帝國暦1241年7月下旬。

ディルスト地方に蔓延る盜賊団はリツィアレイテ指揮の元、殆どが掃討された。

盜賊団のアジトとなっていた場所が特設新鋭軍の新たな補給線として機能し始め、レシュフェルト王國軍襲來に向けての準備は著々と整いつつある。

「ヴァルトルーネ皇殿下、レシュフェルト王國からディルスト地方を明け渡すようにとの通告がりました。無論、報は全てこちらで堰き止めております」

「そう、予定通り……というか。考えたままと言うべきかしら」

彼の言う通り、この宣言は前世でもあったこと。

時期も同じくらい。

違うことがあるとするならば、この報を知っているのはヴァルトルーネ皇を含めたごく一部の人のみということ。

──それに、皇帝陛下にすら、この報を流れていないしな。

「如何されますか？　このまま裏に処理するおつもりで？」

「ええ、そのつもりよ。レシュフェルト王國からこんなことを言われたと知れれば、父上が黙っているはずないもの」

これは、ヴァルカン帝國に早まった選択をさせないための対策でもある。

あくまでも、ヴァルカン帝國はこの件について周知していない。

そういうことで押し通す。

ただ、押し通すだけでは、意味がない。

「アルディア、準備はどの程度まで進んでいるの？」

「はい、特設新鋭軍の配備は抜かりありません。襲撃日の前日からすぐに配置できるように訓練は完璧です。また、資備蓄の量も十分あります。ある程度の長期戦に耐えうることが出來るでしょう」

「そう……既にこちらの用意は済んでいるのね」

完全というわけではない。

まだ、やるべきことは多い。

「ヴァルトルーネ皇殿下、魔道の數が足りておりません。ディルスト地方の全土をカバーしきるのは、やはり難しそうです」

「なんとかなるの？」

「はい、お任せください」

侵経路を絞る準備も進めている。

だから、魔道の設置は必要な箇所を優先して行えている。

萬が一、相手のきが予想外なものになったとしても、ある程度進路変更をさせるよう牽制する者たちを配備すればいい。

さて、あとは……。

「各國の來賓を招く日……そこにレシュフェルト王國の侵攻を合致させる。上手くいくでしょうか？」

これはもう俺やヴァルトルーネ皇ではどうしようもない。

通者としてイクシオン第四王子がどこまでやってくれるかが鍵となる。

「時間帯の指定はなんとかしてくれたわ。晝下がりに攻撃開始。當初は早朝に奇襲を仕掛けるという計畫だったみたいだけど、イクシオン王子が上手い合に言いくるめてくれたようね」

「凄い手腕ですね……」

普通はそんな案を飲ませられない。

奇襲の方が絶対的に有利な戦況から戦いを始められるのだから。

「無能な『幽霊王子』……それを裝っていた彼を警戒する者はいない。それらしい噂を流して、軍の上層部を導したそうよ。日程に関しても、同じ手法を使うらしいわ」

「味方で良かったですね」

──敵だったらこの上なく面倒な相手だったな。

「ええ、だから……レシュフェルト王國の信用を落とす作戦は功すると思うわ」

綺麗な笑顔を浮かべるヴァルトルーネ皇には、底知れない魅力と言い表せないほどの畏怖をじた。

報作。

ありのままの容は、公表することがない。

これはレシュフェルト王國の不當な侵略行為。

事実としてその通りなのだが、これを他國にも強く印象付けようとするのが今回の目的。

表向き、ヴァルトルーネ皇がディルスト地方の視察をさせようと他國の要人を招待する。

今後の友好関係を築き上げ、各國の結束をより強いものとしよう……なんて目的を掲げている。

無論、これは噓。

ヴァルトルーネ皇の講じた策をカモフラージュするためのもの。

「急な襲撃、他國から來る來賓の方々大層驚くでしょうね」

「ええ、でも……ここで私が指揮を取り、レシュフェルト王國軍を華麗に撃退したら──」

「はい、ヴァルトルーネ皇殿下の名聲向上、レシュフェルト王國の大きな信頼損失……その二つを同時に行えます」

一石二鳥な作戦。

ここでヴァルトルーネ皇がレシュフェルト王國軍を撃退したという功績を上げれば、彼の皇位継承は近いうちに行われることになるだろう。

皇帝グロードは隠しているものの、病に侵されている。

後継するタイミングとしては申し分ない。

「アルディア、此度の戦い。必ず勝ちなさい。泥試合は許さない……ヴァルカン帝國とレシュフェルト王國との力の差を改めて示す時よ」

彼のむ未來を摑むまで後一歩。

皇帝への道はもうすぐ目の前に見え始めている。

俺はそれを確かなものとするためにくのみである。