サラの戦意がなくなったことを確認し、エルメスは魔法を解く。

……正直なところ、想像以上だった。

彼の統魔法が戦いにおいても強力であることは理解していたつもりだったが──何より驚いたのは、エルメスのとった戦を的確に見抜き、即座に対策を打ち出してくるその卓越した察眼と対応力だ。

彼に戦闘の経験があるとは思えないので、恐らくは天のものだろう。思わぬところで思わぬ才能を見つけた覚だ。

けれど、エルメスは上回った。制が甘くきが単調という欠點を、この戦いの中で克服して。

試行錯誤を繰り返し、僅かな進歩を積み重ねる。しずつだが──確実、かつ無限に強くなる。

そんな彼だけの魔法の在り方を、見せることもできたのだろう。

正面に見る彼も、どこか納得した表を浮かべていた。

よってエルメスは、肩の力を抜いて。

「……やーらーれーたー」

恐ろしいほどの棒読みで、ぽてっと地面に倒れ込んだ。

「え……えっ？」

あまりに唐突かつわざとらしい演技にサラが目をまんまるにしつつ、こちらに駆け寄ってかがみ込んでくる。

「その、エルメスさん、一……」

「やられました。貴と兵士たちの闘で、僕と相打ちになった。そういうことに(・・・・・・・)しておいて下さい(・・・・・・・・)」

勿論、多は削られたもののエルメスはまだまだ余力を殘している。

けれど、なくとも今はけないということにしておきたかった。何故なら──

「この狀況を殿下が目にすれば、僕もまとめて倒しにかかってくるに違いありませんから」

今はカティアの挑発に従って一騎討ちに乗っているが、流石に兵士たちがやられてエルメスがフリーになったと分かればエルメス諸共相手にしようとするだろう。

それを避けるための、所謂やられたフリだ。

でも、それは。

「つ、つまり……アスター殿下はカティア様にお任せする……ということですか？」

「ええ」

あっけらかんとした回答にサラが驚く。

確かにカティアが強くなったとは聞いていた。かつて『欠陥令嬢』と呼ばれていた頃の面影はどこにもないと。

でも、サラはアスターの強さもよく知っている。あれに単騎で勝てる人間がいるとは、とても思えない程に。

「大丈夫ですよ、あの方は強い。疑う気持ちも分かりますが……それならば、見ていてください」

そんな彼に向かってエルメスは、カティアが戦っている方向を指し示し。

「僕も見させていただきます、あの方が進もうとした道の先。そして──魔法を」

そう告げつつ彼は、今朝のことを思い返すのだった。

◆

「……私の魔法の、真価？」

「はい。その魔法は死霊を召喚し、それを変換して強力な魔力の砲撃とする──ことではありません」

カティアが目を見開く。

何せき日彼がそれを授かった時真っ先に教えられたことを、彼はたった今否定したのだから。

「ち、違うの？」

「正確には、『使い方の最も基本的な部分でしかない』ですね。そうだな──まずは効果の前に、この魔法の理念から説明します」

全ての魔法には、それを創るにあたって込められた願いがある。

彼の魔法観における幹の一つ。それに従って、エルメスは解説を始めた。

「その魔法の理念であり、込められた願い。それは──『死者との対話』です」

「死者との、対話……？」

「ええ。かつてこの世に生きた者、過去の時間に在った者──けれど今、霊魂としてそこに未だ存在している者。そんな現世と冥府の境界、見えざる者たちを喚び出して話をする。それがこの魔法の幹で……故に、『召喚』はその前提に過ぎないのです」

ある意味、今までの使い方であった『召喚した後、それを魔力の塊に変換する』ことは理念と真逆のことを行なっていたのだ。

だが、裏を返せば。

その理念と真逆の効果しか発揮していなかったのにこれほどまで強かった、ということは。

もし真価を発揮すれば、魔法の威力は桁違いになる。公爵家相伝の中で最強の名に恥じない──否、それすらも超えるかもしれない魔法へと化ける可能をめているのだ。

その事実を理解して、カティアが驚愕と、微かな高揚を帯びた表で問いかける。

「なら……私は、どうすればいいの？」

「今言った通りです。召喚した霊魂と対話してください。自分の力で押さえつける使役の対象としてではなく、よく話して、お互いの想いを理解して手を取り合う、対等な関係として」

勿論、そう扱う以上時に分かり合えない魂もあるだろう。その上で力を貸してくれる存在となると、更にないかもしれない。

あくまでカティアの魔法で一時的な霊を得ているだけで、魔力にされようと殺されようと霊魂そのものまで消えて無くなることはないとは言え。自分の意識がある存在を好きに扱われるのは、嫌なこともあるだろうから。

でも。

「それでも尚、貴に従ってくれる者がいたなら。貴の想いを、人となりを知って、貴を好きになってくれる魂がいたのならば。きっとその方は──今までとは、比べものにならない程の力を貴に與えてくれる筈です」

そしてそれこそが、この魔法の正しい使い方。

死者と言葉をわし、死者の想いを理解し。代わりに力を貸してもらう、冥府と現世を繋ぐ魔法。

「……きっとこの魔法を創った人は、とても優しい方だったんでしょうね」

穏やかに、彼は語る。

「そもそも『救世(ぐせ)』とは、ある遠い國の言葉だそうです。曰く、すべての生きとし生けるものが救われる場所だとか」

魔法を通してれた想い。そのしさを稱賛し、噛み締めるように。

「でも……きっとこの人はそれを聞いて思ったんでしょう。『じゃあ、すべての死せるものが救われる場所はないんだろうか？』とね」

「！」

「だから、この魔法を創ったんだと思います。遍く死者と言葉をわし、安寧を與え、冥府の住人にとっての救世主(ソテイラ)になりたいと願いながら名を刻んだ。しい想いを、まず言葉の形にして」

翡翠の文字盤に刻まれた魔法の式に、純粋な敬意を向けながらこう締めくくったのだ。

「故に名付けられたんです、この魔法の銘は──」

◆

「──『救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』！」

そして、現在。

カティアの放った霊塊が……いや、これは適當ではない。

カティアが召喚した(・・・・・・・・・)霊の放った霊塊(・・・・・・・・)が、次々とアスターに襲いかかっていた。

「豬口才な！」

それらは一つ一つが、クリスの扱う『魔弾の手(ミストール・ティナ)』と同等の威力を誇っていた。

だがアスターもさる者、腕の一振りで炎を解放し、その圧倒的な火力で歯牙にもかけず焼き払う。

尚も攻勢は終わらない。その攻撃を目眩しにするかの如く、今度は霊達が先ほど弾として放ったエネルギーをの回りに纏って殺到してきた。

全方位からの突撃。逃げ場など一切ない、數による押し潰しの現。

だが、それでも、アスターは。

「あまり──俺を舐めるなぁ！！」

鎧袖一。

その言葉を現するかの如く、の回りに全力で展開した炎の渦。

一挙に灼熱地獄と化した彼の周囲にいた霊は、ひとたまりもなく焼き盡くされて一瞬で消滅。

微かな間の靜寂が、彼の近くに広がる。

アスターの扱う統魔法、『火天審判(アフラ・マズダ)』。

やはり、何度見ても圧倒的な火力である。

それを余すところなく見せつけたアスターは……微かに荒い息を吐きながら、前を見て。

「……なん……なのだ、こいつらはぁッ！！」

──未だカティアの周囲に數十と展開し、更に今尚増え続ける霊の群れを見て。

あとどれだけ倒せばいいのか、と微かな怯懦を宿して顔を引き攣らせたのだった。

『救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』の真価。霊魂を魔力にただ変換するのではなく、霊を一つの意思あるものとみなし自らの協力を対話で要請すること。

つまり、霊たちを道ではなく兵士として扱うことだ。

その結果生まれたのが、彼の周囲に漂う紫のを宿した半明の人型のようなもの。見た目は比較的単純だが、その能は──アスターの、そしてカティアの予想すら軽々と超えていた。

まず、これまでカティアが扱ってきたような霊塊での遠距離攻撃。それを全員が扱うことができ、加えて先ほどのような近接攻撃への応用もしてみせる。むしろカティアよりも余程上手く扱うくらいだ。

そして何より、耐久力が異常に高い。

理的な攻撃が一切通じないのは當然のこと、加えてそもそも霊という存在自が魔法に対する抵抗力が高いのだろう。

アスターは全力の炎で焼き払ったが──逆に言えば、アスタークラスの火力でさえ全力を出さなければ倒せないのだ。

半端な統魔法では一倒すのさえ苦労するほど頑丈な幽霊兵、しかもそれをカティアは、実質無盡蔵に生み出せる。

先程エルメスが言ったように向こうの承認が必要という欠點はある。だが一度協力を貰えたのならば、仮に先程のようにやられたとしてもまた魔力のある限り復活させられるのだ。焼き払われた幽霊兵も全員、今しがた復活が完了した。

下手な魔ならば軽々と凌駕する死者の軍勢、それを従える冥府の王。

──この姿こそが、『救世の冥界(ソテイラ・トリウィア)』の真の使い手だ。

「うぉおおおおおッ！！」

雄びとともに、アスターがカティアに向けて突撃する。

勝ち筋自は存在する、者本を叩けば良いのだ。実際アスターはそれを狙って、カティアとの距離を詰めるべく今の行をとった。

だが。

「させない」

落ち著いた彼の指揮に従って、幽霊兵たちがアスターの進路を塞ぎ妨害する。

その塞ぎ方も実に巧みだ。一挙に焼き払われない間隔を保ちながらも、意識に休みを與えないような絶え間ない攻撃。それらに対処しているといつの間にかまたアスターの足は止まり、そうこうしているうちにまた距離を取られる始末。

カティアの指示が上手いのもあるが、何より彼の意思を汲み取って完璧に遂行してくれる幽霊兵の存在も大きいだろう。これも霊魂たちと想いをわしたからこそだ。

また當初の狀況に戻ってしまった。消耗は明らかにアスターの方が大きく、不利は加速する。

怒りのままに、アスターはんだ。

「この……ッ、卑怯者が！　俺との一対一を所しておきながら逃げるばかりか！　真っ向から立ち向かう気概のない臆病者め！」

「……有利な間合いを取ることは、逃げることではないでしょう。『この距離じゃ勝てないから俺に有利になる近接戦に付き合え』と、自らの不利を開示しているようにしか思えませんわ」

「ッき──さまぁああああああ！！」

彼にしては珍しい──ひょっとすると、誰かの影響をけたのかもしれない皮での返し。

その気配をじ取って、加えて返す言葉が思いつかなかった激昂から、アスターはまた突撃を繰り返す。

だが、行われるのは先ほどの再演だ。カティアはアスターを一切近づけさせず、幽霊兵たちを巧みにかして攻撃を加えていく。足が止まったところを包囲、攻撃。焼き払われてもまた再生。

力、魔力ともに一方的にアスターが消耗していく。カティアは未だ一度も攻撃をけておらず、一方のアスターは幽霊兵たちの撃がところどころを掠めてきまで悪くなっていく。

「あ、悪夢でも見ているのか……アスター殿下があんな一方的に……」

「い、いや！　あれはあくまで外法の賜だ！　きっと何か、一時の力と引き換えに恐ろしい代償が……！」

「……だ、だが……そうであってもこれほどの力……何より殿下が及ばないとは……」

あまりのワンサイドゲームに、エルメスにやられてけないものの意識はある兵士たちが絶のき聲をらす。

……実の所、周りから見るほど二人の実力が離れているわけではない。

むしろ純粋な魔法の能であれば、まだアスターの方に軍配が上がるほどだ。実際もしアスターがカティアの懐に潛り込んでしまえば、恐らく數秒も保たずにカティアは敗北する。

その狀況を一方的たらしめているのはカティアの位置取りの巧みさ、全力でアスターを近づけさせない攻撃の仕方、兵の配置。詰まるところ──魔法の使い方だ。

彼は見てきたのだ。魔法を生まれ持たなくても諦めず、最強の魔法をにつけて帰ってきた年を。彼の真価である無限の研鑽、試行錯誤を重ねることの強さを。それを今、この戦いで存分に生かしている。

一方のアスターは恵まれた才能と、授かった最強の統魔法による力押しでこれまで全てを解決してきた人間だ。つまり魔法の実力が近い存在と戦った経験が、一切ない。

だから工夫を知らない。研鑽を知らない。

今回も真っ向からの突撃、カティアにすれば簡単にいなせる攻撃手段しか使わない。使えない、それしか知らないのだ。

生まれてから勝ち続けてしまった人間は──一度不利に立たされると、ここまで脆い。

（負ける……のか……！？）

ついにアスターの脳裏に、敗北の二文字がちらつき始めた。

一向に近付ける気がせず、近付く手段も思いつかない。膨大にあった魔力も戦いの中で大半が削られ、も徐々に重くなってきた。

このままでは遠からず、自分は敗北する。

無様に地を這いつくばり、かないで、自分を見下す目線を甘する羽目になる──

（ふざ……けるなッ！）

それを認識した瞬間、アスターの中で激甚な拒否が迸った。

生まれて以降、勝者であり続けた傲慢。自分より優れたものは存在しないという、不都合な真実全てを捻じ曲げてでも得た思い込み。

（そうだ。これはきっと──試練だ。俺ならばきっと(・・・・・・・)乗り越えられる(・・・・・・・)、神が與えた(・・・・・)試練に違いない(・・・・・・・)。つまり俺は(・・・・・)今ここで(・・・・)更なる力に(・・・・・)覚醒する(・・・・)。そうだ(・・・)、そうなるに(・・・・・)決まっている(・・・・・・)──ッ！！）

──アスターにとって、幸運だったことは。

彼の授かった魔法が、彼のそんな神と、極めて相が良かったことだろう。

どくん、と。

彼の中にある魔法が、一つ大きな鼓を奏で。

その魔法から、新しい何かが流れ込んできたのだった。