「え、社システム全てワンオペしている私を解雇ですか？」

耳を疑った。

私の肩に手を乗せた部長は、元來の困り眉をさらに傾けて言う。

「この前、キラキラしたスーツの男が見學に來たのは覚えているかな」

「あー、なんか後ろの方で立ってましたね」

「社長が代わる話はしたね」

「あっ」

私は察した。

私は常にコスプレして仕事している。

當時の裝は……

「サキュバスコスでしたね。ドエロいじの」

「うん、そうだね。私達はスッカリ慣れてしまったけれど、初見の方にはまずかったね」

「社規定的には問題ないはずです」

「新社長的にはダメだったみたいだね」

さらに話を深堀すると、新社長はコスト削減を考えているらしい。経営のプロを自負する新社長様は、自分の目で見て判斷したいということで、ひと月かけて各部署を視察したとのことだ。

結果、いくつかの部署を不要と判斷した。そのリストには私が所屬する部署もあった。

當然、組織が小すれば人員が余る。一部の人員は他に回されるが、それでも余る分は「希退職」を募る形で解雇となる。異常な恰好をしている私など論外だったわけだ。

「……はぁ、まあいいですけど。正気ですか？」

「私も気が狂っていると遠まわしに言ったんだけどね」

「言っちゃったんですね」

「ダメだったよ。だから私も転職活を始めることにした」

「アグレッシブですね」

「管理職は判斷が重要だからね。そもそもこの會社は技者を軽視する傾向にある。確かに自化の恩恵で工數と共に人員を削減することは可能だ。しかし、その果を生み出したのは他でもない技者であるということを忘れてはならない。それを忘れて『え、一人で回る仕事なんてなくてもいいでしょ？』と言われてしまっては……おっと、し熱くなってしまったね。私は今日から有休を消化するから、先に失禮するよ」

「あっ、はい。お疲れ様です」

かくして私は無職になった。

もちろん法律があるから「明日から來なくていいよ」ということにはならない。

形式上は「一上の都合により退職」という正式なプロセス。その気になれば會社にしがみつくことは可能だけれど、私自、そろそろ趣味に集中したいという思いがあった。だから未練は無い。でもしだけ悔しい気持ちがある。

私が社したのは六年前。

普通に大學を出て新卒社だった。

當時、配屬先の部署はブラックだった。

夜間まで殘業することは當たり前。

會社に泊まることなど珍しくない。

日に日に死んでいく同期の目。

いつも深淵を見ている上司の目。

三食カロリーメイト生活。

三つ並べた椅子で寢るのに慣れていく自分。

こういうのが嫌で『ホワイト』として有名な會社を選んだのに、私は見事に『例外』を引き當ててしまった。

最も苦痛だったのは、プライベートな時間が奪われたことである。

私は、平生まれの理系である。即ちアニメや漫畫が大好きなオタクなのである。

通常、人間が生きるためには三大栄養素と呼ばれる『タンパク質』『糖質』『脂質』が必要だ。しかしオタクは、ここに『サブカル』を加えなければ生きていけない。

サブカルは良い。免疫力がアップする。

アニメを一話視聴すればインフルエンザも治癒する。ソースは私。

しかし、私はアニメを奪われた。

心が加速度的にやせ細っていった。

気が付けば私は、アニメになっていた。

ほとんど無意識でコスプレ裝を作り、裝備していた。

すると、どうだろう。

苦しいとき、聞こえるのだ。推しの聲が。

――ちゃんがんばれ！

――うん！　がんばる！

私はエントロピーを超越した。

より平易な表現をするならば、自化に力をれ始めた。

自化。

それは命を守る力。

理論上、コンピュータを用いた仕事は全て自化できる。手で行えば一時間かかる仕事でも、プログラムで完結するならば一分とかからない。あらゆる仕事を自化することが出來れば、命を削って夜間に働く理由は消失する。

私はし遂げた。

同僚と推しの力を借りながら、五年かけて全業務を自化した。

その末路が、解雇。

実にあっけない終わりだった。

働き方改革。

近年、この言葉と共に自化が推進されている。

経営者は數字で現場を見ているかもしれないが、その背景で闘している技者の存在を忘れてはならない。決して忘れてはならないのだ。それを忘れて「え、一人で回る仕事なんてなくてもいいでしょ？」と発言されてしまったら、命を賭して「一人で回るようにした」私達はばずにはいられない。

「ふっざけんなよぉ！」