高揚なんてなかった。

ただ自然とがき、敵対者を無力化していくだけ。

斬り殺すなんて無殘なことはしなかった。

この者たちを殺してしまえば、ヴァルトルーネ皇の名に傷が付く恐れがあるから。

「ひぃ、ごめんなさいごめんなさいっ！」

「…………」

もう悪態を吐く気力もないのか、へたり込んだ者たちは怯えるばかり。

仕掛けてきたのはお前ら。

なのに、どうしてそこまで怯える？

まるで俺が悪いかのように振る舞う？

──俺はただ、己のに迫った危険からを守っただけだ。

足下に転がっていた剣を拾う。

俺はその剣を腰を抜かし、涙目で震えている者へと投げる。

カランカランと金屬が跳ねる音。

それを聞き、目の前の怯える男は目を見開いた。

何が起きたのか理解できていないような顔。

実に稽なことだ。

「拾え、まだ終わっていない」

「ひ、拾え……？」

「そうだ。この余興はそちらが始めたもの。なら、最後まで責任を持って行うのが禮儀だと思うが」

當然、こんなのは本心じゃない。

痛めつけるという目的で俺に剣を向けてきたのだ。

なら、逆に俺が彼らを痛めつけたところでお咎めはないだろう。

大丈夫、殺さなければ……。

最大限に恐怖心を植え付け、もう二度とヴァルトルーネ皇並びに俺への敵対行為を行えないにしてやる！

「ほら、早く拾え」

「無理っ……無理だ！」

「拾わないのなら……仕方がないな。ここでお前の命をその代償として……」

「ひっ、拾いますっ！　許してください！」

矛盾したようなことを言った俺に言い返す言葉すらない。

剣を拾うも地獄、拾わぬも地獄。

相手に選択肢なんてない。

他にもまだ多くの者が殘っている。

腰が竦んでけないみたいだが、構う必要もない。

「來ないなら、こっちから行かせてもらうが？」

視線を送ると、空気が騒つく。

そして、そのまま多くの者たちが地面に膝をついた。

「「「も、申し訳ありませんでした！　どうかこの辺でお許しください！」」」

はぁ、こんなものか。

帝國の兵とは、騎士とは、貴族とは……。

こんな弱者の集まりだったんだな。

特設新鋭軍の強さがよく分かった。

彼らはまだ練度も淺く、年若いものが多い。

貴族だけではなく、素養のない平民も多く屬している。

けれども、將來と長率の高さを考えれば、國ではほぼトップクラスの実力者たち。これから先もまだまだ強くなる。

指揮系統がもっとしっかりしてくれば、更なる活躍が期待できる。

今、俺の目の前にいる腰抜けなんか目じゃないくらいに、だ。

「ひぃ……」

「はぁ……くだらない」

──ヴァルトルーネ皇の人選が最適であったと再確認できただけ収穫……か。そうしておこう。

張り合いのない者と戦う意味はなくなった。

俺はスッと剣を収める。

「あの、ここに怪我人がいるっ……て！　なにこれ、酷い！」

數人の魔師らしき人たちが小走りでこちらにやってきた。

察するにヴァルトルーネ皇が寄越した者たちだろう。

俺の勝利を信じてくれているヴァルトルーネ皇が人を送ったということは……あそこで倒れている者たちの手當てをということだろう。

まあ、慈悲だけを與えるヴァルトルーネ皇じゃないだろうがな。

「手當を頼む。命に関わるような怪我をした者はいないと思うが」

「は、はい！　……えっと、貴方は？」

魔師のが問いかけようとした瞬間、またしても足音が近付いてきた。

「アル！」

誰だかすぐに理解できた。

ヴァルトルーネ皇は心配そうな顔をしている。……多分、俺の心配ではなく、死人が出たか出ていないかの心配だろう。

「これはなんの騒ぎ？」

「はっ、しばかり手合わせをしておりました」

「それにしては被害が大きいような気がするわね」

「そうですか？　これくらいが普通であるかと思いますが」

俺がそう返すと、ヴァルトルーネ皇はし考えてからコクリと頷いた。

「そうだったわね。貴方が剣を振るったのだものね」

「はい」

仰々しく禮を返し、彼の後方にチラリと目を向ける。

後方にはしっかりと皇帝グロードの姿があった。

「ルー……ヴァルトルーネ皇殿下、それで……」

危うく、彼を稱で呼んでしまいそうになったが、グッと堪えた。皇帝の前であのような呼び方は危険だとじたからである。

外聞を気にしての呼び方変更。

しかし、ヴァルトルーネ皇はそれがお気に召さなかったみたいで、

「アル？　その呼び方は止にしたはずだけど？」

──やり直しを要求してきた。

いやでも、皇帝グロードの前で稱呼びなど、皇族に対して不敬だ……みたいな風に言われてもおかしくない。

ヴァルトルーネ皇が許しても、他の者が許すとは限らない。

判斷に迷う。

俺の主人はヴァルトルーネ皇ただ一人。

けれども、彼の立場を考えるなら、公の場で『ルーネ』という呼び方は避けた方が無難。

「ヴァル……」

「ルーネよ。アル……三度目はないわ」

「ご容赦くださいませ。あれは私的な場で使用するということではいけませんか？」

譲歩してほしい。

差し出がましいお願いと分かっているが、なんとか引いてくれないだろうか。

目配せをし、必死にそれを訴えるが、ヴァルトルーネ皇は取り合うつもりがないらしい。顔を背け、俺がその呼び方をするまで応対をしないという意志をじる。

困り果てていると、

「はっはっはっ！　ヴァルトルーネ、自分の専屬騎士をあまりいじめてやるでないぞ」

突如として皇帝グロードの笑い聲が響いた。

そんなに面白かったか？

「父上には関係ありません。これは、私と彼の問題です！」

現皇帝に対して強気な言い。

皇帝グロードも気分を害した様子もなく、「そうか」と半笑いで答えた。

──今のやりとり。

俺の懸念點を排除したのか？

ヴァルトルーネ皇が他者に口出しさせない……親である皇帝グロードも例外ではないと、そう示した。

俺のを察してくれたのだろうか。

ヴァルトルーネ皇はこちらに歩み寄り、俺の手を取る。

「アル、貴方は私の専屬騎士。私のもの……私のお願いだけを優先するの。他の誰の顔を窺わなくていい。そうでしょ？」

忘れてはいない。

彼を最優先するのは、俺の中でも規定事項。

そして、俺がヴァルトルーネ皇を優先するのと同じで、彼もまた俺を優先してくれている。

ならば、それに応えるのが専屬騎士である俺の使命。

「分かりました。ルーネ様。……こう呼んで、いいんですよね？」

「當然よ。私がそう言ったのだから」

ボロボロに倒れる人々。

殺伐とした背景と前方には麗しい我が皇様。

曇りのかかっていた気持ちは、すぐに晴れる。

「アル、帰りましょう。ここにはもう、用事はないわよね？」

「はい、仰せのままに」

この様子を見るに、皇帝グロードにも認められたみたいだし、アピールは功したのだろう。

これでヴァルトルーネ皇の評判もまた一つ上がる。

反皇派の旗を掲げる貴族の発言力はより低迷する。

あと一押し。

それだけで、ヴァルトルーネ皇が次の皇帝になれるだろう。

そして、その決定打も準備は進んでいる。

抜かりはない。

「ヴァルトルーネ」

「父上」

「よき、専屬騎士を持ったな。お前ならきっと、帝國を導くとなれるだろう」

「……はい！」

その日が近い。

その日が訪れるまで俺は彼を支える。

もちろん、その後も永遠に……彼のために命を燃やすことだろう。

踵を返すヴァルトルーネ皇に俺は追従。

そして、彼は捨て吐くようにポツリと溢した。

「最後に一言だけ」

誇るような満面の笑みを浮かべ、

「私のアルは、まだ本気ではなかったわよ？」

彼の言葉にその場にいた全ての者が靜まり返っていた。

『追放された盾持ちは3年の時を経て最強Sランクパーティの一角を擔う』の書影が無事公開されました！

ありがとうございます。

『隠れ最強騎士』の方も引き続き、よろしくお願いします。