《ひねくれ領主の幸福譚 格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】》第33話 冬の日常①

「うーん……」

年が明けてもまだまだ冬は深く、一日の大半を家に籠って過ごす時期が続く中、ノエインは居間で大量の紙に埋もれながらそれらを読み込んでいた。

これら紙に書いてあるのは、ノエインがこれまでの半生で得た知識の集積……つまりこれは、彼がキヴィレフト伯爵家の離れで暮らしていた頃に本で読んだ知識のメモだ。

いずれ自分が伯爵家から追い出されるだろうと予想していたノエインは、その後の生き方をあらかじめ考えていた。

おそらく手切れ金を渡されて縁を切られるだろうから、その後は商人にでもなるか、はたまた土地を開墾して農業でもするか……とにかく自分の力で生きていかなければならないだろうと思っていた。

なのでノエインは伯爵家屋敷にあったあらゆる書籍を読み、その知識を覚え、覚えきれない詳細部分は紙に記してまとめていたのだ。これも父マクシミリアンが大貴族の見栄として、自分ではろくに読みもしない書富に揃えていたおかげである。

そして今、ノエインはそれらの紙を読んでいる。

「ノエイン様、大丈夫ですか?」

居間の大きなテーブルの端で書類仕事を行っていたアンナが、し呆れたような聲でそう尋ねる。彼も冬は極寒になる従士用の執務室ではなく、この居間で暖を取りながら仕事をしている。

「大丈夫……じゃないかも。ちょっと頭を使いすぎて疲れたみたい、休憩するよ」

「それがいいですよ」

「ではお茶をお淹れしましょう。アンナもいかがですか?」

「はい。ありがとうございます、マチルダさん」

アンナの事務仕事を手伝っていたマチルダが立ち上がり、お茶を淹れるために居間を出ていく。

「それで、冬明けからの開拓の案はまとまりましたか?」

「いくつかやってみたいことの候補はあるけど、時間がかかりそうだったり必要なものの手配が大変そうだったり、一長一短なんだよね」

大量のメモを見返しながら、ノエインは冬が明けてからの領地発展計畫を考えていたのだ。

ラピスラズリ原石の鉱脈はまだまだ盡きる気配はない。當分は毎月120萬レブロの収が生まれ、潤沢な資金を開拓に使える。なのでノエインは自分が蓄えた知識の束の中から、アールクヴィスト領の新しい産業の種になりそうなものを探していた。

いくつかヒントになるものは見つけたものの、どれもそれなりに手間がかかりそうだった。

「あまり手間を考えずに、気になったものからじっくりやってみてもいいんじゃないですか? 時間もお金もあるんですから」

「……そうだね。無理に焦る必要はないか」

アンナの言う通りだ、とノエインは思う。

何しろ、冬が明けてもまだ開拓2年目だし、ノエインもまだ今年で16歳なのだ。焦る理由も必要もない。部屋に籠って頭ばかり使っていたせいで、し思考が凝り固まっていたらしい。

そんな話をしているうちにマチルダがお茶を運んできたので、ノエインたちは休憩にった。

・・・・・

真冬は多くの人間が家に籠って過ごすようになるが、ときには外に出て仕事をしなければならない者もいる。

アールクヴィスト士爵家に仕える従士ラドレーもその一人だ。彼は冬の間も、領都ノエイナの周辺の見回りを擔當している。

冬でも冬眠せずに活を続ける魔もいる。他の季節ほどのペースではないにしても、定期的に見回って魔出沒の気配がないか確認したり、魔を見つけたら狩ったりしなければならなかった。

「うう~、相変わらず馬鹿みたいに寒いですね」

「そうかあ? このくれえならまだ大丈夫だろうよ」

「ラドレーさんは別格にが丈夫ですからね、普通はもっと辛くじるんですよ」

領民の中でも特に力があり、レスティオ山地の調査隊として働いた経験もあるリックとダントを手伝いとして引き連れ、そんな話をしながらラドレーは領都ノエイナの敷地の外に出た。

ノエイナ周辺の見回りは、ラドレーにほぼ一任されていた。それも彼の丈夫さを見込まれてのことだ。

ラドレーは生まれつきが丈夫だ。いときから病気知らずで、喧嘩で毆られても大して痛みもじずにすぐに傷が塞がり、おまけに暑さにも寒さにも強かった。個的な顔立ちも相まって「オークのでも継いでるんじゃないのか」とからかわれたこともある。

戦いの中でも、普通なら死んでもおかしくない狀況でも自の丈夫なに命を救われてきた。

「まあ、こののおかげで従士にまで出世したようなもんだからなあ」

が丈夫だからこそ、アールクヴィスト領の従士の中でもこうした力仕事の擔い手として力を発揮できているのだ。大して學もなく、あまり頭も良くない自分が。

自分は運がいい。この幸運をくれた領主ノエイン様には自分の能力を以て恩を返さなければならない。そう思いながら、ラドレーは今日も冬の森の見回りという過酷な仕事に臨む。

・・・・・

「ああもう、寒いなあ」

そう愚癡をこぼしながら、従士バートは分厚い皮を著込んでレトヴィクへの道のりを歩いていた。彼の後ろにはラピスラズリ原石を積んだ荷馬車を引く馬と、バートの手伝いのために同行する領民の男2人が続いている。

ラドレーと同じく、バートもまた真冬の外仕事をしなければならない一人である。とはいえ彼のこの仕事は、冬の間は月に一度だけだが。

都市部の工房は、冬でも稼働を停止することはない。なのでこのラピスラズリ原石だけは毎月の納品ペースを守って運ばなければならなかった。

冬の前にまとめて納品していないのは、取引の額が大きいだけにトラブルを防止するためと、月に一度程度はアールクヴィスト領の人間がレトヴィクを訪れて生存を証明した方がいいとノエインが判斷したためである。

その代わりといっては何だが、レトヴィクに向かうバートたちにはノエインからなくない額の特別手當が出ている。

王國北部は南部と比べて寒いが、それでも長く雪で道が閉ざされるようなことはない。雪が積もっておらず、空が晴れている日なら、領都ノエイナとレトヴィクの行き來も可能だった。決して進んでやりたい仕事ではないが。

「さすがに冬ばかりは資輸送係なんてやりたくなくなるな……」

「誰かがやらないといけないから仕方ないですよ、それにレトヴィクにはバート様を待ってるの子もいるんでしょう?」

「ははは。まあ、それはそうなんだけどね」

獨り言にわざわざ答えてくれた若い領民に、バートは苦笑してそう返す。

バートがレトヴィクと行き來する資輸送係の責任者になったのは、彼の整った容姿と人當たりの良さ、そして元傭兵で資の護衛もこなせるという能力を総合的に買われたからだ。

アールクヴィスト領と付き合いの深いいくつかの商店の従業員や、バートがレトヴィクでいつも利用する料理屋の店員などの中には、優男の彼が來ることを楽しみにしている若い娘も多い。

そうしたはもちろん、老若男問わず好印象を持たれやすいバートだからこそ、この役割を與えられているのだ。

なのでバートは、こうして冬もレトヴィクへと続く道を歩いている。

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