《ひねくれ領主の幸福譚 格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】》第60話 前

ケーニッツ子爵領の當代領主であるアルノルド・ケーニッツも、大規模な盜賊団が王國北西部に近づいているという話は當然のように摑んでいた。

そして、他の貴族たちと同じく、盜賊団の襲來にどのように対応すべきか悩んでいた。

商人たちからけ取った報によると、おそらくあと半月もすればこの領までり込んでくるという。

ケーニッツ子爵領は人口1萬を超える、それなりの大領だ。しかし、それでも職業軍人である領軍の規模は200人に満たない。おまけに平和な土地柄もあり、強とは言い難い。

そんな兵力で傭兵崩れの盜賊団とまともに激突すれば、全滅さえあり得る。

かと言って、領民から徴兵するのも問題がある。もう間もなく小麥を植える準備が始まるこの時期に農民の男たちを引き抜けば、農作業が滯って來年には民が飢え、子爵家の稅収も大きく減ることになるだろう。

最悪のタイミングで盜賊団が近づいてきていると言える。

「……やむを得んか」

苦蟲を噛み潰したような表で、アルノルドはそう言葉を吐く。

「どうなされますか」

「商人たちに金を握らせて噂を広めさせろ。『ケーニッツ子爵領の西にはアールクヴィスト士爵領があり、そこはろくな兵力もなく、鉱山で儲けた大量の金がある』とな。盜賊にまで伝わるよう、徹底的に噂を行き渡らせろ」

傍に控えていた初老の従士長に尋ねられて、アルノルドはそう指示を出した。

「よろしいのですか。それでは……」

アルノルドの策は「盜賊をアールクヴィスト領へとけ流して対応を丸投げする」と言っているも同然だ。友好的な隣領を窮地に追い込ませるような指示に、従士長はためらいの表を見せた。

「分かっているが、背に腹は代えられん。それに、あの若者なら盜賊団を相手にしても簡単にやられはせんさ。そこに私が援軍を出し、『助けてやった』ことにすればいい」

ノエインという若者は頭が切れる。地の利があるベゼル大森林の中での防衛戦となれば、200人規模の盜賊もどうにかして追い返してくるだろう。

消耗して引き返してきた盜賊団をケーニッツ子爵領軍が挾み撃ちにすれば、一番大変な部分をアールクヴィスト領に押し付けつつ「協力して盜賊団を討ち取った」というにすることができる。

「心苦しいが、我が領の利益を守るにはこれが最善……とは言えずとも次善の策だ。あまり時間はない。すぐに実行してくれ」

「はっ。急ぎ商人たちに報を伝達いたしましょう」

従士長はそう言って退室していった。

(悪いな、ノエイン・アールクヴィスト士爵。これが領主貴族というものだ)

心の中で若き隣人に謝りながら、アルノルドは深く息を吐いた。

・・・・・

アルノルド・ケーニッツ子爵が広めさせた「アールクヴィスト領は裕福なわりに防備が手薄だ」という噂は、瞬く間にケーニッツ子爵領の隅々へ、さらにその周辺の領へと行き渡った。

零細の行商人たちの報網によって、小さな村のひとつひとつにまで噂が屆く徹底ぶりだ。

その話はアルノルドの膝下であるレトヴィクの中でも當然広まり、レトヴィクへの資輸送を擔うバートの耳にもることになった。

「……今まではレトヴィクでもうちと繋がりのある人間しか知らなかった事が、急に広く噂されるようになってたんだね」

「はい。これはもう、誰かがわざと広めているとしか……」

急いで領都ノエイナへと舞い戻ったバートの報告をけながら、ノエインは苦い顔を浮かべる。

「盜賊団の接近が噂されてるこのタイミングに合わせて、盜賊が喜びそうな報を狙いすましたように拡散か。ちっ、やってくれたなあの恩知らずジジイ」

珍しく々苛立った聲で、暴な言葉を放つノエイン。

「やっぱりケーニッツ子爵ですかね?」

「間違いなくそうだろうね。とはいえ、僕たちが盜賊に潰されたら取引のあるケーニッツ子爵だって経済的に損するだろうに……大方、僕たちが死に狂いで盜賊を追い払ったところに首を突っ込んできて、『盜賊団に止めを刺した』っていう実績を掠めとろうとしてるのかな」

「何とも腹立たしい話だな……それで、どうする?」

その場に同席していたユーリがノエインに尋ねる。

「どうせ逃げ場はないんだし、戦うさ。せっかくここまで築き上げた領地を躙されるなんて冗談じゃない」

ノエインはそう言いながら、久々に邪悪な笑みを浮かべた。

「幸いにもクロスボウは完してるからね。大急ぎで増産して領民たちに訓練させれば、戦力的には互角以上になれるよ」

アールクヴィスト領の人口は、間もなく200人に屆こうとしている。そのうち戦闘に員できる男手は100人とし、さらにそこへノエインのゴーレム2が加わり、おまけにクロスボウを大量に用立てられるとなれば、十分な戦力があると言えよう。

「だが、クロスボウの數はまだ20もないぞ? それに矢の數も、実戦を迎えるにはあまりにも心許ない」

「僕の奴隷をできるだけ多くダミアンの下につけて、全速力で増産させる。領民たちからも人手を募集……いや、徴集するよ」

「もうすぐ小麥の作付け準備が始まる季節だぞ。徴集は領民たちも渋るんじゃないか?」

「収穫が減る分、來年の稅を軽減するさ。それにうちはジャガイモがあるからね。小麥の作付けが々滯っても飢える心配はない」

「……分かった。俺とバートと、他の従士連中も員してすぐに指示を広めよう」

「頼むよ」

急いで退室していくユーリとバートを見送りながら、ここまで何かに追い詰められるのは初めてだな、とノエインは心で獨り言ちた。

・・・・・

「ま、待ってくれ! 殺さないでくれ! いい話があるんだ! それを教えるから!」

占領した村でゴズリングが今まさに殺そうとしていた村人の男は、必死にそう懇願してきた。

「いい話だあ?」

「そうだ! きっとあんたたちなら喜ぶ話さ! 聞いてくれよ!」

「……まあいい、言ってみろや」

訝しげな顔を浮かべながらもゴズリングがそう聞くと、男はまくし立てるように話し始める。

「こ、ここの北のケーニッツ子爵領の、その西にアールクヴィストって領地があるんだ。士爵だか準男爵だか忘れたが、ちっぽけな村ひとつの領地なのに、寶石の鉱山を見つけたおかげで羽振りがいいらしい」

「ちっ、またその話か。そんな領があるなんて聞いたことねえ。王國の北西はケーニッツ子爵領で行き止まりだったはずだろう」

「この數年で出來た領なんだよ! だからまだ領軍なんていない。なのにたんまり金があるらしい! そこを襲えばあんたたちは大儲けさ!」

村人が命しさに出まかせを言っている可能もあるが、ゴズリングは前の村でも同じ話を聞いていた。話の詳細まで同じということは、出まかせではなく事実なのだろう。

「噓はついてねえな?」

「ほ、本當だ! 命をかける!」

「……いいだろう。信じてやるよ。いい報をありがとよ」

「じゃ、じゃあ俺のことは見逃しうぎゃああっ!」

村人のを剣で貫いて黙らせたゴズリングは、次の目的としてそのアールクヴィスト領とやらを目指すことを決めた。

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