《【書籍化&コミカライズ】創魔法の再現者 ~『魔法が使えない』と実家を追放された天才年、魔の弟子となり正しい方法で全ての魔法を極めます。貴方の魔法は、こうやって使うんですよ?~》31話 追手
「何というたらくだ!」
エルメスがカティアを連れて牢獄を出した後。
アスターは怒りのまま牢獄の応接室に幾人かを呼び出し、怒聲を叩きつける。
「まずよりにもよってお前が! エルメスごときに後れを取って突破され、あまつさえ一撃で気を失っていただと!? どういう了見だ、ゼノォス!!」
「も、申し訳ございません! 申し訳ございません!!」
「謝罪をすれば済むと思っているのか!? 俺はどういうことだと聞いているのだ!!」
「ひ、ひぃいいいいいっ!」
つい先刻まで自分の輝かしい未來を想像して悅に浸っていたこの男は一転、アスターの怒りに対して床に頭をり付けてひたすら謝罪の言葉を繰り返していた。
謝罪だけでなく何故負けたのかを言えとの言葉にも答えられない。正確には──答えるわけにはいかない。
エルメスの魔法が自分のそれよりも圧倒的に優れていたからだ、という紛れもない真実を。
だって、あの瞬間分かってしまった。
自分だって仮にもフレンブリード家相伝の魔法をけ継いだ人間だ。自分の魔法に対しては多人より詳しい。そして詳しい故に分かる。
あれは、本だ。
本の『魔弾の手(ミストール・ティナ)』だ。自分のそれよりも遙かに優れた侯爵家相伝の魔法だった。
アスターはあれを外法で手にれたと言っていたが正直疑わしい。いやむしろ──あれほどの魔法を手にれられるのであれば外法でも構わないとさえ思う。
頑なにアスターはエルメスの方が間違い、エルメスの方が紛いと主張するが、あれを見せられてしまった後だとやはり到底紛いには思えなくて。むしろそれを認めず自分ばかりを責めるアスターの方に、抱いてはいけない怒りを抱いてしまう。
「何だその目は!」
「ひッ! も、申し訳ございませんッ!!」
それが一瞬顔に出てしまっていたところを更に咎められ、尚更の怒りにれて平伏を続けるゼノス。
「……失しましたよ、父上」
アスターの橫に立つクリス。彼にもエルメスの活躍以降事あるごとにゼノスに責められた意趣返しをするように、侮蔑の表で見下され。
(何故だ……ついさっきまでは上手くいっていたではないか! 何故ワシだけがこんな目に合わねばならんのだぁ……!)
どこに向ける事もできない怒りにを圧迫され、さりとてそれを表に出す事もできず。ゼノスは心中でひたすらにくのであった。
「……し、しかし殿下。恥を忍んで申し上げますが……あの者の魔法は、紛れもなく脅威でした」
このままではアスターがゼノスを責めるばかりで話が進まないと考えたのだろう。
恐る恐る橫から口を挾んだのは、監獄を守る兵士の一人。エルメスの迎撃に向かった兵士たちの隊長だ。
「あの者が用いた魔法はいずれも非常に強力。そう、それこそ統魔法をいくつも扱えるとしか思えないほどの……」
「あれは紛いだ。俺はそう確信している。俺の判斷を疑うのか?」
「そっ、そういうわけでは決して!」
だが、アスターの睨みに即座に震え上がって言を翻す隊長。
「統魔法は一人に一つ。二つは例外中の例外、王國史にある前例でも三つまでだ。だが貴様らの話によると、エルメスは明らかに四つ以上の魔法を扱っていたというではないか。あり得る數字ではない、そんな事も分からんのか」
「それは……その通りでございます……」
「……ふん。しかし、紛いでも貴様ら程度を翻弄するくらいの効果はあったということか」
そこでアスターはしばかりの納得の表を見せたかと思うと、徐に立ち上がり。
「決めたぞ」
「な、何をでしょう?」
「逃げたエルメスとカティアへの追手だが……俺が行く」
場がざわめいた。
「でっ、殿下が自ら!?」
「ああ、もう貴様らには任せておけぬ。紛いに後れを取る貴様らに見せてやるのだ、真に神に選ばれた魔法使いは誰なのかということをな! あの國をす悪魔どもを打倒し、この國に蔓延る迷妄を自らの手で覚ますのだ!」
「おお……!」
途端に場が盛り上がる。彼の発言権は、多の疑問こそ出てきていたが未だ健在なのだ。
「さて、そうと決まれば供を決めねばな。まずは……クリス、お前が來い」
「ぼ、僕ですか!?」
指名され、驚きの聲をあげるクリス。
「ああ、此度の騒の発端はお前がエルメスに邪魔され、カティアを取り逃したからだということは分かっているな?」
「ッ」
「ならばその不始末、俺がつけるところを見屆けよ。機會があれば俺の後にあやつを倒す償いの場も設けてやろう。よもや斷るまいな?」
「……はい、勿論です!」
クリスは微かな恐怖を振り払い、自信に満ちた顔で頷く。
最初にエルメスと相対して後れを取ったことを、彼は自分の実力だとは思っていない。あの時は油斷をして不意を突かれたからであり、真っ向から萬全の準備をして戦えばあんな出來損ないの弟に後れを取るはずなどないのだ。
「機會をくださり謝の言葉もございません! 僕はあんな父上とは違います、必ずやあいつを上回って見せ、殿下のご判斷の正しさを証明してみせましょう!」
「あくまで俺の後だぞ、それを忘れるな」
平伏したままのゼノスが歯軋りをする音がしたが、誰も気が付くものはいなかった。
「さて、後は……」
続いてアスターが護衛兼見屆け人として幾人かの兵士を適當に選ぼうとした、その時だった。
「……で、殿下……!」
応接室のり口から、予想だにしない聲が響いた。
全員がり口に目を向け、そこにいた予想外の人の名をアスターが呼ぶ。
「──サラ!」
サラ・フォン・ハルトマン。王宮で治療をけていたはずの彼が何故ここにいるのか。
「治療は、終わりました。思っていたほどの重癥じゃなかったので……」
「そうか、それは何よりだ」
アスターはサラに歩み寄ると、その肩に手を置いて。
「覚えているか? お前はな、誠意を以て話し合い(・・・・・・・・・)に向かったにも(・・・・・・・)関わらず(・・・・)、カティアに(・・・・・)裏切られ(・・・・)魔法で(・・・)高臺から(・・・・)突き落とされたのだ(・・・・・・・・・)」
「!」
「信じられないのも無理はない、だが事実なのだ」
事実ではない、とアスター自今回は流石に把握している。何故ならクリスに撃つよう命じたのは彼なのだから。
だが、これは(・・・)必要なことなのだ(・・・・・・・・)。
このは優しすぎる。このままではあのカティアという悪魔につけ込まれて傷つくばかりだ。
だから強引にも、彼の心をカティアから引き剝がす。それがこの子のためだ。
時にはこういった邪道に手を染めることも王たるものに必要な資質。そう解釈し、アスターは言葉を続ける。
「しかもあのカティアめは往生際の悪いことに、一度捕まったにも関わらずエルメスを使って強引に獄までしでかした! だが安心しろ、この俺が自ら奴らを──」
「……はい。そのあたりは、お聞きしていました。……その上で、お願いがあるんです」
言葉を遮って、サラは控えめに、けれど真っ直ぐに彼を見て。
「カティア様たちを探す殿下に、わたしも同行させていただけませんか……?」
「……何?」
アスターが眉を顰めた。
「それは、何故だ?」
「この目で、見屆けたいんです……アスター様たちと、カティア様たちの、決著を」
辿々しくもはっきりと。今までとは違う、確たる意思を宿しての返答だった。
アスターは、それをこう解釈した。
「……なるほど」
やっと目を(・・・・・)覚ましてくれたか(・・・・・・・・)、と。
「ようやく気付いてくれたか! あのの本に! そして、これまで自分を翻弄してきた悪魔たちをこの俺が討伐するところを自らの目で見屆けたいというわけか!」
「……」
「自らを苦しめたものの苦しむ様を見たいのは當然だ、お前にはその権利がある!」
サラは何も言わない。まるでアスターがそう解釈すると分かっていたかのように、否定も肯定もせず何も口を挾まない。
「良いだろう、同行を許可する!」
そしてアスターは、高らかに宣言した。
彼は、サラというのことを気にっている。
見目がしいのは言わずもがな。加えてカティアと比べるとつきも非常に大人びているのが良い。それは邪な(・・・・・)ではなく(・・・・・・)、単に自分と(・・・・・)並んで立った時に(・・・・・・・・)より映えるという(・・・・・・・・)理由だけである(・・・・・・・)。
何より、カティアと違って穏やかで従順、の程を弁えている。自分に意見するなどという愚かなことをせず、二重適であることで調子に乗ったりもしない、二重適の自分よりもアスターの方が優れた魔法使いであると理解している。
そんな彼は、優しすぎるところが玉に瑕だった。何故か自分をいじめているカティアにさえを移していた。カティアがサラを己のそばに置いていた理由なぞ、誰よりも近くでな嫉妬による嫌がらせをするため以外のなにものでもないというのに。
だが、ようやく目を覚ましてくれた。
このを、も心も真に自分が寵を注ぐに相応しいへと長させるときがやってきたのだ。
高揚と共に、アスターは宣言した。
「夜が明け次第出発するぞ! 國をす逆賊どもめ、覚悟するが良い!」
宣誓に周りの人間たちも高らかな聲で答え、それによって。
「……これで、いいんですよね……エルメスさん」
サラの微かな呟きに、誰も気付くものはいなかったのだった。
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