互いの魔法を展開したクリスとエルメス。

続いてエルメスは、以前と同じように扱う統魔法を決定する。

「──【六つは聖弓　一つは魔弾　其の引鉄(ひきがね)は偽神の腕(かいな)】」

「……」

おや、と思った。

エルメスが扱う『原初の碑文《エメラルド・タブレット》』の弱點として、統魔法を再現する際に通常より時間がかかる點が挙げられる。

通常と違い『原初の碑文《エメラルド・タブレット》』を詠唱、起してから更に再現する魔法の詠唱を行う必要があるので、當然手のを知っているクリスはその隙を突いてくるものと思っていたのだが。

だが、クリスの挑発するような表を見てすぐに分かった。

なるほど、どうやらあの時と同じく真正面から撃ち合いをしたいらしい。

別に先制攻撃をされても強化汎用魔法でいくらでも対処はできたのだが、そう來るなら好都合だ。

向こうのみ通り魔弾を展開し、クリスとエルメスが同時に魔法を発し、両者の中間でそれが衝突し。

──エルメスの方が、圧し負けた。

「！」

撃ちらした魔弾が自分の方向に飛んでくる。エルメスが咄嗟に橫っ飛びでそれを回避するが、その後にはすでにクリスが次弾を用意していた。

「ははははは！　どうだいエルメス、これが僕の本當の実力だ！」

エルメスも移しながら次弾を生して出。撃戦が始まるが、確かにクリスの方が威力が強い。防戦一方になる。

以前戦った時と比べれば、より魔法を使いこなしている分エルメス側の威力も上がっているはずなのだが。クリスはそれすら超える強化がなされていた──不自然な程に。

「一度打ち勝ったからって調子に乗らないことだね！　あの時の僕はこれっぽっちも本気を出していなかったのさ！　分かったかいエルメス、これが僕と君の決して埋められない差で──」

「兄上」

調子の良い口上を斷ち切って、エルメスが問いかけた。

「その懐に隠しているものは何ですか？」

「ッ！」

よく観察すれば、すぐに分かった。

クリスの羽織っているローブの側。微かな膨らみがあるし、何よりその異常な魔力反応が全てを語っている。

クリスは一度歯軋りしたが、すぐに気を取り直した様子で。むしろ見せびらかすようにローブを開けてそれを取り出した。

「それは──」

見覚えがある、杖だ。銀の輝きを放つ杖本に絡みつく蛇の彫刻、そして頭にの翼。

「……古代魔道(アーティファクト)」

「その通り！　銘はカドゥケウス、この僕が持つに相応しい神の杖だ！」

紛れもない、エルメスとカティアがかつて訪れた迷宮で発見し、王家に獻上した魔道だ。

どうしてクリスがそれを持っているのかは不明だが、彼は仮にもアスターの配下。アスターが何かをしたのかもしれない。

そして合點が行った。あの杖を用いて魔力出力と魔法自の能を大幅に跳ね上げているのだろう。

古代魔道(アーティファクト)ならそれくらいのことはできてもおかしくない。その結果があの異常な強化の正だ。

「……自分で見つけたわけでもない道に頼り切って『本當の実力』と。それで僕を上回って満足ですか？」

「はは！　負け犬の遠吠えにしか聞こえないね！」

純粋な疑問からの言葉だったが、クリスはもう開き直って誇らしげに杖、カドゥケウスを掲げてみせる。

「いいかい、この杖は僕を選んだんだよ！　これを持てるだけの力、を含めての僕の実力だ！」

「……」

「羨ましいかい？　でも殘念だったね、これに最も相応しいのは僕だ！　選ばれなかった君に同じことはできないよ！！」

「へぇ。じゃあ、試しに僕にも使わせてくれませんか？」

「──はっ、何を言っているんだい！　君のような人間はこの神にれることすら烏滸がましい！」

エルメスが杖を自分以上に使いこなすことを恐れているようにしか見えないが、まぁ戦闘中なので當然そんな真似はできないだろう。

それに、クリスの言い分にも一理ある。

だの何だのは知らないが、クリスがそれを用いても許される立場を持っていたのは確か。それはエルメスになかったもので、使えるものを使うことに異議を唱えるつもりはない。

そう結論付けたエルメスを他所に、クリスは手を広げて高らかにぶ。

「さぁ、そして見せてあげよう！　君のような紛いじゃない、真に神にされたものが扱う本當の魔法を！」

杖がる。背後に魔弾を展開し、それを放つ──のではなく。

クリスはそこで、更にこう告げた。

「『魔弾の手(ミストール・ティナ)』──屬付與(エンチャント)：火炎(フラメア)！」

瞬間。

クリスの背後にある魔弾が、真紅に燃え上がった。

彼が手を振り下ろすと同時、その紅の魔弾が一気に殺到する。

「……まずいな」

防ぎ切れない。

そう咄嗟に判斷したエルメスが、襲い來る魔弾を紙一重で回避。

頬をでる熱波だけでも、先ほどまでと比べて威力が大幅に上昇したことが分かる。

「手も足も出ないみたいだねぇ！」

試しに自分の魔弾を撃って対抗してみるも、先ほど以上に圧倒的に撃ち負ける。

これならば撃たないほうがまだマシだ。そう考えたエルメスは一先ず回避と観察に専念することにした。

それを無様に逃げ回っているだけととらえたか、先ほどまで以上に防戦一方となったエルメスの様子を愉しげな笑みで眺めつつ、クリスが嘲るように聲をかけてくる。

「分かっただろう、この『付與(エンチャント)』こそが『魔弾の手(ミストール・ティナ)』の真価だ！　僕だからこそ引き出せる魔法の本質、ただ弾を馬鹿みたいに撃つだけの君には到達できない領域だ！」

「……」

「これで誰が見ても明らかだ！　力においても、魔法の才能においても！　全て僕の方がお前より上だ！　お前は出來損ない、出來損ないだ！　僕の方が相応しい、上に立つべきは僕なんだよぉッ！！」

「…………」

戯言をけ流し、魔法を躱しつつエルメスは冷靜に観察する。

なるほど、恐らく彼の魔法の威力はここが上限。屬付與以上の手もないだろう。もしあるなら彼の格的に出し惜しみはしないと思うし。

そして判斷する。

余裕だ、と。

この程度ならば、勝ち筋はいくらでもある。彼の持っている魔法を駆使すればどうとでも崩せるし、何なら力押しだけで倒せる魔法にも心當たりがないわけではない。

だが、カティアは言った。『後悔させろ』と。

そして何より彼自、かつての挫折の象徴で自分をげ続けた兄に思うところがないわけでは決してないのだ。

だから、決めた。

この男は、『魔弾の手(ミストール・ティナ)』だけで倒す。

エルメスの扱う魔法、『原初の碑文《エメラルド・タブレット》』は魔法を再現する。その過程において対象の魔法を詳しく解析し、魔法の構造、理念、本質を詳細に見抜く。生まれながらにして統魔法として持っていた人間が、時に気づかないところまで。

そしてそれは、『魔弾の手(ミストール・ティナ)』とて例外ではない。

『付與(エンチャント)』こそが『魔弾の手(ミストール・ティナ)』の真価？

そんなことは(・・・・・・)、とうの昔に知っている(・・・・・・・・・・)。

同時に思う。

それを理解しているのなら、どうしてあんな一辺倒な戦い方しかできないのか、と。

さぁ、始めよう。

あの魔法を、あの素晴らしい魔法の本質をあの程度で引き出しているなどと宣うクリスを。

彼の魔法だけで上回るべく、エルメスは魔弾の空隙にり込み、わずかな隙を突いて息を吸い。

こう、告げた。

「『魔弾の手(ミストール・ティナ)』──屬付與(エンチャント)：水氷(アクエス)」