最初から気にらなかった。

平民というだけでも反吐が出るというのに、専屬騎士になったあの男がどうして選ばれたのか……？

理解するのには、かなりの時間を要した。

──アルディア=グレーツ。

レシュフェルト王國出の平民。

ヴァルトルーネ皇殿下の通っていた士學校で知り合ったそうだが、績はパッとしない平凡なもの。秀でていたという話はこれっぽっちも出てこなかった。

「はぁ……」

考えが変わった瞬間は突然訪れた。

やつが……暗殺者を無慘に斬り殺す場面を俺は偶然目撃した時のことだ。

散る火花とやつの瞳がギラリと輝いていたのが忘れられない。

普段は割と大人しく、いような印象だったアルディア=グレーツ。

けれども、戦闘中の姿は別人格でもあるのかと思うほどに苛烈で殘忍だ。

……その前にも、反皇派の貴族や騎士を痛い目に合わせているところを近くで見ていた。

しかし、戸うことなく、命を奪うやつの姿はより一層恐ろしいものであった。

士學校に通っていたとはいえ、あれほどまでに戦い慣れた剣捌きはあり得ない。

きは継戦を意識した被弾を限りなく減らすようなもの。

一定範囲の敵を全て認知し、それらのきを予測しているかのような位置取り。

加えて、殺しに躊躇がないというのがタチの悪いところだ。

経験が淺い兵士、騎士は、大抵の場合相手を斬る時に僅かにでも戸いが生じるはずなのだ。

返りを浴びた日には、

顔を青くする者。

容を吐き出す者も多い。

初陣を済ませたとはいえ、人が死にゆく景を生で見て、気分を害さないなんてことは稀なこと。

しかし、やつにはそれが微塵もじられなかった。

「あれが……數ヶ月前まで、學生だっただと？」

ふっ、笑える話だ。

あれが卒業したばかりの一般的な新兵であるのなら、フィルノーツにあるあの士學校は化け製造機と言ってもおかしくない。

……異端だ。

あれは、別と考えるべき。

平民とか、貴族とか……そういう枠組みに取りれてはいけない存在。

日常にひっそりと溶け込んだ得の知れないもの。

アルディア=グレーツ……あれは、大勢を殺してきた瞳をしていた。

ヴァルトルーネ皇殿下がどうやってあの怪を手懐けたのか。

そして、どうやってやつが比類なき強者であると見抜けたのか。

本當に気になる部分だ。

気になる……ということなら、アルディア=グレーツのこと以外にも々とある。

「加えて、特設新鋭軍……か」

ヴァルトルーネ皇殿下が獨自に組織した皇お抱えの戦闘集団。

若い者を中心に貴族、平民を問わず人員が採用されて、

あろうことか、先のリゲル侯爵領での戦いでは、大きな実績を上げた。

……こんなに上手くいくものなのか？

ヴァルトルーネ皇殿下。

あの方は本當に聡明で、心優しい。

──士學校を卒業して、彼が戻ってくる日まではそう思っていた。

今のヴァルトルーネ皇殿下はし変わった。

優しさは失われていない。

聡明さも健在、むしろ増している気もする。

だが、どこか変わった。

次期皇帝となる決意をした……からなのか？

優しさだけで包み込むような空気はなく、威厳や冷酷さも時折じるようになった。

「あいつを専屬騎士に任命したことにも、何か関係があるのか？」

分からないことだらけだ。

アルディア=グレーツの正も。

ヴァルトルーネ皇殿下がアルディア=グレーツの才を見抜いたことも。

特設新鋭軍に採用した若者たちが、強者揃いであったことも。

この國で何が起ころうとしているかも。

「…………クソッ！」

ゲルレシフ公爵家の者として、けない限りだ。

無知なのは恥ずべきこと。

知らなければ、何も守れないし、摑めない。

學んできたはずだ。

経験もした。

失うことの辛さも。

誰かに期待することの愚かさも。

それが、どうして……。

──どうして、アルディア=グレーツだけは他の平民とは違うかもしれないという考えを持ってしまっているのだろうか。

──どうして、ヴァルトルーネ皇殿下なら、不條理なこの世界を全て書き換えてしまえるのではないかと、拠のない期待を寄せてしまっているのだろうか。

俺は……。

一、何をんでいるのだろうか。

捨てたはずのものに縋り付いて、みっともない。

誰かに傾倒し過ぎることの愚かさを忘れたことは一度もなかったのにな。