「ふざけないで！」

カティアがサラを突き落とした。そんなありもしない疑をんだゼノス・フォン・フレンブリードに対して。

とにかくサラの下に駆け寄り、思ったほどの重癥ではないことに安堵してからカティアは全力で反論した。

「今の魔法、『魔弾の手(ミストール・ティナ)』でしょう！　どういうつもりなの、サラを──味方を傷つけるなんて！」

「白々しい噓を吐くな！　お、お前がやったのだ！」

當初の衝撃も過ぎ去ったことで、徐々に狀況が把握出來てきた。

こいつらは恐らく、カティアに冤罪を著せる気だ。

アスターが『すぐにボロを出す』と言っていたのにいつまで経っても出さないから。強引に作り上げようとしたのだ、自分たちの評判を地に落とすための罪狀を。

……そんなことのために、サラを傷つけたのか。

「覚悟は、出來ているんでしょうね……！」

烈火の怒りと共に全から魔力を立ち上らせるカティア。その迫力にゼノスが息を呑む。

「もういいわ、立場も何も関係ない。今はただ、あなたたちを絶対に──」

「だ、黙れ黙れ黙れぇッ！」

しかし、腰が引けつつもゼノスは──こうんだのだった。

「お前がッ！　お前さえ居なければ(・・・・・・・・・)こんなことを(・・・・・・)しなくて済んだのだ(・・・・・・・・・)ッ！！」

「──え」

それは、間違いなくゼノスの失言だった。

けれど、今までの何よりカティアの心の何処かを確実に抉った。

「今まで使えなかった魔法を使えるようになって、力を手にれてさぞ良い気分だろうなぁ！　それで方々で魔を倒して救國の英雄気取りか！？　ふざけるな、お前はそのではない！　この國の英雄はただ一人、アスター殿下だけだ！！」

「ッ、違う、殿下はあまりに獨善が過ぎる！　それはいつか災いを──」

「い、いつかと言うがなぁ！　ならば今までその災いとやらが起こったことがあったか！？」

「──」

それは──確かに、無い。

貴族の至上命題は、究極すると魔を討伐することだ。

そして、アスターは今まで魔の討伐を失敗したことは一度も無い。

圧倒的とも言える魔法の才で以て、全ての戦いで苦戦すらすることなく魔を躙していた。

政においても、アスターは様々な決めつけで橫暴を繰り返したが──それによってどこかで魔の壊滅的な被害があったという話は今の所聞いていない。アスターに味方する多くの貴族、そこから排出される魔法使いが全てカバーしているから。

「分かるだろう、殿下に従い、殿下に任せれば全てが上手くいくのだ！　それに対して無駄に楯突いているのが貴様らなんだ！　貴様らのせいで私──我々は被害をけている！　貴様らが無駄に抵抗するせいで今サラ嬢が傷ついた！！」

一瞬、自らだけのが出掛かったところを『我々』と言い直したゼノス。だがカティアはもうそれに気を取られている余裕はなかった。

気付いて、しまったからだ。

立派な貴族になろうとした。

民を脅かすものを排除し、誰かの幸せを命を賭してでも守る誇り高い人間に。

だから、國をしかねないアスターの間違いを正そうとした──けれど、むしろ、本當は逆で。

「法務部とそれ以外で爭いが起きるのも、貴族たちがまとまらないのも全て貴様らのせいだ！　──國をしているのは、貴様らの方なんだよ！！」

それを指摘された瞬間、カティアは目の前が真っ暗になって。

直後に駆けつけた兵士たちに対し、なんの抵抗も弁明もできずに捕まってしまったのだった。

──気付かなかった。いや、気付かないふりをしていたのだ。

法務部とアスター派閥との水面下の爭いがそんなに激化していたことに。その影響をけて、父ユルゲンの顔に浮かぶ疲労が日に日に濃くなっていたことに。

カティアとエルメスが多くの場所で魔を討伐した──つまり他の貴族がそれだけ魔を持て余したのは、カティアの出現と活躍によって貴族が立場を決めかね、その影響で魔討伐に手が回りにくくなったからということに。

そして、今。

自分の行が回り回って、大切な友人すらも──

「ッ」

怖く、なった。

自分が為そうとしていたことの影響は、自分の思った真逆のことだった。

母のようになろうと頑張れば頑張るほど、結果は理想から遠ざかっていた。

……いやだ、と思う。

認めたく無いけれど、認めざるを得ない。

だって、そのれの果てが今の自分だ。

「……」

辺りを見回す。

暗い、暗い牢屋の中。王都の外れにある要塞のような監獄の中央。

暗闇の中で頼りなく揺らめく蝋燭が、自分の命運を暗示しているように思えて──ふと考えた。

自分が何かをなすことでこの國がれ、自分が直そうと思ったアスターをあのままにして、全てがうまく回るなら。

だったら、自分が貴族として為すべきことは。

と、そう考えた時に。

「お待たせしました、カティア様」

銀の輝きが、牢屋の中に突如として現れ。

その聲の主──エルメスはいつもの穏やかな調子で、変わらないトーンで告げたのだった。

「公爵様の命により、助けに參りました。……早速で申し訳ございませんが、獄しましょうか」

◆

「エル……！？」

カティアが運び込まれたという牢獄の中に侵したエルメス。

程なくして見つけた牢屋の中の彼は、憔悴していながらも驚きの聲を上げた。

「どっ、どうやってここに！？　外の見張りはどうしたの！？」

「牢獄への侵自は、しばかり『じ手』を使わせていただきました。流石に何人かは倒しましたが、まだ大ごとにはなっていないかと」

唖然とするカティア。どれだけ引き出しを隠し持っているのか、とでも言いたげだ。

まぁ実の所、『じ手』と言っても大々的にバレなければ問題無いし、彼が今回使ったものは効果も至ってシンプルだ。

だが故に、見張りの虛を突いて最小限の手間で侵に功した。これからの立ち回りを考えれば極力騒ぎにならないに越したことはない。

しかし、バレるのも時間の問題だ。よって早急に獄すべく、エルメスは手をばすが。

「……もう、いいわ」

「──カティア様？」

彼から返ってきたのは、不吉な予を孕んだ否定の言葉。

「私は、ここを出るつもりはない。せっかく來てもらって悪いけれど、必要はないわ。……これ以上、罪を重ねるつもりはないの」

「いや、何を仰って──そもそも、貴に罪など」

「私はッ！！　私のせいで、サラが大怪我をしたのよ！」

俯いたままの激昂の言葉が、あたりに響いた。

「やったのは私じゃないわ！　でもッ、あの子は巻き込まれたのよ──私の、勝手な行に！」

「……え」

「それだけじゃない、私が殿下を諌めようとした行で、どれだけの人が迷してどれだけの悪影響があったか！　私が何もしなかった時より今のこの國はひどくなっている──だから、もういいの！」

カティアはそこで一旦言葉を切るが、すぐにやり場のない激を宿して──エルメスを睨んできた。

「……エル、あなたもよ。これ以上私に付き合わなくていいわ」

「これ以上、って」

「あなたは恩義で私に仕えてくれたわ。でも知ってるのよ！　あなたが一番顔を輝かせるのは、喜ぶのは私の前じゃない、魔法を前にした時だって！　本當は私のことなんて、どうでもいいって思ってるんでしょう！？」

「！」

「こんなところにいる必要なんてない！　自由に外に出て、魔法でもなんでも極めたらいいじゃないのッ！！」

言い切ってから、彼はエルメスの方を見て一瞬後悔するような表を見せた。

けれど、今更訂正するわけにもいかず。またしばしの沈黙を挾んで──今度はぽつりと。

「……お母様のように、なりたかったの」

心の底にあった原點を、告げた。

「お母様のように気高くて、誰かの幸せを守れる心を持った人に。それが貴族の責務、在るべき姿だと思って──でも違った！」

「……」

「私のやっていたことは、責務でもなんでもない！　ただの、わがままだったのよ……っ」

それきり、彼の言葉は止んで。

打って変わって耳に痛いほどの靜寂が、牢獄の中に響き。

──ぽたり、と雫の落ちる音が、それを破った。

「……何よ」

だが音の主は、カティアではなかった。

「なんで──あなたが泣いてるのよ、エル！」

「……え」

言われて、エルメス自ようやく気付く。自分の頬を流れるものの正に。

そうか。

自分は今、悲しいと思った。彼の慟哭を、彼の絶を聞いてそれに共した。

──ああ、それは。

とても(・・・)、喜ばしいことだ(・・・・・・・)。

「……すみません」

「何を……謝ってるのよ」

悲しげに睨んでくる彼に、まずは謝罪を述べる。

「貴の言う通りだからです。僕は貴よりも、魔法に対する執著の方が大きい──いえ、貴だけではありません」

そして彼は告げる。彼の中にある、大きな歪みの正を。

「僕はあの日、フレンブリード家を追放された日から……他者に対するがひどく希薄になった。有りに言うなら──魔法以外の全てのことが、どうでも良いとじるようになってしまったんです」

エルメスが王都で失ったもの。ローズの元でも戻らなかったもの。

それは、心だ。

他者に対する執著。誰かを大切に想う心。それが失われていた。

あの日ローズにの上を話して、抱きしめてもらって、新たな希を示されて。

燃えるような喜びと師に対する憧れを抱いて──まるで、それが最後の輝きだったとでも言うように。

魔法以外のことが、急速に褪せていったのだ。

「きっと、7歳の頃から追放されるまでの3年間。その間の生活で、どこかがり切れてしまったのでしょう」

エルメスは、そう自を分析する。

確かに、あの頃はカティアの存在が救いにはなっていた。

でも、それでも足りないほど彼はあの時期、多くの悪意に曬され続けた。父の、兄の、そして彼らに化された多くの貴族たちの。

それまでが幸福であった分、よりその落差は酷くて。

自分を守るために、削ぎ落とすしかなかった。辛い思いも、悲しい思いも。そしてあればある分だけ今が辛くなる、喜びや嬉しさも。

全てをすり減らし、魔法だけを希の拠り所にして打ち込んだ。

けれど努力は報われず捨てられて。その瞬間、きっと何かがり切れて。

魔法に対する執著だけが、抜け殻のように殘った。そうして出來上がったのが今のエルメスだ。

師匠に対しては謝しているし、敬意も紛れもなく存在する。

ただ──それが義務的な、あくまで『そうすべきだからそうしている』側面が強いことも紛れもない真実だった。

彼が恩義を大事にするのもそれの一要素である。

ローズはそれを理解した上で、けれどエルメスがそれを良く思っていないことをじ、エルメスの心が戻るように師としてのを惜しみなく注いでくれたと思う。

けれど、それでも終ぞ戻ることはなく。

だから、王都に戻ってきた。

かつて失った場所でなら、失ったものを取り戻せると思ったから。

「だから──僕は想いを大事にしたい」

だからこそ、彼は自分の中の微かな想いに従って行する。

王都に戻ってきたことは正解だったと思う。かつて恩のある人との再會で喜びを抱いた。その現狀に悲しみを持った。

そして……強い怒りも、王都に來てから初めてじることができた。

「だからこそ、僕は共したいんだ。貴のような──しい想いや、気高い心に」

それが、今の彼にとって必要なもので、彼の願いだ。

そして──その想いこそが魔法を作ると、彼は知っているから。

だから、彼は王都にやってきたのだ。

そのための縁が、今の彼にとって大事なものが、失われようとしているならば。

自分はそれを手放したくないと、執著する。そうしたい。

「一つだけ訂正を。『私のことなんて、どうでもいいと思ってる』は心外だよ。僕は君がいなくなるのは、すごく、嫌だ。だから來たんだ、ここまで」

「……エル」

いつの間にか、彼の口調も昔に戻っていた。

けれどそこで、にわかに外が騒がしくなった。

恐らく、侵に気付かれたのだろう。どうやらもう時間がないらしい。

「……貴の悩みや葛藤に、この場で答えを出すことはできません。だから一つだけ聞きます」

気を引き締め直して、彼は問いかけた。

「貴は、死にたいのですか？」

「っ！」

あまりにも、本的な質問。

それを突きつけられた彼は、先ほどまで以上に葛藤するように俯いて、けれど最後に。

「……いやよ」

小さく、呟いた。

「死にたくなんて、無いに決まってるわ！　やりたいことも、できてないこともいっぱいあるの！　だけど……ッ！」

「その想いがあれば、今は十分ですよ」

もう一度、彼は手を差し出す。

「まずは生きましょう。僕はかつて何もかも失ったけれど、生きていたから師匠に出會えました。それに」

「……？」

「自惚れでなければ──かつての貴も、僕にこうしたかったのではないですか？」

「ッ！」

その言葉に、彼はおずおずと手をばし。やがて、暖かな手がれる。

同時に強化汎用魔法で鉄格子の扉を切斷。連れ出した彼が、エルメスにもたれかかってくる。

「っ……その、ごめんなさい……ひどいこと、言って」

「謝罪は後で。まずはここを出しましょう」

真っ赤な顔で呟いてくる彼をしっかりと抱きとめ、出口の方向を見據える。

騒ぎは更に広まっている。恐らく出時には凄絶な妨害が予想されるだろう。

けれど、不安は欠片もない。何故なら──

「『本気でやっていい』と、公爵様からお墨付きをいただいたからね」

今まで、人目の多いところではみだりに使うのをユルゲンからじられていた彼の魔法。

彼がストックしていたもの。そして──王都に來てから新しくにつけたもの。

その全てを存分に使えば、恐れることはない。

そんな確信とともに、彼はカティアの手を引いて走り出した。

次回、獄。エルメス君無雙タイム！