（想像以上の強さね……）

心中で、カティアは呟く。

自分の周りを飛び回る、凄まじい力を持った頼もしい霊魂たち。

彼らの全てと言葉をわしたカティアには今──彼らの思念が流れ込んできている。

──やったよ。あの王子さま、もうけないみたい。

──魔法は強かったけど、戦い方は豬とそんなに変わらなかったね。

──ぼくたちに勝てるわけないよね。それに心もなんだか……すっごく嫌だ。

──カティアさまの方が、よっぽど綺麗だよね。

──だよねー。

──ねー。

（……この子達……本當に幽霊……なのよね？）

割と本気の疑問をカティアは抱いた。

幽霊、ということはつまりかつてここで生きた魂、人格があったもののはずなのだが。

にしてはその、なんというか……稚気に溢れすぎてはいないだろうか。

絶対に數十年生きた後の魂もあるはずなのだが、今の會話を聞く限り全員五歳児とかそこらのものだ。幽霊と言うより、妖とか霊とかその辺だと言われた方がしっくりくる。

當然この現象もエルメスに説明したが、

「……恐らくですが、厳に一人の人格としての魂ではないのでしょう。がない分自他の境界が曖昧になったり分離したり。加えてカティア様の魔法でカティア様の心に共した側面が強く出た結果、邪な意思が薄い、つまり無邪気な魂の面だけが出されてそのような形になっている──

──んだと思いますが、正直僕も予想外なのでよく分かりません」

結局彼にもよく分からないらしかった。

まあ、実際四十過ぎの渋いおじ様の人格を持った魂と対話しろとか言われるよりは気楽だし、素直で可らしいので特別文句はない。

それに……自分の話を聞き、自分の想いに共して來てくれた魂がこんなにもたくさんいる。

その事実は、彼に再びの自信を抱かせるには十分だった。

──さあ、あの王子さまに止めをさしちゃおう！

──のりこめー！

──わー！

ともあれ、頼もしい彼らのおかげでアスターをあそこまで追い詰めることができた。

あとは勝負を決めるだけ。そう考え、彼らの意思に従ってカティアは幽霊兵を差し向けようとしたが──

「ッ、待って！」

その時。アスターからどこか異質な魔力が迸った。

満創痍の人間から出るとは思えない、底知れぬ圧力をじさせる魔力。異変を察知したカティアが幽霊兵を下がらせる。

張した顔で見據えるカティアの先で、アスターがゆっくりと起き上がる。

彼の表には──先ほど以上に狂気じみた、自信に溢れる笑みが浮かんでいた。

「褒めてやろう、カティア」

開口一番、彼は稱賛した。

だが──それがカティアを認める意味を含んでいないことは、次の言葉でよく分かった。

「紛いの力でここまで俺を追い詰めるとはな。そして大義であった、貴様は十分に役割を果たしたのだ」

「……どういう、ことでしょう」

アスターは間違いなく満創痍、今幽霊兵を一斉に差し向ければ勝てる……はずなのに、けない。

「俺に勝てるつもりだったか？　よくもそんな無拠な自信を得られたものだ。知るが良い、貴様の闘は全て──俺が更なる力に覚醒するための布石に過ぎなかったということをな！」

下手にけばやられる。そんな意味の分からない、けれど確信的な予に固まるカティアの前で、アスターは宣誓した。

「栄えある最初の犠牲者としてやろう、この俺が新たに得た力、俺の魔法の真価のな！！」

そして、彼から迸る魔力が更にその勢いを増し。

アスターは、告げる。

「──【終焉の刻は來れり　祖は聖霊と善思　創始に葉うは不滅の世】」

「ッ！」

知らない詠唱だ。

故に彼は分かる。エルメスでもなければ、今まで聞かなかった詠唱をする理由など一つしかない。

それは──

「まさか……魔銘解放(リベラシオン)──！」

統魔法は、古代の強力な魔法を族に組み込み、それをけ継いだものが無條件に使えるようにしたもの。

ならばそれをけ継いだものは、その古代の魔法と全く同じもの──つまり、オリジナルと同等の力を使えるのか？

答えは、當然否だ。

『脈に魔法を組み込む』という荒技を敢行した以上、そこにはどうしても組み込みきれない要素が存在した。け継いだ人間が耐えきれないと判斷し、普段は発揮できないよう封印し、切り捨てざるを得ない魔法の機能があったのだ。

よって、普段統魔法を用いるものは須くその機能の一部しか使っていない。オリジナルと比べて、限定的な力しか使えていない。これはカティアのように『実際は使えるが気付いていなかった』ものではなく、統魔法のシステムそのものによって封じられた機能だ。

だが。

數世代に一人、魔法をけ継いだ者の中でも更に魔法への適が高く、加えて高い魔法を扱う能力を持った者だけは。

統魔法に施された封印を解除し、と魂への負荷に耐え切り、本の神代の魔法を十全に扱うことが葉う。

それこそが、魔銘解放(リベラシオン)。黙示録の名を冠す魔法の奧。

魔法、才覚、。全てに恵まれたものだけが葉う、統魔法使いにとっての奧義であり極致だ。

「【我は天空の　創造するもの　隨心を抱き　天則を布(し)くもの】」

「噓……でしょ」

魔銘解放の、存在自は知っていた。

でもそれは通常、長年統魔法を用いて戦いにを投じてきた人間が、一つの魔法を極めた果てに手にする神域の証明だったはずだ。

それをにつければ王國史に燦然とその名を刻まれ、たった一人で王國の剣となり盾となれる領域。現時點の王國に、その域に至っている人間はカティアの知る限りでは存在しない。

何より──エルメスですら、統魔法の魔銘解放までは未だ再現できないと言っていた。

「【王國の法(のり)を識れ　完璧の理(ことわり)を拝せ　不死の頂を崇めよ】」

それほどの領域に、今、このタイミングで。

負けそうだからという理由だけで、覚醒する。

……馬鹿げているとしか、思えない。

「【悪辣なるものは総べらかく滅す　天上は我が火の統制の下に】」

詠唱を阻むべく、幽霊兵を差し向けるもその迸る魔力の奔流だけで弾かれる。

悠然と、傲岸に。誰にも邪魔されること無く彼は唄う。

そして、統魔法の魔銘解放は數階の詠唱によって行われる。

通常は三位階。優秀なものは四位階で、伝説級に強力なものは五位階だ。

アスターの魔法は──

「【輝裁天　終星審判　我が炎は正邪の彊(かぎり)　七つので天圏を徴(しる)せ】！

『火天審判(アフラ・マズダ)』──魔銘解放(リベラシオン)！」

當然のように、五位階。

詠唱を終えたアスターのから、先程の莫大な魔力が一気に溢れ出す。

それだけで吹き飛ばされかねないほどの奔流。を屈めて耐え、數秒ほどの後にそれが収まった、彼の視線の先には。

「──見るが良い」

炎の化がいた。

全を複雑な紋様のように這い回る神の炎。背後からは一対、真紅の翼が顕現し、頭の上には同じく真っ赤なを放つが。

そして右手には、太そのものであるかのような灼熱の白を放つ大剣が握られていた。

アフラ・マズダ。

それはあらゆる悪を滅する裁きの神の名。有翼の姿をした、炎を司る最高神。

今のアスターは、自分こそがそのものであると言わんばかりの威圧を放っていた。

そして彼が、構えるカティアに向かって無造作に足を踏み出し。

──次の瞬間には、目の前にいた。

「──ッ！？」

反的に飛び退くカティア。そんな彼にアスターはひどく軽い調子で右手の大剣を逆袈裟に振る。

消し飛んだ。

カティアの周囲を守っていた霊魂。アスターの全力でようやく焼き払えるほど耐久力の高い幽霊兵が、無造作な一振りで全て消滅した。

「そん、な──ッ！！」

狼狽えつつも、彼の判斷は早い。

即座に幽霊兵を復活させると、後ろに引きながらアスターに突撃させてどうにか再度距離を取ろうとする。

だが、無理だ。

先ほどまでできていたはずの足止めが全く出來ない。理由は単純、アスターの火力が桁違いに上昇している。特に右手の大剣、あれにれるだけで幽霊兵が全て一瞬で焼き盡くされてしまうのだ。

おまけに、あの姿になったことでアスターの能力自も凄まじく上昇している。単純、故に強力極まりない火力と膂力の上昇。それこそがあの形態、『火天審判(アフラ・マズダ)』の魔銘解放(リベラシオン)による効果なのだろう。

「ふ……ふは、ふははははははは！！」

そして、初めて使った魔銘解放の力をようやく実してか。

アスターが、自らの右手にある大剣を見つめて力に酔った哄笑を上げる。

「見たか、見たかカティア！！　これが俺の本當の力、神に選ばれし英雄たる人間に相応しい力だ！　そうだ、俺が負けるはずなどないだろう！　俺は誰よりも強く、正しく、この國を導くに相応しい人間ッ！　お前ごときが楯突こうなど烏滸がましい！　どんな気分だ、悪辣な手法に手を染めてまで手にれた力が、圧倒的な正しい力に躙される気分はァ！！」

（……最悪に、決まってるじゃない）

必死に悩んで苦しんで、踠いて手にれた力が。

ちょっと追い詰められたからと都合よく覚醒した力に躙される気分など、その二文字以外の何者でもない。

追い込まれてからの、新たな力の手。安っぽい芝居の主役によくある展開だが──やられる側からすればたまったものではない。

最早カティアにできるのは、ただひたすら逃げ回ることだけ。

先ほどまでのように距離を取りつつ攻撃を加えるのとは全く違う。こちらの攻撃は一切を歯牙にかけず焼き払われ、向こうの攻撃はかするだけで尋常ではないダメージがる。

アスターの戦法は、これまでと一切変わらない力押し。なのに、発的に上昇した魔法の能だけで押し切られてしまうのだ。

（こん、なの……）

無理だろう。

必死になって手にれたものは何の意味もさず。生まれ持ったもの、都合よく授かったものだけで全てを上回られる。

……なら、自分たちは、何のためにこの國で生きているのか。

この國の矛盾が、また現されている。他でもない自分が、現してしまっている。

そんなやるせなさと絶に囚われてしまい。思わずカティアが、眼前の景から目を逸らすように橫を見て──

彼と、目が合った。