《【書籍化&コミカライズ】創魔法の再現者 ~『魔法が使えない』と実家を追放された天才年、魔の弟子となり正しい方法で全ての魔法を極めます。貴方の魔法は、こうやって使うんですよ?~》47話 幻想種
決定的な一撃が、ついにアスターに叩き込まれた。
のけぞり、吹き飛び、初めてアスターが地面に倒れ伏す。
戦場に立っているのは、エルメスとカティアのみ。
まだかろうじて意識がある兵士たちは、その景を信じられないような目で見つめていた。
「……勝った……の、よね?」
「ええ。途中に無粋な介こそありましたが、最初から最後まで、貴だけの力で。アスター殿下を一対一で上回りました」
自分自も、若干実がない様子で呟くカティア。
そんな彼にエルメスは聲をかける。紛れもなく決著だと。
「貴の勝利です。──素晴らしい、魔法でした」
「……あ」
心からの稱賛の言葉に、ようやく実が追いついてきたのか。
肩の力を抜き、充足と嬉しさで可憐に頬を染め。緩やかに微笑みを浮かべるカティアだったが。
「ま……まだ……だ……!」
向こう側から、聲がした。
見ると、を震わせながらも再びを起こそうとしているアスターの姿が。
「まだ、俺は負けていない……! これは、これは何かの間違いで……」
「……どれだけタフなんですか」
ある種の呆れと共に呟くエルメス。
確かにカティアの統魔法は比較的防力に特化しているが、それでも公爵家の中では確実に最強のもの、火力とて尋常ではない。
それが直撃したにも関わらず気合と執念、あるいは妄念で立ち上がったアスターがんだ。
「──サラァ!」
「……えっ?」
まさか唐突に名を呼ばれるとは思っていなかったサラ。吹き飛んだ位置関係的に比較的近くにおり、寄ってきた彼に向かってアスターが喚き散らす。
「俺を治せッ!」
「っ、それは……」
「今のは間違いだ! 戦いにはアヤというものが存在する、今回は運が悪かっただけだ次やればこうはいかない! 俺は負けない、負けるはずがないッ! 早くしろ愚図め、お前の魔法は何のために存在していると思ってるんだッ!!」
「で、でも……っ」
アスターの要請と、先ほど見たあまりにも悍ましい戦い方。そしてエルメスとの戦いで生まれた彼の変化。
それらの狹間で揺れ、思わずエルメスの方を見たサラに、彼はこう答えた。
「……別に構いませんよ」
「──え!?」
「元より貴はそちらの陣営だ、それが貴の意思ならば治していただいても構いません。……ただ」
そこで彼は言葉を區切り。すっ、と目を細め気配の溫度を數段下げて。
「その場合、僕ももう戦い方には拘りません。誰がどう見ても明らかな決著を我儘で引きばされた怒りも込めて──『全力』で、叩き潰させていただきますが」
「っ」
「く──ッ」
その迫力にサラが息を呑み、アスターも顔を引き攣らせる。
特にアスターは、つい先ほど自分の魔法を再現され、上回られた記憶があるばかり。正直なところ、勝てるビジョンなど浮かびようがなかった。
けれど、認めるわけにはいかなくて。これまで培ってきた自分中心の価値観が認めることを許さずに。
あれは何かの間違い。紛い。卑怯な手段。そう拠もなく自分にとって耳りが良い言葉を自分に言い聞かせ、怯懦を誤魔化すように前を向いて、もう一度サラを急かそうとした、その瞬間だった。
──ウォォオ──────ン!!
世界を震わすような遠吠えが、響き渡った。
「ッ!?」
全員がその鳴き聲に意識を奪われる。遠吠えが聞こえてきた森の奧の方に視線が向く。
そんな視線に応えるように。ずしん、と巨大な質量をじる足音が一定間隔で、徐々に大きくなる。
木々を薙ぎ倒し、草花を踏み潰し。
ついに森を抜けて、巨大な影が平原へと姿を出し。
そして、彼らは思い知る。
こんなたかが人間同士の爭いなど、児戯に過ぎないと思い出させるものの存在を。
悪夢の現。知存在の破壊者。世界喰らい(ワールドイーター)。
──人類の本當の敵が、何なのかを。
現れたのは、巨大な狼。
その並みのは漆黒。息を呑み、畏れをじるほどの艶めきでを跳ね返す。しいはずなのに何故か暴力的な気配をじるのは──きっと、それ以外の部分があまりにも兇悪だからだろう。
付きは太く、分厚く、凄まじいエネルギーを宿していると容易に分かるシルエット。
地面に陥沒する爪、口元に覗く牙は正しくれるだけで斷ち切れるほどの鋭いを放ち。
何よりその存在には──頭が三つあった(・・・・・・・)。
黃金、白銀、灼銅。こちらを睥睨する麗な三の視線。だが──どの瞳にも共通して宿るのは、純粋な殺意の一のみ。
彼らが今迷っているのは、戦うかどうかではない。
どの獲から殺すか、だ。
突如として現れたその存在。兵士の一人が、思わずこぼす。
「魔……」
ああ、その通り、魔だ。だが──
(……冗談じゃない)
エルメスが心中で呟く。
彼は魔に関しても人一倍詳しい。師と共に多くの迷宮に潛った経験、そして大量の資料を読み込んでにつけた知識によって。
魔には種類があり、その強さによって大まかに分類される。まずはこの世界のに比較的近い『獣種』、そこから発展した複數の生きを組み合わせた形を取る『合獣種』、そしてこの世界に生きる存在の頂點を形取った『竜種』。
そこから、さらに発展して。
この世界にない生き(・・・・・・・・・・)にまで進化した、真の魔──『幻想種』。
ここまで行ったものは、それ以前のものとは次元が違う強さと言って良い。
魔の名を、エルメスは思い出す。
(『獄界の獣遣(ケルベロス)』。紛れもない幻想種、災害級の魔。これは、魔法軍隊か師匠が出張らないといけないレベル──)
何故、今このタイミングで。
と、そこまで考えたところで気付いた。
違う、このタイミングだからこそだ。
魔は読んで字の如く魔法生。魔力に引き寄せられる傾向があり、先ほどまで行われていた最上位の統魔法によるぶつかり合いに反応して寄って來たのだろう。
加えて、ここは辺境も辺境。貴族による討伐が追いつかない場所、魔のテリトリー。
只でさえ、ここ最近は國の混により魔の討伐が遅れていた。こういう目の屆かない場所で隠された迷宮が発生し、それを放置したことにより規格外の魔が知らぬ間に生まれていたとしても、おかしくはない。
勿論、幻想種自がその名に違わず滅多に──人によっては一生出會うことの無い魔だ。それが今この瞬間、目の前に現れてしまったことは凄まじい不運以外の何でもない。
だが、敢えて言おう。
この結果は、これまでの経緯と、この場での狀況。
全てが噛み合った結果の、必然の悪夢だと。
魔がきを見せた。
「!」
比較的察力に優れたエルメスとサラが、同時に理解する。
もう爭っている場合ではない、と。
エルメスは魔法を起し直し、サラは即座に『星の花冠(アルス・パウリナ)』でアスターの傷を治す。
この瞬間までの敵対関係は忘れるべき。今はとにかく、あの魔に協力して立ち向かう。
全員でかからなくてはだめだ。でなければ──文字通り、皆殺しにされる。
その共通認識を換しての行で、彼らの判斷はこの上なく正しいものではあった。
……だが。
そんなことすら、分からない人間がこの場には一人いたのだ。
「──そういうことか(・・・・・・・)ッ!!」
瞬時に立ち上がったのは、赤い目に理解と納得を宿らせたアスター。
彼は傷と疲労が癒えたで立ち上がり、殘った魔力で自の統魔法を起すると。
「これだ(・・・)! こうなることを(・・・・・・・)考えて(・・・)俺は(・・)力を(・・)溫存して(・・・・)いたのだ(・・・・)ッ!!」
などとぶと、あろうことか。
──あの魔に向かって、単騎で突撃を仕掛けたのだった。
アスターは必死だった。
自分が捨てたエルメスが自分と同じ魔法を使って自分を上回り。
自分が捨てたカティアが魔法の戦いにおいて自分に勝利する。
かつて出來損ないと斷じた人間が、無価値と見切った人間が自分を凌駕する。
つまり自分の判斷は間違いだったと証明され。周りの人間、あろうことか自分に従っていた兵士やサラですら自分を疑いの目で見てくる始末。
認めるわけにはいかない。自分が間違うはずがない。
けれど結果は何よりも雄弁で。それをどうにか覆す綻びを必死に探していたところに──突如現れた強力な魔。
これだ、と思った。
貴族の役目は魔を倒すこと。つまりこの魔を一人で倒せばまた皆思い知る。真の英雄が誰で、従うべきが誰で、間違っていたのはどちらなのかを。
そう、俺こそが英雄。一番強いのは俺だ。先程の結果は何かの間違い──いや、こうなる(・・・・)可能を(・・・・)無意識のに(・・・・・・)じ取って(・・・・・)いたため(・・・・)全力を(・・・)出しきれなかったに(・・・・・・・・・)違いない(・・・・)、普通に戦えば(・・・・・・)勝っていたが(・・・・・・)そのせいで(・・・・・)負けたのだ(・・・・・)。
そんな今までの中でも一番苦しい理屈を捻り出し、けれどそれを何の疑いもなく信じ込み。
突っ立っているこの図ばかり無駄にでかい魔に向かって疾走し、同時に詠唱を開始する。
「【終焉の刻は來れり 祖は聖霊と善思 創始に葉うは不滅の世】!」
むは、もう一度の魔銘解放(リベラシオン)。
サラの魔法によって回復した、そして殘る魔力の全てを注ぎ込み、詠唱を終え。彼は再度の解放に功する。
「『火天審判(アフラ・マズダ)』──魔銘解放(リベラシオン)!」
流石のアスターも魔力の殘りは僅か、恐らく一分も保たないだろう。
だが問題ない。俺の力を以てすれば、それだけあればお釣りが來る。
見せつけてやろう。俺の力を理解しない愚図どもに、わかりやすい結果でもって知らしめてやるのだ。誰が真に強い者かを。
魔銘解放の力に酔い、輝かしい未來を信じて疑わず。
再び有翼の姿になったアスターは三つ首の狼、ケルベロスに向かって渾の力で炎の大剣を叩き込み。
──そして、あっさりと無傷で阻まれたのだった。
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