「アルディア=グレーツ。私と共にヴァルカン帝國に來てくれないかしら…………いいえ、來なさい！」

それは、おいなどではなかった。

絶対的な支配者からの命令に近いものである。

レシュフェルト王國出の俺にそんなことを要求するなんて……。

さっきユーリス王子との婚約が無くなった瞬間から、これを言うつもりだったのだろうか。

ヴァルトルーネ皇の発言から、俺は悟った。

彼もまた俺と同じなのではないか、と。

「…………」

「急な話で困していることでしょう。無理もないわ……祖國を離れて隣國に來るなんて、しかもさっきのあの場面を見ていたなら、王國と帝國が今後どのような関係になるかも想像に難くないはず。貴方からしたら、私のお願いを了承するのはあり得ないこと、よね……」

──それは、違いますよ。

「でも、お願い。私は貴方がしい……」

──貴に求められるなんて、そんな幸せなことはない。斷る道理もない。俺はもう決めているんだから。

「無理強いなんてしないわ…………來なさい、なんて偉そうに言ったけれど、貴方の意思を無視してまで連れ帰ろうとは思っていないわ。でも、しでも貴方にその気持ちがあるのなら……」

──ああ、やっとですか。やっと貴に報いることが出來る。

「私と共に帝國に……」

ヴァルトルーネ皇はダメ元のつもりだろう。

言葉の節々に苦しさが表れている。

彼は知っているのだ。

俺の祖國、レシュフェルト王國には俺の大切な人が多くいるということを──。

でも、そんなことは今の俺には関係がない。

一度全てを失ったから。

中途半端な立ち位置に居座り続けた結果は最悪なものになった。

──だからもう、優先順位を間違えることはない。

ヴァルトルーネ皇がどうして俺なんかをそんなにしているのか、それは未だによく分かっていない。けれども、

「頭を上げてください」

下を向いたまま震えているヴァルトルーネ皇に俺は優しく聲をかけた。彼は顔を上げるが、その瞳は潤み、俺の斷り文句に構えているようなじである。

「私は……」

弱々しい聲を出すヴァルトルーネ皇の顔をじっと見る。

そんなに不安そうな顔をしないでしい。

──俺はもう、迷わないと誓ったのだから。

「ご一緒します。ヴァルトルーネ皇殿下」

「えっ……⁉︎」

信じられないというような顔だ。

どうして、と。

彼はそう聞きたそうにこちらに視線を向けてくる。

「いいの？」

「ええ、もちろん。それが貴のみであるのでしたら、俺はそれに従います」

ヴァルトルーネ皇は、俺と同じ。

あの時の記憶が殘っている。

だからこそ、今こうして俺をってくれたのだ。ならば、尚更……彼からけた恩を返す必要があるのではないだろうか。

「ヴァルトルーネ皇殿下……実は貴に伝えたいことがあるのです」

俺がどうして彼の要求を飲んだのか、これを聞けばきっと納得してくれるはずだ。

俺は真剣な眼差しをヴァルトルーネ皇に注ぎ、靜かに告げた。

「ヴァルトルーネ皇殿下……今世(・・)でも、貴にお會いできて嬉しい限りでございます」

──今度こそ、貴の幸せな未來を途絶えさせはしない。

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