ブイチャとは、ＶＲチャットの略稱である。流を目的とした仮想世界のことで、いくつかの専用機とネット環境があれば、どこからでもアクセスできる。

ユーザーは自分の分となるアバターを裝備して、仮想世界を自由に移できる。そして、他のユーザーとの流を楽しむことができる。

仮想世界には多種多様なアバターが存在するけれど、大半はの姿をしている。平日の朝には達がラジオを楽しみ、日曜日の朝には達による朝アニメの実況大會が開催される。

まさに夢の楽園。

だが、ひとつだけ注意しなければならない。

達から発せられる聲は、高い確率で野太い。耐が無い者が無防備に「被害」をけた場合、トラウマになる可能がある。

──故に、ブイチャとは魔境である。

今宵、その魔境に足を踏みれた(・・)が二人。

「めぐみん、よく道持ってたね」

南國の海を思わせるような蒼い髪と瞳。純白のは新雪の如く、れることをためらわせる程にしい。

「バックアップ、だよ」

返事をしたは、蒼い瞳のと瓜二つの姿をしていた。相違點は、紅く明な寶石を想起させるような髪と瞳のくらいである。

人類の夢と理想を現した雙子の。中は、佐藤と山田恵である。

「このアバターは、めぐみんが作ったの？」

「買った」

山田はアバターを披するようにして、クルリと一回転した。ふわりと宙を舞うスカート。佐藤が條件反で目を向けるけれど、殘念ながら側は実裝されていない。

「……ミニスカメイドも良いなぁ。今度つーくろ」

「ん？　なに？」

「なんでもない。それより今の回転どうやったの？」

「こう、コントローラを、ピッ！」

ふへへ、全然わかんなーい。

だらしない笑顔。しかし幸いなことに、今この場に現実の佐藤を見る者は存在しない。

時はしだけ遡る。

鈴木から説明をけた佐藤は、直前の話を思い出しながら、今後のタスクを整理していた。

的なタスクはふたつ。

プログラムの整理と、バーチャルアイドルの勧。

例えば新しいサービスを考えたとする。

実現には、開発と宣伝が不可欠である。

現狀、第三者の視點では、開発手段が存在しない。宣伝をするにも、新しいサービスを求める顧客が集まる場所など分からない。だから、作る。

有名な前例は林檎社だろうか。

林檎社は、スマホの他に、アプリの開発手段と、それを公開する林檎ストアを生み出した。結果、林檎社のスマホを用いた新サービスを始めるには、林檎社の提供する手段を使うことが最も合理的になった。

これに対抗したのがグーグ◯。

彼らは林檎社と同じことをしてシェアを奪った。

さて、合同會社ＫＴＲは映像にれる技を得た。

この技を使って最も人々を笑顔にするサービスは何か。鈴木の出した答えは、全部やること。

仮に自社だけで獨占的にサービスを提供した場合、やがて同じ技を開発した他社にシェアを奪われるだろう。

ならばと開発手段を提供しても、無名の零細企業が選ばれ続ける理由が無い。より良い開発手段が誕生した直後、一気にシェアを奪われるだろう。

そもそも知名度が不足している。どのような素晴らしいサービスでも顧客に屆かなければ意味が無い。

そこで、バーチャルアイドル。

自社の知名度向上を狙うと同時に、合同會社ＫＴＲが提供する手段を選ぶ理由を生み出す。

さて、プログラムの整理については問題ない。佐藤の得意分野であり、山田の協力もある。一ヵ月もあれば、小學生でも新サービスを開発できるような狀態にすることが可能だろう。

問題は勧である。

現在、界隈に詳しい社員は存在しない。

どうしようかなと悩む佐藤は、講生から報を得ることに功した。それがＶＲチャット──ブイチャである。

知らないことは詳しい人に聞けば良い。要するに、ブイチャで突撃インタビューすることになった。

ここで発生した問題はアクセス方法。

早速、必要なを購しようと鈴木が提案した直後、山田がブイチャ経験者であり、道も所有していることを打ち明けた。

果たして業務終了後。

二人は、佐藤の寢室からブイチャにアクセスしたのだった。

「有名な個人勢？　すみません、メジャーどころしか見てないですね……」

「歌がメインの個人勢？　やー、俺箱推しなんで」

突撃インタビューの空振りが続くこと約一時間。

佐藤はしだけ詳しくなった。これまで有名な畫や配信を何度か見た程度の佐藤だったが、どうやらバーチャルアイドル──略してブイドルには、大きく分けて三種類の勢力が存在するらしい。

何らかの組織に所屬する企業勢。アバター製作などは外部に依頼して、活のみ個人で行う個人勢。そして、全て獨力で行う完全個人勢。

さらに、ブイドルの活方針も様々である。歌、畫、ゲーム実況、料理、楽演奏、雑談などなど、數多くのブイドルが個を武に試行錯誤を繰り広げている。

世はまさにブイドル戦國時代。企業勢の中には、數億円の予算をかせるような大も存在する。

ここに新しく參戦することは難しいから、既に実績のあるブイドルを勧する方が合理的だ。

もちろん企業勢を引き抜くことは難しいから、狙いは個人勢もしくは完全個人勢となるのだが、優れた人材を求めているのは佐藤達だけではない。

「めぐみん、どう？」

「……ダメ」

はぁ、と溜息を吐く二人。

ニッチな例を出すならば、地方のエンジニア募集だろうか。知識不足によって市場価値の高い人材を相場よりも遙かに安い報酬で募集してしまうアレだ。

しばしば報酬が一桁足りないと話題になるアレだが、本的な問題は、そもそも條件を満たすような人材が余っていない、ということである。

多くのファンと多くの知識を持つ個人勢。

そのような都合の良い人材を探すことは難しい。

「めぐみん、畫見てたりしないの？」

「んー？　あんまり？」

山田は研究目的で常に最新の向を調査していた。だからブイチャの経験がある。しかしながら深い知識までは持っていない。

「まとめサイトとか無いのかな？」

「それも、聞く？」

「そうだね……よし再開！　私は東から！」

「ん、西から」

蒼と紅のが行を開始した。

慣れない世界でぎこちなく移する佐藤の目に映るのは、車通りが全くない都會の街並み。ちょうど人が集まる時間帯なのかどうかは不明だが、あちこちで達が談笑を繰り広げている。

「こんばんはー」

「ぅおっ、こんばんは。どうしました？」

とある集団に聲をかけると、予想通り野太い聲が返ってきた。もちろんそれは、アニメのように綺麗な聲ではなく、マイクを通した素人の聲である。

要するに聞きづらい。例えば直前の言葉。佐藤の耳には「おーこばぁ、どました？」と聞こえていた。

「急にすみません、お話いいですか？」

「あー、俺は大丈夫ですけど……大丈夫？」

返事をしたアバターが周囲に聲をかけると、他のアバター達は首を縦に振るきを見せた。

へー、そんなきもできるんだ。

佐藤は関心しながら個人勢について質問した。

「えー、誰か知ってる？」

「知らない」

「俺箱推しなんだよね……やっぱモコレンズっしょ」

はこ……？　もこ……？　知らない単語に首を傾けながらも、とりあえず空振りに終わったことだけ理解する。

「お姉さん初めて見るけど、箱でも作るんですか？」

「箱ってなんですか？」

お姉さんという響きが嬉しくて、聲のトーンがし高くなる。

「グループ的な意味です。モコレンズみたいな」

「なるほど……」

言われてみれば、有名なブイドルにはグループ名のようなものがあったような気がしてくる。

「そうですね、箱作るじです」

「ほー、お姉さんも活するんですか？」

「いや、私は裏方です」

「もったいない。お姉さん良い聲してるのに」

「えー？　そんなことないですよー？」

秒で調子に乗る佐藤。その後しばらく姫プレイをしてから、気分良く次の突撃インタビュー。

「わっ、えっ、なに？　企畫？」

外見と聲が一致するのは珍しいようで、ブイドルの畫撮影（企畫）と勘違いした反応が何度かあった。やがて佐藤は「あれ？　もしかして私の聲ってイケてるのでは？」と思い始める。

果たして途中から「ちやほやされたい」という邪念が生まれ、彼はアニメのような不自然に甲高い聲を出し始める。そのまま仮想空間を半周したところで、山田と再會した。

「めぇぇぐみぃぃん！　ひぃしゃしぶりぃ！」

「……何、その、口炎ができたみたいな喋り方」

冷たい視線が佐藤に突き刺さる。もちろんアバターの表が繊細に変化したわけではないが、山田は普段から表が乏しい。だから佐藤は、今の言葉がどのように発せられたのか容易に想像できた。

「んー？　マイクの調子がおかしいのかな？」

「あ、治ったよ」

「そっか、良かった」

姫プレイなんか二度とやらないと魂に誓いながら、果報告を始める。

「お互い良い報は無かったか……」

「難しいね」

「いっそのこと私達がやっちゃう？」

「……それが、難しいから、探してるん、だよ？」

山田の正論がチクリと佐藤のを刺す。ボケに対するマジレスの威力は、アバター越しでも健在だった。

「まあでも、地道にやるしかないよね」

「うん、がんばろうね」

山田はアバターを作して、軽く手を挙げた。佐藤は彼の意図を理解して、し苦戦しながらアバターを作する。

手が重なる。もちろん、れ合ったは無い。そのことにしだけ寂しさをじて、佐藤は呟いた。

「……、しいね」

顔を上げて、ゆっくりと周囲を見る。

ここは現実世界ではないと一目で分かる視界。

目に映る景が妙に丸っこくて、頭をかすとテレビ畫面を揺らしたみたいな違和を覚える。

ヒトの頭がくと、目は反対方向にく。この機能があるから、ヒトは電車の中でもスマホを見ることができる。しかし、この機能は仮想世界に存在しない。

このような現実世界とのズレが、ＶＲ酔いと呼ばれる現象に繋がる。要するに──

「めぐみん、これどうやって外せばいいの」

「……ん？」

「ごめん、なんかちょっと、吐きそう」

「ま、待ってね」

山田は言葉の意味を察して、まずは自分の頭部に裝著した機械を外した。それから現実の佐藤の背後に立って、慣れたきで彼から機械を外した。

「ありがと、ちょっと水飲んでくる」

「……ん」

ふらふらと立ち上がった佐藤は、スッキリした様子で部屋に戻り、ベッドに座る山田の隣に座った。

「めぐみん、全然平気だね」

「んー？　慣れ？」

「あー、そっか。実験で」

「うん。でも、最初の頃は、ちょっと酔ったかも」

そっか。佐藤は微笑み、スーッと息を吸い込む。それからパンと頬を叩いて、山田に言った。

「もっかい！」

「うん、恵も」

二人とも機械を手に持って、

「……めぐみ～ん」

「はいはい」

まだ慣れていない佐藤は補助を依頼する。やれやれと山田が手伝った後、二人は再び仮想世界にアクセスした。

──現代では、あらゆる報が椅子に座ったまま手にる。しかし、小さな畫面越しに見る報と、実際に験することで得られる報は異なることが多い。

佐藤は勧を続けながら、仮想世界に対するイメージと現実の違いを実していた。

一言で表現すれば、まだまだ技が未。視界は不自然でアバターの表は乏しい。それでも、他のユーザーと話をすれば楽しい気持ちが伝わってくる。

この世界が覚を得たら、何が起こるのだろうか。

この數時間で話をした人達は、喜んでくれるだろうか。それとも余計なことをするなと怒るだろうか。

新しいを提供することに対する期待と不安。

本來の目的である勧の進捗が無い一方で、佐藤の中には何か自覚のようなものが芽生えていった。

やがて日付が変わり、二人は勧を切り上げた。

翌日、再挑戦。結果は同じ。三日目には、二人の姿を認知する者が現れ始めた。狹い世界だからか、あるいは毎日同じ時間帯に活しているからか……とにかく、それなりにコミュニケーション能力が高い佐藤は數人とフレンドになった。

そして、日曜日の朝。

すっかり一人でブイチャにアクセスできるようになった佐藤は、この數日で作ったフレンド達にわれ、朝アニメの実況大會に參加していた。

「「「いっけぇええええ！！！」」」

主人公が悪者に必殺技を放つシーン。

仮想世界に存在するスクリーンの前に大集合した達は、聲を揃えて絶した。

「「「いぇえええええいいい！！！」」」

中の人達の平均年齢を考えてはならない。

野太い聲の達は、ヤンチャな子供が集まってアニメを見ているようなテンションで、それはそれは楽しく騒いでいた。

「あ、じゃあ僕これで落ちますね」

しかしアニメ終了後。誰かが聲を発すると「俺もー」「私もー」「お疲れ様でしたー」と直前の騒ぎからは想像もできないスムーズな撤収が行われた。

……やっぱ中の人達は大人なんだな。

一種のストレス発散なのかもしれない。なんとなく取り殘された佐藤は、そう思った。

「……何しよっかな」

ってくれたフレンドと軽い挨拶をして獨りになった後、ぽつりと呟いて周囲を見る。

映畫館のような場所。というか、映畫館そのもの。座席は全部で十席も無い。とても狹い場所。

先程までは異常な熱気に包まれていた。しかし現在は佐藤の他に誰もいない。そのせいか、彼はし寂しい気持ちになった。

なんとなく、スクリーンに目を向ける。

仮想世界で畫を見ること。最初は驚いたけれど、冷靜に考えれば、座席やスクリーンを表示するのも畫を表示するのも同じようなものだ。

それでも最初は驚いた。

佐藤は仮想世界の存在を知っていた。しかし、仮想世界でアニメ鑑賞をするなんて発想が生まれたことは一度も無い。

だけど、実際に參加した想はどうだろう。

楽しかった。多分、來週も參加すると思う。

「……サービスって、難しいなあ」

スクリーンを見ながら呟いた。

當然、彼は獨り言のつもりだった。

「うんうん、考えると頭痛くなるよね」

の聲。

もちろん佐藤の聲ではない。

「あちきを探しているのは、貴かな？」

兎の耳と黒い蝶のリボン。き通るような薄桃の長髪。佐藤のアバターを見つめる瞳のは紅く、瞳孔は漫畫的な星の形をしていた。

服裝は制服。下は紺のミニスカートで上はベージュのカーディガン。どちらも大人しい合いだが、しだけ部の主張が激しい。

それは、素人が趣味で作るアバターとは違う。企業がプロに依頼して作るような高品質なものだった。

佐藤がぼんやりしていると、彼は可らしく小首を傾けながら、挨拶をした。

「ごきげんよう。小鞠(こまり)まつりだよ。まずは畫を見てくれたら嬉しいな」