帝城の部は赤と黒を基調とした落ち著いた合いであった。

橫をすれ違う人からチラチラと視線を向けられたが、俺は特に気に留めずに歩みを進める。

俺の後ろには二人の男。

俺がヴァルトルーネ皇に頼まれて、スカウトした人である。

ファディと出會えた後に、もう一人った。

ファディと違い、俺も面識のある人。

場所もヴァルトルーネ皇から聞いていたので、探す手間はかからなかった。

「あの、本當に私も來て良かったのでしょうか？」

「はい。それがヴァルトルーネ皇殿下のみですから」

「そう、ですか……」

そのはまだ不安気な顔をしていた。

しかし、気持ちを切り替える時間はもうない。

既に目の前にはヴァルトルーネ皇のいる部屋の扉があるのだから。

「ヴァルトルーネ皇殿下、しよろしいですか？」

ヴァルトルーネ皇の私室の扉を叩くと中から聲が聞こえてきた。

「りなさい」

命令形の口調だが、聲音は優しくホッとをで下ろす。

俺は後ろの二人に一瞬視線を送ってから、扉を開いた。

「失禮します。ヴァルトルーネ皇殿下、予定通り二人を連れて參りました」

中へると、にこやかな話はヴァルトルーネ皇が出迎えてくれた。

「私の代わりに彼らを連れてきてくれて、ありがとう」

謝されたことにより、頬が緩む。

後方にいた二人はヴァルトルーネ皇に手招きされて、恐る恐る俺の背後から前に出た。

「ファディとリツィアレイテね。貴方たちが來るのをずっと待っていたわ。いらっしゃい」

歓迎の言葉をけ、二人は固まっていた。

間違いなく彼らにとっては初対面の相手、ヴァルトルーネ皇からの一方的な好意に困しているようだ。

ヴァルトルーネ皇はそれから、俺の方に視線を向けて一枚の書類を手渡してきた。

「これは？」

「貴方との契約書よ」

「契約書？」

はてさて、ヴァルトルーネ皇が俺とどんな契約をしたいのか考えが及ばない。

俺は絶対な忠誠を誓っているし、裏切る行為もしない。

ヴァルトルーネ皇が心配だと言うのなら、絶対の忠誠を誓うと書面に起こしてもいいけど、ヴァルトルーネ皇は俺のことを間違いなく信頼してくれている。

彼の態度からそれはヒシヒシと伝わってきた。

ならば、どんな容なのか。俺は書面に目を通す。

『アルディア=グレーツをヴァルトルーネ=フォン=フェルシュドルフの名の下、専屬騎士に任命する』

──専屬騎士っ！？

いや、以前にしだけその話題は出たものの、専屬騎士とはつまり…………も心もヴァルトルーネ皇に差し出すということを誓うというものである。

ヴァルトルーネ皇のために命を捧げる覚悟をし、彼の命令であれば殺しだって厭わない。

常に彼の味方をし、

彼か自分が死ぬまで、その関係は斷ち切ることができない。

「……っ！」

「不満？」

「い、いえ……えっと。その、俺なんかで本當にいいんですか？　俺は特別強いというわけでもないと思いますし、その……ご期待に添えるかどうか……」

「そこは問題じゃないわ。私は、貴方が専屬騎士になってしいとずっと思っていた……あの時からずっとよ」

ヴァルトルーネ皇のあの時がどの時かちょっと把握しきれていないが、なくとも、今世ではなく前世での話だろう。

「私は貴方と共に歩むことを選んだ。これは、私の意思表明でもある。アルディアが二人を連れてきてくれたように、私も貴方のために々としてあげたい。そのための契約よ。それに、私は貴方のことを弱いだなんて微塵も思っていないわ。むしろ……」

言いかけて、ヴァルトルーネ皇か口を閉じた。

「なんでもないわ。とにかく、私は貴方を一番近くに置きたい」

そこまで言われてしまえば斷ることなどできない。

ヴァルトルーネ皇の優しさは予てから知っている。

だから、最終確認のためにに手を當て俺はヴァルトルーネ皇の瞳をじっとみつめた。

「俺とで良いんですね？」

「ええ、もちろん」

専屬騎士の件……ありがたく、拝命させて頂こう。

俺はサッとその用紙の項目にサインをした。

「これで俺は貴の専屬騎士になりました。以後、貴のために命を懸ける覚悟を」

「ありがとう」

ずっと前からこの意思は固かった。

けれども、専屬騎士になれたことでより鮮明にそれを示せた気がする。

「じゃあ、ファディ、リツィアレイテ。私の下に集ってくれた貴方たちにも誠意を見せなければいけないわね」

続いてヴァルトルーネ皇は二人に目を向けてから、言葉を発する。彼の聲を聞いたファディとリツィアレイテはピシリと背筋をばす。

帝國の皇から言葉をかけてもらえるだけでも、平民のからしたら栄なこと。

それ以上の恩恵をけられるというのなら、頬が強張るのは自明の理。

「まずは、ファディね」

「はい、ヴァルトルーネ皇殿下にお會いできたこと、至極栄にございます」

「ふふっ、そんなにかしこまらなくてもいいわ。……貴方は貴族というものが嫌いでしょうし」

「────！」

ファディの顔が悪くなるのが誰の目から見ても簡単に分かる。

額を伝う汗は心を見かされていることへの警戒が影響しているのだろうか。

をキュッと閉めたファディの泳ぐ視線を暫く眺めてから、ヴァルトルーネ皇は笑顔を絶やさずに告げる。

「安心して、貴方の考えに文句を付けるつもりはないから。というより、私は貴方のみを葉えてあげたいと思っているのよ」

「と、いいますと？」

「貴方……リゲル侯爵に不當な借金を背負わされているわよね？」

「えっ……！　どうして」

ファディは目を大きく見開き、床をるように一歩下がる。

多分、當人以外の誰もが知らない話を彼が言い當てたということに心底驚いているようだ。

俺からすれば、ヴァルトルーネ皇がヴァルカン帝國のどんな報を知っていようとも驚くことはない。俺もそちら側の人間だからだ。

しかし、ファディは違う。

「その話は誰も知らないはずですがっ！」

「その部分は今どうでもいいの。大事なのは、私が貴方のみを葉えてあげられるかどうかじゃないかしら？」

そう、結局のところこの話はそこに行き著く。

「私は貴方のみを実現させてあげられる。貴方は私のために力を貸す……簡単な話でしょ。無闇な詮索は己のを滅ぼすわよ」

全てを看破しているヴァルトルーネ皇にファディはすがない。

だから、

「その通りです。……分かりました。私は貴方に盡くすことをお約束致します」

ファディは靜かに頭を下げた。

「ありがとう。リゲル侯爵を野放しにする気はないわ。だから、貴方の手腕を存分に発揮して、彼の罪を公のものとする」

ファディは自分のことを暗殺者と言っていた。

だから、隠行で各地の報を集めることだって容易だろう。

「はい」

「リゲル侯爵がどのようなことをしているかを私は知っています。けれど、彼を訴えるなら形ある証拠が必要なのです……あとは分かりますね？」

証拠を集めろと。

まあ、ファディにとっては好都合なことなのだろう。

なにより、ヴァルトルーネ皇という後ろ盾を得た今、リゲル侯爵に怯える必要もない。

「必ず、証拠を摑み……貴に屆けます」

この日を境に、一人の暗殺者の灰の人生はしずつを帯び始める。それがヴァルカン帝國の進む先にどのような環境変化をもたらすのか、それはまだ誰も知らない。

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