《ひねくれ領主の幸福譚 格が悪くても辺境開拓できますうぅ!【書籍化】》第68話 晩餐會①

ノエインたちがベヒトルスハイム侯爵領の領都ベヒトリアに到著してから2日後。ついに北西部の貴族閥による晩餐會の日が來た。

ベヒトリアの中心部にある侯爵家の屋敷は、ノエインの屋敷はおろか、レトヴィクにあるケーニッツ子爵家の屋敷と比べても相當に大きい。

晩餐會の會場はこの屋敷のパーティーホール。そこへと続く広い廊下を、ノエインはアルノルド・ケーニッツ子爵と歩いていた。

ノエインの後ろには護衛としてマチルダが続き、アルノルドの後ろにも彼の従士が護衛に就いている。

「アールクヴィスト卿、張しているかね?」

「まあ、多は……こうした本格的な社の場は初めてですから」

アルノルドの問いかけにノエインはそう答えるも、傍から見て張しているようにはとても見えない。

「本當かね? しは不安そうな顔で頼ってもらえると、こちらも先輩貴族としてやりがいがあるんだがね……まあ、ベヒトルスハイム侯爵閣下にも貴殿のことは伝えてあるのだし、他の主要な貴族も話は聞いているだろう。無難に終わるさ」

「はい、見苦しい場面をお見せすることがないよう努めます」

そんなやり取りをしているうちにホールの前に到著する。大きな扉の左右に立っていた侯爵家の使用人たちはノエインとアルノルドに禮をすると、扉を開けた。

晩餐會の會場にいた貴族たちが、一斉に視線を向けてくる。誰もが豪奢な裝いで、一目見ただけで貴族の中でも高い地位や強い立場を持つ人間だと分かった。

ノエインはできるだけ堂々とした態度で、アルノルドに続いて會場を歩く。その間にも周囲からは値踏みするような視線が刺さった。ノエインの後ろを見て顔をしかめている者は、奴隷で獣人のマチルダの存在が気にくわないためか。

アルノルドからは「いくらお気にりでも、獣人の奴隷を連れ込むのは勧めないぞ。ベヒトルスハイム閣下はそのあたりにも寛容な方だが、他の貴族からは快く思われないだろう」と言われていたが、ノエインはそれを覚悟の上でマチルダを連れている。

どうせいつかは「獣人奴隷をでている変人」と知られるのだから、最初に自分からそのことを曬してしまえばいいと思っていた。

この晩餐會の目的は北西部閥の絆を確かめ合うことであり、多くの貴族と言葉をわし、親を深めるのが各々の務めである。そのためアルノルドは真っ先に主催者であるベヒトルスハイム侯爵のもとに向かい、ノエインもそれに続く。

「おお、アルノルド・ケーニッツ卿。來たな」

近づいてきたアルノルドにそう聲をかけたのは、北西部閥の盟主であるジークフリート・ベヒトルスハイム侯爵。

既に50歳を超えているが、その年齢をじさせない、威厳と迫力のある佇まいが印象的な偉丈夫だ。

「はっ。ベヒトルスハイム閣下におかれましても、ますますご健勝の――」

「よい。今日は格式ばった集まりではないのだから、堅苦しい挨拶は抜きでいこう」

「では、そうさせていただきましょう」

派閥の仲間たちとできるだけ親しみをもって流したいというベヒトルスハイム侯爵の意向もあって、この年末の晩餐會は毎年くだけたものになりがちだった。

アルノルドも一応は形式的な挨拶からりつつも、すぐさま侯爵の意向に合わせて態度を切り替える。

「最近はどうだ? 何でも西端の方は、南から北まで大規模な盜賊団が発生して大きな被害が出たという話ではないか」

「はい。幸いにも我が領の都市や村は無事でしたが、他領では決してなくない被害が出たと聞き及んでいます。小領などは領主家もろとも壊滅したという痛ましい話もありました」

「そうか、難儀であったな。それで、そんな西端の盜賊騒を終わらせたというのがその若者か」

「はい、ご紹介させていただきましょう。アールクヴィスト士爵です」

「お初にお目にかかります、ベヒトルスハイム侯爵閣下。ケーニッツ子爵領の西に領地を賜っております、ノエイン・アールクヴィストと申します」

一派閥を率いる大貴族を前にしながらも、ノエインの挨拶はアルノルドから見ても、ベヒトルスハイム侯爵から見ても、合格點と呼べる堂々としたものだった。

「丁寧な挨拶を謝する、アールクヴィスト卿。この度の働きは大儀であったな。北西部の盟主を務める者として禮を言わせてくれ」

「恐に存じます。私も王國貴族の末席に名を連ねる者でありますので、當然の務めとして微力を盡くさせていただきました」

「殊勝な心がけよのう。だが謙遜も度を過ぎると嫌味になるぞ? 貴殿がそう言ってしまっては、ケーニッツ卿の立場がなかろう。なあ?」

やや意地の悪い顔でアルノルドの方を見るベヒトルスハイム侯爵。ベヒトルスハイム領はケーニッツ子爵領の東隣なので、アルノルドが保のために噂を流したことには気づいていた。

そのことに暗にれられたアルノルドとしては、苦笑いを浮かべるしかない。

「私が怖気づいたことは認めますが……言い訳をさせていただきますと、私が無能であったというよりはアールクヴィスト卿が有能過ぎたのです。人口200人の村で200人の盜賊を全滅させるなど尋常ではありません」

「はっはっは! 違いない。その規模の盜賊団と真正面から対峙するなど、本來なら伯爵以上の大貴族でないと厳しいだろうからな」

貴族が有する領軍は、ベヒトルスハイム侯爵家のような國有數の大家でも1000人ほど。ケーニッツ子爵家では200人ほど。

非常時には領民を員してもっと兵力を揃えることもできるが、常備軍としてはその程度がせいぜいだ。

おまけに領軍は治安維持のために、領に散っていることが多い。ケーニッツ子爵領の規模で即座に領軍を招集し、領民まで員し、傭兵出の盜賊200人を討ち倒そうとするなら、相當な犠牲を覚悟しなければならないだろう。

ケーニッツ子爵の行いは褒められたものではないが、いつ同じ立場に陥るか分からない他貴族にとっては必ずしも堂々と非難できるものではないのだ。

「そんな盜賊団を討ち倒したアールクヴィスト卿の新兵とやらは、ケーニッツ卿からも話を聞いている。後で見せてもらうのを楽しみにしているぞ。まずは他の貴族たちと顔を合わせて親を深めるがいい。貴殿を北西部閥に歓迎しよう」

謝いたします、ベヒトルスハイム閣下」

ひとまず最初の挨拶を終え、ベヒトルスハイム侯爵のもとを離れるアルノルドとノエイン。

「上手く話せていたではないか。最初でそれだけ落ち著いているなら十分だ」

「ありがとうございます。何とかなりました」

アルノルドとともに給仕からけ取ったワインに口をつけ、ノエインは一息ついた。

「あとは主だった出席者と適當に顔合わせを済ませていけばいい。私はこの派閥ではそれなりの立場にいるからな。顔は繋いでやろう」

「分かりました。頼らせていただきます」

ノエインがそう言うと、アルノルドは心なしか嬉しそうだ。ようやく先輩貴族として力のあるところを見せられると意気込んでいるらしい。

事前にアルノルドから學んでいた話によると、この北西部閥のメンバーは、ベヒトルスハイム侯爵を盟主に伯爵家が2家、子爵家が6家、男爵家が14家、その他に下級貴族の準男爵や士爵が十數家。

ケーニッツ子爵家は鉱山開発などでそれなりの功を収めているため、派閥の中では2つの伯爵家に次ぐ立ち位置にいるらしい。

一般的に、こうした大きな貴族閥には男爵以上の上級貴族だけが所屬し、下級貴族は最寄りの上級貴族と繋がって、寄り子のような立場で間接的に派閥に屬する。

準男爵や士爵でありながら派閥に招かれるのは、大貴族の分家であったり、今回のノエインのように飛び抜けた実績や能力を持つ者が名譽會員のように遇されたりと、特殊な部類になるという。

出席者のマナーとして片手にワインのった杯を持ったまま、ノエインはアルノルドに連れられて貴族たちとの挨拶合戦に臨んだ。

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