ライン公爵家とゲルレシフ公爵家との間に確執が生まれたのは、十年ほど前のことであった。

原因は領地間での小競り合い。

ライン公爵家の兵とゲルレシフ公爵家の兵が水面下でぶつかり合っていたことが判明。

どちらが悪いかという言い爭いから、各領主は対立姿勢を示すこととなった。

結局、どちらに責任の所在があるかということは決まらずじまいであった。しかし、それ以來二つの公爵家は互いに歩み寄ることをしないような関係を築いてしまったのである。

「フレーゲル様っ！」

「マリアナ！」

と、前置きはこのくらいにして、俺は今の再會を果たした相思相の二人のことをし離れた場所から眺めていた。

さて、今フレーゲルと熱的に抱き合っている一人の。

マリアナ=フォン=ライン公爵令嬢。

彼は今回、両家が仲直りするためのキーパーソンだ。

「ライン公爵家の者で唯一接點を持てる相手……か」

フレーゲルの元婚約者。

そして、フレーゲルとマリアナ嬢は互いに想い合っていた。

その気持ちを利用することになるのは、忍びない。

けれども、こちらが使える手駒は限られている。

きっかけの一つとして利用するのも多我慢してもらいたい。

「マリアナ嬢……あの子を味方に付けることさえ出來れば、ライン公爵家の協力を取り付けるのも容易なことですわね」

「────っ！」

後のことを々と考えていて、全然気が付かなかった。

橫には見知らぬが微かな笑みを浮かべて並び立っていた。

「皇帝陛下の専屬騎士アルディア=グレーツ様……で、合っているかしら」

「確かに俺がアルディア=グレーツですが……？　えっと」

面識はないはずだ。

綺麗で高級のあるドレスを著ているはクスクスと笑いながら、スッと目を細めた。

「お初にお目にかかります。ノーツ伯爵家の長、エリーゼ=フォン=ノーツですわ。今月から特設新鋭軍士候補生育部門の代表になりましたの。よろしくお願い致しますわ」

意外なことに彼は特設新鋭軍の関係者であった。

それも新たに作られた士候補生育部門という管轄を擔當する重役の人であった。

「すみません。貴のことを把握していませんでした。お許しくださいエリーゼ嬢」

頭を下げると彼はケラケラと笑いながら、俺の肩に手を置いた。

「ふふ、気にすることはありませんわ。陛下の専屬騎士というだけで、毎日大忙しでしょうし、この國の全ての人を把握するなんて到底無理なことですわ」

「そう言って頂けると大変助かります」

ヴァルトルーネ様が皇帝となったことで、特設新鋭軍の規模も一気に拡大した。

これまでのように俺やヴァルトルーネ様が人員を選定して軍の編を行うことはなくなり、特設新鋭軍は多くの下部組織を抱えることとなったのだ。

リツィアレイテが特設新鋭軍の全権を持つのは変わらず。

新たに部門ごとでの管理が行われている。

士候補生育部門というのもその一つ。

文字通り、特設新鋭軍の一般兵としてではなく、將來的に部隊を率いる將兵としての育を目的とする特設新鋭軍の教育機関である。

「それで、アルディア様は何をなさろうとしていたのですか？」

エリーゼ嬢はそう尋ねてくる。

「分かっているのではないですか？」

「さあ、なんのことかさっぱりですわ」

きっと彼は気付いている。

俺が両家の仲を取り持つ気であると。

ライン公爵家とゲルレシフ公爵家の確執に関しても、俺より詳しいはずだ。そして、今目の前にいるマリアナ嬢とフレーゲル。

すぐ近くにある帝城の一室にはゲルレシフ公爵家の當主、エーベルハルトを待たせてある。

「先程、おっしゃっていたではありませんか。マリアナ嬢のこと……」

告げれば、エリーゼ嬢の笑顔は急激に失われて、真剣な顔付きに早変わりした。

「そうでしたわね……」

「帝國貴族であり、なにより特設新鋭軍の中樞に関わっている貴なら、今回、俺がしようとしていることを知っていても不自然ではありません」

この一件は特設新鋭軍の軍備にも関係する話だ。

ライン公爵家、ゲルレシフ公爵家からの人材派遣は軍の維持には必要不可欠なのである。

「アルディア様の言う通り、私もこの件に関して話は聞いていますわ。けれど、あの両家を仲直りさせるのはかなり難しいと思いますわよ。互いに公爵位の上級貴族、立場上譲れないこともあるものでしょう」

確かにこの両家の間に生じたは互いが責任の所在を認めず、譲歩することをしなかったことが原因。

ただ、それはもう十年も前のこと。

「難しくなんてありませんよ。両家は必ず手を取り合える」

「どうしてそんなことが分かるんですの？」

「ライン公爵家は知りませんが、ゲルレシフ公爵家に関しては既に世代代されているとのこと」

エーベルハルト=フォン=ゲルレシフ。

顔合わせはディルスト地方を防衛する際にしだけだったものの、彼は過去の諍いに拘るような格には思えなかった。

「反発しあう関係は算されてもいい頃合いです。それが、帝國が一つとなるべき今に最も必要なことだとは思いませんか？」

ヴァルトルーネ様に忠誠を誓うという意志は両家共に同じ。

帝國の繁栄をむという部分もお互いに進む方向は違えていない。

──過去に縛られていては、変革とは言えない。

もう新たな時代が幕を開けている。

ヴァルトルーネ様の作る時代。

そんなことはきっと、この帝國にいる者であれば誰もが知っていることだ。

だからこそ、今回の和解は絶対功すると俺は踏んでいる。

まあ、どう転んでも功させるように場をかすのが、俺の役目であるのだけれども。