《ひねくれ領主の幸福譚 格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】》第52話 鍛冶師は変わり者①

ノエイン・アールクヴィスト士爵に仕える従士バートの主な仕事は、資の輸送だ。

彼は相手から好印象を持たれやすい容姿とコミュニケーション能力を買われ、ラピスラズリ原石をはじめとした輸出品をケーニッツ子爵領レトヴィクへ運んだり、逆にレトヴィクで必要資を買い集めてアールクヴィスト領に持ち帰ったりする役割を任されている。

また、こうした輸送業務の裏で、「レトヴィクで領外についての報収集をするように」「アールクヴィスト領に役立ちそうな報を得たら逐一報告するように」といった指示も與えられていた。

「それじゃあ、俺は工房の方に行ってくるから、君らは先に宿を取っておいてくれ。今日はそのまま休んでもらって構わない」

「分かりました、バート様」

「いつもの宿屋で部屋を取っておきます」

ラピスラズリ原石をレトヴィクへ輸送する際は、マイルズ商會との手続きや品の確認待ちなどで時間を取られるため、こうして泊りがけになるのが常だ。

資輸送の手伝いのために同行していた領民たちに指示を出した後、バートはとある鍛冶工房へと向かう。

レトヴィクでも指折りの規模を誇るこの工房とはノエインも懇意にしており、アールクヴィスト領で必要となる鉄製農や工、釘などの発注をよく依頼していた。

ノエインから預かっていた注文書を持ち、街外れにある工房の大きな建へとるバート。

「こんにちは。農の注文に來ました」

「ああ、どうも、アールクヴィスト領の従士さん。すぐに親方を呼んできますので、しお待ちください」

工房の表口には付が備えられており、そこのカウンターに立っていた従業員はバートを見てすぐに対応してくれる。

ノエインの遣いとしてバートもここの常連になっているので、わざわざ名乗るまでもない。

しばらく待っていると工房の親方がやってきた。今の今まで作業をしていたのか、額に汗を浮かべている。

「遅くなってすいやせん、従士さん」

「いえ。こちらこそいつも急に訪ねてしまって……」

「アールクヴィスト領から來てるんだから、急になるのは仕方ねえでしょう、気にしねえでください」

快活に笑いながらバートから注文書をけ取り、注文の詳細を聞いてくる親方。バートは領主貴族であるノエインの遣いだからと、こうして毎回わざわざ親方の彼が直接対応してくれるのだ。

「――それじゃあ、確かに承りやした」

「はい。次にレトヴィクに來たとき……おそらく2週間後くらいにけ取りに來ます」

「分かりやした。それまでには確実に品を揃えておきやす」

いつものように滯りなく取引を終えようとしていたところへ、者が現れた。

「あっ! ここにいた! 親方、俺の話を聞いてください! この設計図を一度見てください!」

付の裏、工房の作業場がある方から紙を片手にズンズン歩いてきた若者が、親方に向かってまくしたてる。

「こら! こっちに來たら駄目だ!」と制止する付の従業員を振り切り、親方の前までたどり著いてしまう若者。客として今まさに取引中のバートのことは完全無視だ。

突然のことでバートが驚く一方で、親方は明らかに怒りを浮かべている。

「馬鹿! こんなとこまで出てくるんじゃねえ! お客さんの前で失禮だろうが!」

「お客さん? ああ、商談の邪魔してすいませんね……それより親方! お願いですから俺にこれを作らせてください! この設計図を見れば分かりますから! また改良したんですよ!」

「うるせえ! 新人のくせに生意気だって何度言えば分かるんだ! 裏に引っ込んでろ!」

それから「話を聞いて」と迫る若者と「裏に引っ込め」と叱る親方の押し問答がバートの前でくり広げられ、最終的には親方が拳骨で若者を無理やり黙らせた。

「痛ってえ……毆ることないじゃないですか……」

「ったく……従士さん、みっともねえところを見せてすいやせん。こいつは最近ほかの工房からうちに移ってきた鍛冶師でして。腕はいいんですが、こうして面倒ばかり起こしやがるんですよ」

聞くと、この若者はこのように騒を起こしては、レトヴィクのほかの工房をいくつもクビになっている問題児なのだという。

生まれがレトヴィクの近くにある農村の鍛冶屋で、子どもの頃から鍛冶仕事にれていて実力はあるものの、この振る舞いのせいで馴染める工房がないのだそうだ。

というのも、彼はとにかく「新しいものを開発したがる」らしい。これまで渡り歩いた工房でも「こんな道を考えた」「これを作らせてほしい」と親方にしつこく絡み続けてはクビを言い渡され、ここでもまた同じ行いをくり返しているという。

ちなみに今は「戦爭の在り方を一変させる新兵を考えた」と息巻いているそうだ。

この親方も負けして一度は開発をやらせてみたものの、出來上がった試作品はあまりにも未で使いにならなかったらしい。

「だから、夢みてえなこと言ってねえで真面目に修行に勵めって言ってるんですが、聞く耳持ちやしねえ。こいつの実家の鍛冶師とは知り合いだから雇ってやったのにこれじゃあ……おっと、お客さんに愚癡を聞かせちまってすいやせん」

「いえ、親方さんもなかなか大変そうですね」

想笑いを浮かべてそう返すバート。自の仕えるノエインもつい最近までとある奴隷の扱いに苦労していたので、部下に問題児を抱えることの大変さは想像できた。

「にしても、『戦爭を一変させる兵』ですか……俺も昔は戦場にいたので、し興味がありますね」

「おおっ! お客さん、興味がありますか!? 話を聞いてくれますか!?」

バートが関心を示すと、若者は新たな獲を見つけた食獣のような勢いで食らいついてきた。

「馬鹿っ! 客にまで見境なく絡むんじゃねえ! だいたいお前みたいな若造が開発なんて20年早いんだよ! 鍛冶師ってのは若いうちは修行に明け暮れるもんだ! 俺だってそうやって経験を積んだんだよ!」

「親方の考えは古いんですよ! 開発の才能があれば若くても関係ないです! 俺にもっと開発の時間と予算をくれる人がいれば、俺は世の中を変えるようなものが作れるんですよ!」

「そんな人間がいるわけねえだろ! いい加減そんなたわ言をほざくのは止めろ! ここもクビになりてえのか!」

再び言い爭いに突した若者と親方。この喧嘩を聞いているだけで、彼らがここまでかみ合わない理由がバートにも飲み込めた。

この親方の言い分も分かる。基本的に職人は若いうちは下積みを経験するもので、好き勝手にやれるのはベテランとして獨立し、自分の工房を持ってからだ。

このロードベルク王國北西部は、平和で社會に変化がない分、そうした保守的な考えが特に強い。もちろん、この親方もそんな考えにどっぷり浸かっている。それがこの野心溢れる若者には気にくわないらしい。

若者が口論に熱くなるあまり、いつの間にか床に落としていた設計図とやらを拾い上げたバートは、それにざっと目を通す。

(これは……ノエイン様なら興味を持つかもしれないな)

バートは領外への資輸送の擔當であり、領外での報収集擔當でもある。そうした役目を持つ従士として、この一件をノエインに報告することに決めたのだった。

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