《ひねくれ領主の幸福譚 格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】》第36話 オーク狩り
「ううぅ~、さむいぃ~」
ここは領都ノエイナにほど近い森のど真ん中。茂みに囲まれた位置に隠れて座り、白い息を吐きながら、ノエインはそう呟いた。
護衛のマチルダに後ろからしっかりと抱かれ、二人羽織りのように皮にくるまるというけない有り様だ。
「そんな格好をしといてまだ寒いのか」
「だって仕方ないよ。僕は王國北部の冬に慣れてないし、チビで力もないんだから。鍛えてる皆みたいにはいかないよ」
マチルダと同じく護衛についていたユーリに突っ込まれるも、ノエインは恥ずかしげもなくそう返す。
この冬のノエインは、屋敷の暖爐の前にばかりいた。屋外で作業をするときも、自分は外套の上からさらに皮を著込んで焚き火で暖を取り、作業は全てゴーレムに行わせていた。
それなのに今はオーク狩りのために、厳冬の森の中に出て來たのだ。當然寒さにまともに耐えられるはずもなく、このような有り様になっていた。
オーク狩りの作戦はシンプルだ。
ゴブリンの死のあった場所から続いていた足跡をもとに、オークのいる大の方向を推測する。
そちらへ頑強さと俊敏さに定評のあるラドレーが囮役としてり込んでオークを探し出し、ノエインたちのいる地點まで導してきたところをゴーレムが力押しで仕留める。それだけだ。
オークがいつ現れるか分からない冬の森の中では罠などを張り巡らせる余裕もなく、知能の低いオーク相手に複雑な計畫を練るのはかえって不測の事態を招く可能も高いため、このような作戦に決まった。
ユーリとマチルダがノエインの直接の護衛につき、ペンスとバート、マイはオークの不意打ちを防ぐためにやや離れたところで周囲の警戒に徹している。
森にって既に1時間ほど。極寒の中を一か所でじっとしているのは、ノエインでなくとも相當に堪える。
一旦退いて力を回復してから出直すべきか、と作戦の実質的な指揮を務めるユーリが考え始めたところで、狀況がいた。
ノエインたちの待機する位置よりも森の深い場所、ラドレーがり込んでいった方向から「ピュウウウッ」と笛のような甲高い音が響く。オークを見つけたことを彼が鏑矢で知らせているのだ。
「來るぞ、備えろ」
ユーリが短く指示を飛ばすと、ノエインも無言で頷き、皮とマチルダの腕を抜け出して戦いに備える。周囲に散っていたペンスとバート、マイも集結した。
「ノエイン様、ゴーレムは大丈夫だな?」
「いつでもかせるよ」
「他の奴らは萬が一に備えて撤退戦の用意だ。抜かるなよ」
ユーリの呼びかけに、ノエイン以外の全員が無言で頷いた。
それから數分と待っていないだろうか。ラドレーがオークを引き連れてくるであろう方向から、茂みや枝の揺れる音が響いてくる。やがて音の出処が近づいてくるのが目視で確認きた。
「危なげなく導してるみたいでさあ。涼しい顔して向かってきますよ」
こちらへ走ってくるラドレーを見てペンスがそう呟きながら剣を構える。まだそれなりに距離があるのでノエインにはラドレーの表までは伺えないが、目のいいペンスには分かるらしい。
他の者もそれぞれの得を構え、ユーリが「ノエイン様、準備しろ」と言った。ノエインは「う、うん」とやや張した面持ちで頷く。
それから間もなく、ラドレーはオークの導ポイントである、やや開けた場所までたどり著く。そこにはゴーレムが木に寄りかかるように座り込んでいた。
ゴーレムの前でラドレーが立ち止まり、その數秒後には彼の後ろからオークが飛び出してきた。
「ゴオオオッ!」
いと分厚い筋に包まれた、2mを超えようかというオークの巨。そこから空気を震わせるほどの咆哮が放たれて、ノエインは思わず息を飲む。
「今だ。ゴーレムを」
ユーリの指示を聞いて、ほんの數瞬でノエインは気を引き締めた。
大丈夫。ここにはユーリも、マチルダも、他の皆もいる。自分よりずっと強い仲間たちが自分を守るために控えている。そして自分も守られるだけでなく、ゴーレムで彼らを守らなければならないのだ。
意識と魔力をゴーレムに向けると、それまで座り込んでいたゴーレムが立ち上がった。それと同時にラドレーが橫へ飛び退いて退避する。
全く生命の気配を漂わせていなかった木製のゴーレムがいきなり立ち上がったことで、一歩後ろに跳ぶように下がって警戒するオーク。
數秒の睨み合いの後、先に仕掛けたのはゴーレムだった。
その鈍重そうな巨に見合わない素早さで前に踏み込み、太い腕を振り下ろすゴーレム。するとオークはそれを避けるのではなく、持っていた丸太の棒でけようとする。
「ドッ」という重い音が響き、それと同時にオークの持っている丸太からミシッと軋むような音が鳴る。しかし、オークは勢を崩すこともなく、ゴーレムの腕をしっかりとけ止めてしまった。
「うえぇっ」
思わず聲を上げるノエイン。
ゴーレムの打撃をまともにければ、人間なら原型を留めないほどに潰れてしまう。鉄の盾だろうと鎧だろうと意味をさない。それをオークは真正面からしっかりとけ止めたのだ。
悪い冗談のような景だが、オークの凄まじい筋力に見惚れているわけにもいかない。あらかじめ茂みに隠れさせていたもう1のゴーレムをかす。
今まさにゴーレムとオークが力比べで睨み合っているその後方、オークの真後ろから、2目のゴーレムが茂みを踏み倒して飛び出してきた。気配もなかった場所から急に敵の新手が表れて、その理不盡さに不満を示すように「ブゴオッ」と吠えるオーク。
重をかけるように力押しを図るゴーレムに釘付けにされて、オークはけない。その頭を目がけて、2目のゴーレムが腕を振り下ろした。
「ゴシャッ」という頭蓋骨の潰れる鈍い音が響き、オークの両目がまるで撃ち出されたように飛び出す。
「うわああっ、凄い! 倒した! やった!」
「馬鹿っ! まだ油斷するな!」
戦闘の高揚の中で衝撃的な景を見て聲を上げるノエインの頭を、ユーリが思わず叩く。
このオークが番や子どもを連れていないとは限らないのだ。まだこの段階で喜んではいけない。家臣に手厳しく叱られたノエインは「ご、ごめん」と素直に詫びた。
・・・・・
「終わってみればあっけないものだね」
「まあ、オークの危険さは力と速さに依るところがでかいからな。ノエイン様のゴーレムみたいに張り合える武があるなら話は別だろう」
結局その後、このオークの番や子どもなどが現れることもなく、無事にオーク狩りは終了した。現在は斃したオークを従士たちが解している真っ最中である。
オークがゴーレムと力で拮抗して見せたときはややヒヤッとしたものの、知能が低く本能のままに暴れる以外の戦闘もないためにゴーレム2がかりならあっさりと勝てた。
「そんなものか。意外と拍子抜けかも?」
「いや、普通は戦闘訓練をけた魔法使いでもいない限り、オーク狩りはそう簡単にいかないものなんだ。ノエイン様のゴーレムが異常だ」
「オークと速さで互角に張り合えるゴーレムなんてまず他にはいねえです」
「ノエイン様の作技が凄すぎるんでさあ」
「真っ向からオークを毆って頭蓋骨をかち割る景なんて初めて見ましたよ」
「ほんと、どうかしてるわ……」
ユーリに加えて、他の従士たちもそう評してきた。やや引き気味の賞賛をけて、ノエインはいつものヘラヘラした表になる。
「そっか、僕って強いんだね?」
「オークをも簡単に瞬殺するその強さ、さすがはノエイン様です」
「いや、ノエイン様じゃなくてゴーレムが……まあいいか。確かによくやったよ」
やや呆れながらも、ユーリもノエインを褒めてやる。ゴーレムを使いこなすノエインが個人としては破格の戦闘力を持っていて、今回その力をしっかりと示したことは事実なのだ。
ちなみにその後、解されたオークの皮や魔石は領主であるノエインの臨時収になり、戦闘に參加した従士たちにはなくない額の報奨が與えられ、大量の上質なはノエインの計らいで従士と領民たち全員に振る舞われた。
冬も後半に差しかかり、長く続く寒さで気が滅っていた領民たちにとって、村の広場で火を焚いて行われるオークのバーベキューはいい気晴らしとして盛況に終わった。
こうして、アールクヴィスト士爵領で初の本格的な戦いは、大勝で幕を閉じたのである。
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