《【書籍化決定】にTS転生したから大優を目指す!》13――母の怒りと初対面
今回は主人公が思っている母像と説明の為の地の文が多いです。
もっとシンプルにわかりやすくしたかったのですが、現在の自分にはこれが限界というか。
いつか修正できればしたいです。
俺は寂しくなってきている神崎監督の頭頂部を見つめながら、やってみたいという思いが湧き上がってくるのをじていた。
前世では絶対得られなかった縁。それが自分の演技がきっかけで繋がり、更に自分の素質を求めてくれているなら挑戦したいと思うのは自然な事ではないだろうか。
でもそれと同時に、この提案は通らないだろうなと直で察した。何しろ決定権は俺にはなく母にある、そしてうちの母には人として重大な欠點があるからだ。
「……頭を上げてください、お話はわかりました」
隣から靜かな聲で母が言った。おそらくよい返事を期待したのだろう、監督が笑顔で顔を上げて母の表を見た瞬間、ピシリと音を立てて固まった。自分から盜み見する気も起こらないが、母の表は想像できる。恐らく怒りを顕にしているだろうから。
「母親から娘を取り上げる、つまり家族をバラバラに引き離す、そういうお話でしたよね。よくもまぁ、そんな事を私に言いましたねあなた」
その怒気にし引いた神崎さんに、母は追撃の手を緩めない。まぁ々と言っていたが要約すると、『私にとって非常識な事を、私や娘に求めないでくれ』という一言につきる。
うちの母は基本的に深い人だとは思う、だが基本的に自分こそが基準であり、自分の考えや常識から外れたらすぐさまそれを否定する。そして、絶対にそれを認めない。小學生の頃に死にかけ、周囲の人達に気を使われ続けて歪に長してしまったのだろう。それは哀れだとは思うが、その事が原因のひとつで神を病んだ俺としてはたまったものではない。
他人の気持ちを慮れない母と、『いつ死ぬかわからないから』と子供の頃から言われ続けその言葉通りに倒れ苦しむ母をずっと気にし続けてきた息子。周囲の人達には母親を気にしすぎだと言われる事がよくあったが、目を離すと死ぬかもしれないとい頃から刷り込まれてきたのだ。既に習と変わらない狀況なのだから、毒だとわかってていても母の一挙手一投足を気にしてけれ自らを追い込むしかできなかった。
象的な話だが恐らく他者には理解はしてもらえないだろうし、エピソードを語り出すと長くなり恨み言のオンパレードになるのでここまでにしておこう。
まぁそんな訳で、母という人間は自分が理解できない事は理解しようともしないし、自分が一番大事だから自分が傷つかない為には他人をどれだけ傷つけようと気にしない人なのだ。家族を大事にするというのも『家族というは大事だ、夫には従い子はするべきだ』という彼の常識によって自らを縛り行している可能すらあると俺は思っている。
「す、すみれ君はそれでいいのかい? 君は演じる事が好きなんじゃないのか?」
段々と言葉に熱がり暴言をえつつ斷りをれる母から助けを求める様に、俺に尋ねる神崎さん。余計な事は言うなという母からのプレッシャーをじつつも、ここまで俺を買ってくれている人にきちんと自分の気持ちを話さないのは失禮だし不義理だろう。
「演技は好きだし、勉強できる機會がもらえるならやりたいです。でも、うちは貧乏だしお金がありません。こちらに引っ越してくるにしても、お家を借りたり學校に通ったり、毎日のご飯にだってお金が掛かります。もちろん私には払えないので払ってもらうとしたら両親になるのですが、これだけ反対されてたら無理でしょうし」
「……すみれ、お母さんはお金の事で反対している訳じゃないのよ。蕓能界なんてどう転ぶかわからない水の世界なんだから、そんなところに大事な娘を送り込める訳ないじゃない」
「むしろ水の世界だからこそ、今のうちに挑戦するのがいいと私は思うけど。だってもし高校生ぐらいになって蕓能界を目指して失敗したら、そっちの方が大変でしょ。今なら義務教育だから學校も留年とか退學とかにならないし、無理だったとしても人生の立て直しはしやすいんじゃないかな」
これは前世で聲優を目指した自分の経験則だ。世の中の人と違う道を選んで異なるサイクルで就職をしようとすると、世間の風當たりは強いし求人に応募すらさせてもらえないしでめちゃくちゃ苦労した。特にあの頃就職氷河期だったからね、第二新卒の扱いだった自分達は求人募集している側からもまるで蟲みたいに嫌われたものだ。
「それはそうかもしれないけど……」
母は俺の反論に口を噤んだ。別に言い負かしたかった訳ではないのだが、結果として靜かになった母に神崎さんはホッとした表を浮かべる。そして意を決した様に、母に話しかけた。
「松田さん、こちらを発たれるのはいつのご予定ですか?」
「明日の夕方の新幹線ですが、それが何か?」
「もしよかったら、それまでの時間を私に頂けないでしょうか。先程私が申し上げた、指導者に是非紹介したいのです。すみれさんがこちらに來てくれた時に私達がご用意できる環境、あと金銭的な部分もその者から詳細に説明させて頂きます」
それを見て持ち帰ってもらって、それから返事を頂いても決して遅くはないと思いますが、と神崎さんは言葉を締めくくった。明日はかっていたら本選で、落ちたら観の予定だったから予定なんてどうとでも変更する事ができる。『どうせなら相手の條件を全部聞いてから考えればいいじゃん』と母に言うと、渋々ながら頷いた。多分自分のと理想の母親像が母の中でせめぎ合ってるんだろうな、面倒くさい人だ。
そんな訳で明日の午前中に指定の場所で待ち合わせの約束をして、神崎さんとは別れた。母と二人、微妙な雰囲気でホテルに帰りつくと、念のためにと多目に複數枚持ってきたテレホンカードを片手に母は部屋を出ていった。おそらく父に愚癡りに行ったのだろう。
果たして明日はどうなるやら、面倒くさい事にならなければいいけど。ベッドに寢転びながらそんな事を考えていると自覚しない程度には疲れていたのか、スゥッと眠りの世界に引き込まれていった。
そして翌日、待ち合わせ場所である桜上水駅に降り立った俺と母は神崎さんが來るのを待っていた。時間は午前9時過ぎ、神崎さんは本日もオーディション本選で審査員をする事になっている為、こんな早目の待ち合わせ時間になったのだ。
一時は東京在住だったとは言え全く縁もゆかりもない場所だったので、早目にホテルをチェックアウトして向かった結果、待ち合わせ時間よりも30分も早い到著となった。それから10分後ぐらいに神崎さんが登場、俺達を待たせまいと早めに來てくれたそうだが、結果的に俺達より後に著いた事に恐していた。いやいや、こちらこそ申し訳ない。
荷は駅のコインロッカーに預けてきたので、ほぼ手ぶらで神崎さんの後を歩く。しばらく歩くと何やら広くて高そうな家が建ち並ぶ高級住宅街の區畫にる。そんな中でも一際広い、日本家屋の大きな門の前で足を止める。
「ここです、ちょっとお待ち下さいね」
そう言って神崎さんはインターホンを鳴らす。門の傍らには昔ながらの木の表札に、大島と達筆な筆で書かれていた。キョロキョロと周囲を見回していると、門が開いて一人の老婆が顔を見せる。
「おはようございます、トヨさん。朝から申し訳ない、話は通っていると思うんだが」
「はい、奧様から伺ってます。どうぞこちらへ」
トヨ、と呼ばれた老婆が俺達を中へと導く。中も立派な庭があり非常に広い、裏のおばちゃんの家より斷然広い。大きな本邸と普通の大きさの別邸がある様で、別邸の傍らには大きめのプレハブ小屋まで設置されていた。
そのまま玄関をくぐって差し出されたスリッパに履き替え、トヨさんの先導に従って家の中を歩いていく。するとトヨさんは重厚な扉の前で足を止めて、トントンとノックをした。
「奧様、神崎さんとお客様をご案しました」
中からどうぞ、と短い聲が返ってきてドアが開かれる。気軽な様子でっていく神崎さんに続くが、さすがに無言でという訳にはいかないだろう。小さく頭を下げて失禮します、と挨拶してから中にった。母もその後に続き、勧められたソファーに腰掛ける。そして正面から対面に座るを見た時、驚きで『あっ』と聲がれた。隣の母も同じ様な表をしているのだろう、雰囲気で伝わってきた。
「はじめまして、松田すみれさんとお母様。知ってるかしら、大島(おおしま)あずさと申します」
彼はそう言って、にこりと笑った。そのしさにほぅ、とため息がれるが確か彼は40代、時代を考えると驚異的な若々しさである。特別なアンチエイジング効果のある化粧品でも使ってるのだろうか。
「はい、存じ上げてます。日本を代表する優さんですよね」
「あら、難しい言葉を知っているのね。利発な子は好きよ、私」
俺が答えると、リップサービスなのかどうかはわからないが、お褒めの言葉を頂いた。本來であれば顔を合わす事もできない雲の上の人だ、褒められた事で若干テンションが上がる。
大島さんは戦後子役から蕓能界で頭角を現し、國民的な優となった人だ。映畫やドラマ、時には歌なんかも歌いながら第一線を走ってきたパイオニア的な存在でもある。そして現在でも優として蕓能活は続けているものの、自分でプロダクションを立ち上げて後進を育てていると聞いた事がある。前世でも高齢ながらもピンシャンとされていた記憶があるので、きっと長生きされるのだろう。
と、そこまで考えて昨日神崎さんが言っていた指導者という言葉が引っかかる。もしかして、いやいやまさか。
「お話は神崎さんから伺っています、お母様の懸念もごもっともでしょう。まずは私も彼の演技が見てみたいと思いますので、すみれさんにはちょっと演じてもらおうかしら。よろしくて?」
『神崎さんの予定もあるでしょうから、あんまり気持ちの準備に時間はあげられないけれど』と大島さんが言った。やっぱりそうなのか、こんなすごい人に素人の自分が演技なんて見せていいのだろうかという葛藤が一瞬浮かぶが、そんなものはすぐに消し飛んだ。唐突に降って湧いた幸運だが、それだけにテンションがぐんぐん上がっていく。
「やります、やらせてください!」
俺が前のめりにそう言うと、『じゃあそこでお願いね』と俺が今座っていたソファーの後ろにあるスペースを手で示される。『お母様も是非こちらで』と聲を掛けられて、遠慮がちな様子で大島さんの隣に移する母。
とは言え、俺が自信を持って即興で演じられるネタなど昨日演(や)った外郎売しかない訳で。昨日も見た神崎さんにはワンパターンで申し訳ないが、これで押し通すしかない。
深呼吸を二度ほど繰り返した後、俺は昨日と同じ様に口上の口火を切った。こうなると先程までじていた大島さんのプレッシャーも、母の視線も全く気にならない。かと言って獨りよがりな演技ではない、観客に見せるための演技を心がけて。伝えたい、伝わるようにと想いをセリフに込める。
全てのセリフを言い終えた時には、昨日よりも汗が全から吹き出していた。でもその甲斐あって演技の出來自は昨日よりもいいと自分では思う。『ありがとうございました』と対面にいる大島さんと母達にぺこんと頭を下げてから、正面を見據えて大島さんからの評価を待つ。
「なるほど……トヨ、ユミを呼んで頂戴。昨日のうちに話はしてあるから、案をお願いしたいって言ったらわかると思うわ」
彼はふむ、と小さく頷いてから後ろに控えるトヨさんにそう指示を出した。それに従い俺達に一禮してトヨさんは退室する。
「神崎さんはもう行っていいわよ、うちの車に送らせるから門の前で待ってて頂戴。お母様とお話したい事もあるから、すみれさんはその間ウチの施設でも見學しててもらえるかしら。ここで演技を勉強してる子に案させるから」
大島さんはテキパキと指示を出して行くが、あれ……俺の演技への評価は一? そんな事を自分から言い出す図太さもなく、俺は部屋にってきた中學生ぐらいのに連れられて、大島邸見學ツアーへと強制的に出発させられるのだった。
昭和末期の東京の地名については知識がなく、知っている場所で大きな家がありそうなところをチョイスしました。リアルとは違うかもしれませんが、この世界ではそうなんだなぁと多目に見て頂けるとありがたいです。
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