さて、ここからどうしたものだろうか。

前回と大きく違う展開に困したまま、俺はヴァルトルーネ皇の方へと歩く。

泣き腫らした顔のヴァルトルーネ皇にハンカチを差し出したあの時とは違う。彼はこちらの存在をいち早く認識して、あろうことか俺に出てこいと呼びかけてきた。

それにユーリス王子に婚約破棄と言われた時のヴァルトルーネ皇の落ち著いた様子……まるで全て知っていたかのような表だった。

「…………」

彼は一……何を考えているのだろうか。

ヴァルトルーネ皇は、明らかに変わっている。

前世で。

同じこの場所で。

俺が直接目にしたヴァルトルーネ皇は、れれば脆く壊れてしまいそうなくらいに不安定なオーラがあった。けれども、今目の前にいるヴァルトルーネ皇は違う。

瞳の奧にある輝きは潰えることなく燃え続け、予定調和であるかのように堂々とした立ち振る舞いを披してみせた。真っ白く、雪のようなキラキラした白髪は風に揺れて幻想的な様相を表して。

極め付けは、

「アルディア=グレーツ……」

歩み寄るはずの俺が、逆に彼から歩み寄られているということだろうか。ヴァルトルーネ皇は俺の目の前まで來て、俺の左手を包み込むように握る。

「えっと……」

予想していなかったからか、言葉が詰まって出てこない。そんな俺にヴァルトルーネ皇はクスリと笑った。

そして、笑ったことに対してらかい面持ちで謝ってきた。

「ごめんなさい。貴方の困り顔が可くて、つい……」

「いえ、構いません」

「ふふっ、やっぱり…………変わりませんね、貴方は」

彼は儚げに微笑み、小聲で呟く。

「ずっと……貴方に會いたかった」

「え……？」

その一言はまるで、生き別れた友人に向ける言葉のようであった。

ヴァルトルーネ皇と俺は士學校に通い続けていたはすだ。

であれば、『會いたかった』なんて言葉を発するのは不自然なこと。今の俺とヴァルトルーネ皇は面識なんてないはずだ。

いや……違うな。

前世でも、彼は俺のことを知っていたと教えてくれた。

俺はそれを知らずとも、彼が俺のことを認知しているのは別におかしくないのか。

「あの……ヴァルトルーネ皇殿下？　失禮ながら、私と貴様は同じ學舎に通われていて……えっと、だからその」

に引っかかる言葉をなんとか押し殺し、努めて冷靜にそう尋ねてみる。

その表現がどういう意図で口から出たのか……そう聞いてみたかった。俺の反応にヴァルトルーネ皇はまたも頭を下げた。

「ごめんなさいね。こんなこと言われたって、貴方からしたら意味の分からないことよね」

なんだろう。

ヴァルトルーネ皇の青い瞳が一瞬大きく揺れたような気がした。俺が彼からの勧を斷った時と同じ顔。ちょっぴり寂しそうでいて、それでも衰えることのない意思の籠った顔。

「皇でっ……！」

皇殿下と呼ぼうとしたところ、俺の視界は完全に塞がれていた。皇殿下のにすっぽりと収まり、彼の心臓の鼓がドクドクと聞こえてくるのが分かった。

「しだけ、このままで…………お願い」

返事を返す気すら起きなかった。

彼の啜り泣く聲が聞こえたから──。

婚約破棄はやっぱり辛いものだったのだろう。

前回と違う行をしたのは、恐らく隠れていた俺を発見したから。

きっとずっと我慢していたのだ。

ユーリス王子との婚約は彼のんだものかは定かではないが、彼の心に傷をつけたことは明白である。

「ダメね……泣くはずじゃなかったのに」

──泣いたっていいんですよ。あの修羅場は貴にとって相當堪えるものだったんですから。

しかし、俺の考えとは裏腹に彼の次に発した言葉は、これまでしてきた考察を底から覆すようなものであった。

「アルディア……やっぱり。今世(・・)では貴方を私の側に置きたいわ」

決定的な一言。

それは彼が明らかに変化した理由の一端でもある。

日間11位ありがとうございます！

ブックマークと評価をれてくださると今後の勵みになります！