。
「はっ、けないわね」
紅白は打ち込んだ手をひらひらと払いながら、転がる茶髪を無視して殘りの男たちのほうに歩を進める。
殘りの男は二人。
つかまえたで楽しむのも忘れて、仲間をあっという間に地面に転がした小さなの子を呆然と見ている。
「だっさいを垂れ流しているクズが、攻め手も見え見え。こんなもん、見せられるこっちのにもなりさいよ」
「……おい、こいつの目、」
殘りの不良が聲を上ずらせて、隣の肩をたたく。
「赤と白の別々。まさか、こいつ。あの布津野なんじゃ」
「馬鹿言うな、あの狂犬が、こんなチビのわけあるかよ」
「ああっ!?」
紅白の威嚇の聲を上げたが、彼の聲は音程の高く、どちらかと言えば可いじなのでイマイチ雰囲気が出ない。
「何が狂犬よ、この布津野紅白を舐めるな」
「やっ、やっぱりだ。あの布津野だ」
「やべぇぞ。だったら、コイツの裏はとんでもないのが……」
「モドキーズに黒條會、それに政府も。そっそれだけじゃねぇ、」
「こいつは、あの布津野忠人さんの」
「あっ!? お父さんは関係ないだろ!」
紅白が大聲で拳を振り上げた時が、男たちの限界だった。
彼らは転がった仲間のことなど無視して、後ろに向かって逃げ出した。
「あっ、まて!」
それを追いかけようとする紅白を、いつの間にか側に近づいていたトラが引き留める。
「トラ、止めないで」
「もう追いかけても無駄だよ」とだけトラは言って、紅白ちゃんは足が短いから、というのは飲み込む。
「……だったら、トラが追いかけて仕留めて」
「えぇ〜。やだよ」
「何でよ。何でなのよ。トラなら出來るでしょ。あいつらは悪い奴よ。ほっといたら、また非道い事、んな人にするんだから。ニィ兄様が言ってたもの。こういうの、繰り返すんだから」
「ロク父さんだったら、警察にまかせておけと言うと思うよ」
「むぅ……この、意気地なし!」
はいはい、と適當に流してトラは攜帯端末の急通話から110番を力して耳にあてる。
「あっ、警察ですか? が男たちに暴行にあっていました。ええ、今は現場にいますが、そのは大丈夫です。通りかかった人が助けてくれたみたいで、」
などと、トラは適當に通報しながら、橫で頬をふくらましている睨み上げてくる紅白に向かって曖昧に笑顔を返す。
「……ええ、ここで待ってます」
通話を終えたトラに、紅白はいてもたってもいられずに噛みついてくる。
「何よ、何よ。納得いかない!」
「ほら、これ以上は時間がないよ。今日は家族みんなが集まる日だよ。紅白ちゃんだって楽しみにしていたじゃないか」
「むっ」
「さっさと警察に任せてしまって、はやく道場に行こうよ。きっと、僕の父さんも待ってるよ」
「そう……だったわね」
ようやく荒い息をおさめた紅白を目に、布津野虎(トラ)は隅で呆然とへたりこんでいたの介抱をはじめた。
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