「な──！？」

屬付與(エンチャント)：水氷(アクエス)。

確かにそう唱えたエルメスに、クリスが目を見開く。

まさかあり得ないと疑うクリスだったが、その疑念を裏切ってエルメスの背後の魔弾が、クリスのそれとは対照的に蒼く染まった。

同時に出。この戦い何度目か分からない魔弾同士の正面衝突が為され。

──この戦いで初めて、エルメスの方が上回った。

「ッ！？」

クリスが慌てて転がってエルメスの魔弾を避ける。一瞬呆然としたもののすぐに憤怒の視線を向けて、

「この──ッ、ふざけるなぁッ！！」

再度火炎の魔弾を撃つ。けれど結果は先ほどと同じく水氷の魔弾にかき消され、撃てば撃つほど不利になっていく。

「『魔弾の手(ミストール・ティナ)』の屬付與は、確かに魔弾自の威力を大幅に上げます」

対処で手一杯になるクリスの元に、エルメスの冷靜な聲が響いた。

「けれど、これまで安定した無の力であった魔弾に屬を付與した代償として、相が悪い屬の魔法に対して不利になる。このようにね」

「知ったような口を、聞くなぁ！！」

まるで出來の悪い生徒に言い聞かせるような口調。激昂したクリスが更に魔法の勢いを上げるが、その程度で結果は変わらない。

そんな彼に追い討ちをかけるように、エルメスは告げた。

「だからこちらの屬付與に合わせてそちらも屬を変更するのが定石なんですが──やっぱり」

「ッ！！」

「貴方、火炎以外の屬付與ができないんですね？」

クリスが憎々しげにエルメスを睨みつけ、けれど咄嗟には何も言えずに黙り込む。

図星だった。

付け加えて言うのであれば、普段のクリスは屬付與すら満足に扱うことができず。

古代魔道(アーティファクト)：カドゥケウスの力を借りてようやく辛うじて得意な火炎屬だけを付與できたのが現狀なのだ。

だから、何も無しにそれをやってのけたエルメスの存在を尚更認めるわけにはいかなくて。

「お、お前だってどうせ！　その屬しか──」

けれど、そんな苦し紛れに繰り出した反論ともつかないせめてもの言葉すら否定するように、彼の言葉が無に響く。

「──屬付與(エンチャント)：雷電(エレカ)」

「ぐ──ッ！？」

今度はスパークを放つ黃金の魔弾。

「──屬付與(エンチャント)：火炎(フラメア)。……弱點屬以外だと出力では劣るか、流石は古代魔道(アーティファクト)」

更には唯一自分ができる火炎の屬付與さえもあっさりと行われてしまった。

弱點屬以外との撃ち合いではまだクリスの方が勝っていたが、そんなもの水氷屬に戻せば済む話である。再度蒼の魔弾でクリスを圧倒し始めるエルメス。

「こ、のッ！！」

火炎屬のままでは勝てない。そう瞬時に判斷し、屬付與自を解除した判斷は賞賛すべきだろう。

屬付きの魔弾は通常の魔弾よりも威力が上。けれどクリスの魔法出力は今の所エルメスよりも上だ。それで差を埋め、どうにか無の魔弾でエルメスと辛うじての拮抗まで持ち込むことに功する。

「まだだ、まだ、カドゥケウスの力をもっと引き出せば──！」

ここに至っても尚、自分のではなく古代魔道(アーティファクト)に勝機を求めるクリス。

そんな彼に応えてか別の要因か、カドゥケウスが更にり輝き魔法の威力が上昇する。

代償として凄まじい頭痛がクリスを襲うが、エルメスに対する憎悪でそれをねじ伏せて前を向いた。これで、勝てると。

「──それと、もう一つ」

だが。

対照的に落ち著いた口調で、エルメスは更に告げる。

「『付與』こそが『魔弾の手(ミストール・ティナ)』の本質。それが分かっているなら何故──屬の付與しか(・・・・・・・)しないのですか(・・・・・・・)？」

「──え」

あまりに予想外のこと。

そんなことなど考えもしなかったと言いたげな顔を見せたクリスに対し、エルメスは手本を見せるように。

まず何故か強化汎用魔法であるの壁を眼前に展開し──一息。

「『魔弾の手(ミストール・ティナ)』──強化付與(エンチャント)：障壁(スラスタ)」

瞬間。

エルメスの目の前にあった壁が、凄まじい勢いでクリスの元に飛んできた。

「な──！？」

巨大な壁が超速で迫ってくる恐怖。壁に當たった魔弾の風すら巻き込みながらやってくる障壁に、直撃こそしなかったものの完全に勢を崩されてしまう。

『付與』こそがこの魔法の本質。それは『魔弾に屬を付與する』ことに留まらない。

當然屬以外の特殊効果もやろうと思えば可能だし、何より──『魔弾自を別の何かに付與する』ということもできる。

エルメスが今やったのはそれだ。魔弾を障壁に付與し、『飛んでいく大壁』というとんでもない攻撃で奇襲を行なった。

この無限とも言える応用こそが、『魔弾の手(ミストール・ティナ)』の本領。屬付與など、本質の一部も一部に過ぎないのだ。

王都にいる間この魔法を『原初の碑文《エメラルド・タブレット》』で詳細に解析した彼は、そのことを誰よりも理解していた。

そして彼の奇襲によって隙ができたクリス。ここがチャンスだとエルメスは判斷した。

「こんな──子供騙しでぇッ！！」

しかしクリスも、勢を崩しつつも殘りの魔弾を撃ち放つ。

エルメスは先ほどの攻撃で使った分弾幕が薄くなっている。これに撃ち勝つのは今この瞬間だけは難しい。

だが、彼はあくまで冷靜に呼吸を落ち著けて──

「──強化付與(エンチャント)：腳式(スプリント)」

魔弾の(・・・)、に対する付與(・・・・・・・・)。

結果、発と見紛うほどの勢いで地面を蹴り壊し、一瞬にして相手の攻撃軌道から逃れたエルメス。

そのまま、それこそ魔弾もかくやの速度で一挙にクリスに向かって突撃する。

「そんな馬鹿な真似が──！？」

驚愕の表で、を捻ってどうにか突撃を回避するクリス。エルメスは勢い余って逆方向に進み、またし距離が離れる。

「……っと、流石にまだ制が難しいか」

けれどまた付與し直し、尋常ではない機力で突撃を再開する。

彼の言う通り制がやや甘いのか、クリスを決定的に捉えることは出來ていない。その隙をってクリスがなんとか攻撃を仕掛けるが──

「當たら、ない……！」

そう、當たるわけがないのだ。今の彼にとって、クリスの魔弾など止まっているようなものだ。

猛攻にさらされるクリスはまざまざと見せつけられる。

エルメスが、出來損ないと蔑んだかつての弟が自分を圧倒し、魔法に選ばれたと思っていた彼と同じ魔法を使い、どころか自分よりも魔法を使いこなしている様を。

それを考えた瞬間、クリスは思い至る。

「ふざけるな、ふざけるなッ！　お前にできることくらい、僕にだって──」

そう、同じ魔法を使えるのだから、自分も同じことをやればいいのだと。

天才的な発想だと酔いしれて、見様見真似でクリスは魔弾の一つを自分の腳に向かって付與して。

これが、決定的な敗著となった。

「あぎゃああああああああッ！！」

右腳が発したかと思った。

事実、彼の腳は皮がずたずたに裂け、見るも悍ましいだらけの様相とり果てている。

「こんな、なんで……ッ」

「やめておいた方がいい、と言おうとしたんですがね」

のたうち回るクリスの上で、エルメスの聲が響いた。

「への付與は、しばかり(・・・・・)複雑な魔力作が必要になるので」

しばかり、どころでないことはクリス自が一番良く理解してしまった。

そもそもこの魔法は攻撃魔法。人を傷つける機能に特化している魔法なのだ。それを自らに付與するなど、普通に考えれば自傷行為以外の何者でもない。クリスの右腳の慘狀を見れば明らかだ。

その道理を捻じ曲げ、自らを傷つけることなく推進力だけを余すところなく採用し、しかもそれをある程度の方向を持って制するなど──どれほどの魔力制、作の技量があれば可能になるのか。

そんな神業を功させたエルメスは、尚も戦意の消えないクリスに向かって腕を振りかぶり。

「──強化付與(エンチャント)：腕式(アームズ)。お分かりいただけましたか、兄上」

「エルメスゥウウウウッ！！」

クリスが再度撃ち放つより遙かに早く、正確に、強力な魔弾をその拳に付與し。

「貴方の魔法はね、こうやって使うんですよ」

決著の一撃を、躊躇なく腹部に叩き込んだのだった。

タイトル回収。この後2話後半を見て頂けるとより楽しめるかもです。