「それで、話は変わるのだけど」

ディルスト地方での戦いについての話を終え、ヴァルトルーネ皇は唐突にそう切り出してきた。

なんだろうかと耳を傾けていると、突然彼にぐらを摑まれた。

「ぐっ⁉︎」

──きゅ、急に何を！

突然過ぎる展開に思考が追いつかない。

ヴァルトルーネ皇に顔を向ける前に彼は俺の耳元で囁いた。

「リツィアレイテが話しているのを偶然聞いたのだけど、彼が貴方に稱呼びを許したって本當なの？」

「────！」

「その反応、本當みたいね」

──何故、その話を？

あれはリツィアレイテが酷く酔ってしまった時の話だ。

彼自も、判斷能力やら諸々が低下してきたからであると考えていそうなものだが……そもそも、あの時のことをリツィアレイテが覚えているのかすら怪しいのに。

「その、事実……ではありますが、特別な意味はありません」

というか、本當に話が変わり過ぎだ。

稱呼びがどうのなんてこと、ヴァルトルーネ皇にとってしてみれば、あまりにどうでもいい容だろう。

なのに何故、ここまで過剰な反応を示す？

「……はぁ、特別な意味はない、ね」

ヴァルトルーネ皇は信じられないというような視線を向けながら、更に顔を近付けてくる。

「知ってる？　リツィアレイテは前世で、稱呼びを許した異はいないのよ。それは彼自がそういう方面に興味がなかったとも取れるけど……」

含みのある言葉遣い。

俺に向けられた視線には、様々な意味合いが込められているみたいで、思わず玉の汗が垂れる。

「貴方には稱呼びを許した……特別な意味がないなんて、信じられると思う？」

なんなんだこのプレッシャー。

戦々恐々としている今日この頃、ここまでの圧力をじたのは久しぶりかもしれない。

ヴァルトルーネ皇の瞳に輝きがない。

全て吐かなければ許さないと言われている気がした。

「その、以前リツィアレイテ將軍とサシで飲みにいくことがありました。その時にリツィアレイテ將軍がかなり酔っ払ってしまわれて」

「襲ったの？」

「襲ってないです！」

くそ、ブラッティといい、なんでそう飛躍した方向に話が進むんだ。

酒で酔わせたら襲うとかいうのが定石であると考えられているのなら、世の男陣は皆、本能でく獣。

不名譽過ぎる……。

「ヴァルトルーネ皇殿下、そのような言いは品を欠く恐れがあります。何卒、ご容赦ください」

「はぁ……」

──俺もため息吐きたいです。

つまり、誤解なんです。

というような説明をしたいのにも関わらず、あらぬ二次災害を招き込んでいるような狀況。

流石に泣けてくる。

「ですから、リツィアレイテ將軍から稱呼びをするように言われたのは事実です。ただ、それは彼が酔っていたから。普段のリツィアレイテ將軍であれば、そういうことを言うはずがありません」

誤解よ解けろ！

心の底からそう願う。

というか、こんなことで専屬騎士としての信頼を失うなんてことがあっていいはずない。

勘弁してくれ。

「そもそも、俺はまだ彼のことを一度もそう言った稱で呼んだことはありません！」

「本當ですか？」

「本當です！」

……確か、そうだったはずだ。

俺はリツィアレイテのことを『リア』なんて一度も呼んでいない。

ヴァルトルーネ皇はそれを聞き、黙り込む。

未だにその場の空気は冷めないものの、彼の脳では俺に対する処遇が導かれようとしていた。

「そうですか……」

澄んだ聲音は納得したようなを含み、俺はホッとをで下ろす。

「はい」

「なら仕方がありませんね。今回の件は不問にしておきます」

どんな罪に問われそうになっていたのか気になるが、それを尋ねるほど無謀な俺じゃない。

彼の意に反したこと。

それを許して貰えただけ、ありがたいと思おう。

ヴァルトルーネ皇の不満が解消されたところで、そろそろ離してもらえるのだろうかと考えていると、またぐらを摑む力が強くなったのをじた。

ギョッとし、ヴァルトルーネ皇に目を向けた。

「あの……」

──今度はどんなの変化が？

何かを話す間もなく、ヴァルトルーネ皇は告げる。

「アルディアは、誰かのことを稱で呼ぶことに抵抗があるのですか？」

「え……いや、抵抗があるとかは……まあその、人並みにはあるかもしれませんが」

「そう、人並みに」

ならばと、ヴァルトルーネ皇はようやく俺を解放してくれた。

若干首が絞まってて苦しかった。

「けほっ……あの、ヴァルトルーネ皇殿下？」

「ちょっと黙って」

「は、はいっ！」

背筋を正して、ヴァルトルーネ皇は言う。

「アルディア、そのヴァルトルーネ皇殿下……って呼ぶのを」

──呼ぶのを？

「以後止にします！」

──はい？

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