バートはにモテる。

恵まれた容姿を持って生まれたバートは、傭兵時代から仲間ではたらしとして知られていた。

わざわざ金を払って娼館に行かずとも、街で適當な娘と仲良くなってその家に転がり込める。それくらいモテた。

それはアールクヴィスト領の従士という安定した職を手にれてからも変わっていない。むしろ、「貴族に仕える従士」という立場を得たことでモテっぷりは加速している。

しかし、20代も半ばに差しかかり、そろそろ持ちを固めたいと思うようになって、バートは自分の生來のプレイボーイ気質に悩まされることになった。

（結婚相手かあ……どうやって決めればいいんだろう）

バートの経験は、一晩ベッドを共にするだけのものがほとんどだ。傭兵という不安定な立場だったこともあり、真っ當な際経験など皆無だった。

そんなバートだったので、結婚したくても、いい相手の見つけ方が分からないのである。

バートが輸送隊を率いてレトヴィクにやって來るたびに、得意先の商店で働く娘や、馴染みの料理屋で働く娘が聲をかけてちやほやしてくれる。

今もレトヴィクでバートがよく立ち寄る雑貨屋の娘から「今夜は街に泊まるんでしょう？　私の住んでるアパートにいらっしゃいよ」と甘いいをけている最中だ。

こうしてわれるのは、男として悪い気はしない。だが、この娘と結婚したいかと言われると話は別だ。

（この子も俺の顔と地位に魅力をじてるだけなんだろうな……）

彼の顔には「優良件をゲットしたい」という野心が溢れているのである。

もちろんそれが悪いこととは思わないが、バートとしてはできれば顔や地位ではなく自分自をしてくれると夫婦になりたい。

ユーリとマイも、エドガーとアンナも、ラドレーとジーナも、きっとお互いの面に惹かれ合って結ばれたはずだ。彼らなら、もし相手の社會的立場が変わっても、いつか老けて顔が変わっても、お互いをずっとし合うのだろう。

自分もそんな相手に出會いたい、しかし出會い方が分からない。とバートは思いながら、雑貨屋の娘のいをやんわり斷って店を出た。

・・・・・

その日の夜、バートはし冒険してみようと、馴染みの店とは違う料理屋に一人でった。

店してすぐに「好きな席に座ってくれー」と店主らしき中年男に聲をかけられる。この店主の他には若い従業員が一人いるだけの小さな店だ。

適當に空いている席に座り、壁にかけられたメニューを眺める。何を注文しようか考えているうちに従業員のが水を持ってきてくれた。

「ご注文は決まりましたか？」

「ああ、えっと……魚の蒸し焼きとシチュー、それとパンを」

「はい、しお待ちくださいね」

そう微笑みながら廚房へと去っていくは、バートよりし若いくらいの年だろうか。店主の娘かもしれない。決して目を引く人というわけではないが、優しそうな雰囲気があった。

レトヴィクの知人からは「顔も地位もいい優良件」としてギラついた目を向けられることの多いバートにとって、彼の溫かい微笑みは印象的だった。

それほど待たずに出てきた料理をけ取り、食べる。

魚の蒸し焼きとパンはごく普通に味いと思う程度だったが、シチューを口にしたバートはし驚いた。その味つけが子ども時代を思い出させるものだったからだ。

ある街で孤児として生まれたバートは、10歳くらいで傭兵団に拾われるまで、教會の炊き出しを命綱に生きていた。

そのときに優しく接してくれたのが、炊き出しの責任者でもあった年老いた修道だった。このシチューの味つけの加減が、彼の出してくれたシチューにとてもよく似ていたのだ。

ただの偶然だろうが、それでも思わぬ「おふくろの味」を味わえたバートにとって、ここでの食事は満足のいくものだった。

「このシチュー、すごく味かったよ。故郷の味を思い出した」

「あら、そうなんですか？　ありがとうございます」

食を下げられるときにバートが思わず聲をかけると、従業員のは優しく微笑みながら返事をくれる。

「故郷はここから遠いんですか？」

「ああ、もう帰ることはないと思う……元々孤児だったんだ。その後も々あってね」

「そうだったんですか……ごめんなさい、辛いことを思い出させましたか？」

「いや、いいんだ。俺の方こそ変なことを言ったね」

懐かしい味を口にして、し気持ちが緩んでいたらしい。初対面の娘を戸わせてしまった。

「……シチューのどんなところが故郷の味と似てたんですか？」

「そうだな。し甘めでとろみの強いところかな？　孤児の頃に炊き出しをしてくれてた教會の修道の味つけがこんなじでさ。彼のシチューは、俺たちがしでも腹を満たせるようにってレンズ豆がたっぷりってて……って、また余計な話だったな」

さすがに照れくさい。バートは気まずげに笑うと、食事の代金を支払ってそそくさと店を出た。

・・・・・

それからしばらく経って。いつものように資輸送の仕事でレトヴィクを訪れたバートは、再びあの料理屋を訪れた。

前回の帰り際の會話もあってやや気恥ずかしかったが、懐かしい味わいをまたじたいという気持ちの方が勝ったのだ。

例の従業員は、バートのことを覚えていたらしい。店にってきたバートを見て、クスッと微笑みかけてきた。

そんな彼にバートも照れながらも笑みを返し、また適當に空いている席に座る。今回ももちろんシチューを頼んだ。

やがて出てきたシチューをけ取り、一口目を匙で掬う。

するとそこには、野菜に混じってレンズ豆がっていた。前回食べたときには材にレンズ豆はなかったはずだ。

口にしたシチューの味は、よりバートが子ども時代に食べたシチューに近かった。ほとんど同じと言ってもいい。

もうあまり思い出せなくなっていた優しい修道の顔が、前よりも鮮明に脳裏に浮かぶ気がした。

一口ずつ噛みしめるように食事を終えたバートは、食を下げに來たに聲をかける。

「……今日はレンズ豆がってるんだね」

「前に聞いた話を覚えてたので……私からのサービスです」

そう言ってしいたずらっぽく笑う。

「ありがとう。でもどうしてそんな……俺はまだ常連ってほどじゃないと思うけど？」

「この前お話したとき、し寂しそうな表をされてたので。ちょっとでも笑顔になってもらえたらいいな、と思って」

彼がバートに向ける笑顔は、下心も裏もない純粋な優しさに満ちていた。

バートは彼の左手を見る。薬指に指はない。

「君、人はいるかな？」

「えっ、いえ、いません……」

「それじゃあ、あの、俺と結婚してほしい。必ず君を大切に、幸せにするから」

気づいたときには、バートはそう言ってしまっていた。

・・・・・

「えー、名前はミシェルね。実家はレトヴィクの料理屋で、この度はバートと結婚するために移住してきたと……」

「は、はい！」

領都ノエイナの門に備えられた詰所で、ノエインは新たな移住希者と面會している。

ノエインの後ろにはいつものように護衛のマチルダとペンスが控え、目の前には今回の移住者……ミシェルが張した面持ちで座っている。彼の隣には、彼をレトヴィクから連れてきたバートも同席している。

「そんなに張しなくて大丈夫さミシェル。ノエイン様は優しい方だ」

「う、うん……」

バートが甘い表と優しい聲でミシェルを安心させ、一方のミシェルもバートにそっとを寄せる。

それを見て心呆れながらも、ノエインは話を続けた。

「バートと結婚するのなら、家はそのままバートのところに住むんだし……あとは特に確認事項も手続きもないね。領の々はバートから説明してあげてね」

「はい。任せてください」

「それじゃ、移住の面談は以上だよ。結婚おめでとう、これからお幸せに」

祝福するノエインに禮を述べ、バートとミシェルはイチャイチャと詰所を出ていった。

「……クソ、ついにバートまで」

そう聲をこぼしたのは、元傭兵組の中でついに最後の獨者となったペンスだ。

「際ゼロ日で結婚を申し込んでそのまま承諾されたらしいね。さすがはモテ男のバートだよ」

ある日レトヴィクから帰って來たバートは、いきなり「今度レトヴィクから結婚相手を連れて帰ってきます」と報告してきた。

話を聞いてみると、何度か言葉をわしただけの料理屋の娘にいきなりプロポーズして、その場でOKをもらったという。そんな電撃結婚であれだけ仲睦まじくなっているあたり、やはりバートにはの心を摑む才能があるのだろう。

「あいつは今まで派手なとばかり後腐れなく遊び回ってたんですぜ？　それなのに最後はあんな家庭的で優しそうな娘と……世の中は不公平でさあ」

「そんな本気で嫉妬しなくてもいいじゃない。ペンスもどうしてもお嫁さん探しに困ったら、僕が何とかしてあげるから。僕から領に呼びかけたらきっと見つかるよ」

ノエインからそう言われて、ペンスはノエインが領主の名のもとに「従士ペンスの嫁を急募」と公布している景を想像した。やられる側からしたらとんだ生き恥だ。

「……いや、大丈夫でさあ。俺も自分で何とかしますから」

「そっか、頑張って。いい報告を聞けるのを楽しみにしてるよ」

ノエインにはそう言われても、まだまだ結婚できる見込みもなさそうな自分の境遇を思ってペンスはため息をつくのだった。