《お薬、出します!~濡れを著せられて治療院から追放された薬師さんが辺境で薬屋を開きました。極めたポーションは萬能薬と呼ばれて回復魔法を超えるようです~【書籍化コミカライズ企畫進行中】》ワンダール公爵 2
「よし、それならここでポーションを調合してみろ」
ワンダールが立ったままメディを見下ろす。怒気すらはらんでいるかのようなその聲だが、メディも負けてない。
その瞳はワンダールの先に至るまで、すべて捉えている。エルメダは時々思う。明るくがいいメディだが一瞬だけ見せるその瞳はすべて見かしているのではないか、と。
事実、メディにはワンダールのたった一つの異変を見抜けている。
質、調、病。相手が獣人であっても、その観察眼は健在だった。
「ワンダール公爵がお飲みになるものですか?」
「そうだ。だがな、オレはあいにく健康だ。力だってまったく衰えない。そんなオレに飲ませるポーションなんかないだろう?」
「ありますねぇ」
ワンダールが獣耳をぴくりとかす。ワンダールは一瞬で意図を見かされた気がした。
健康である自分がポーションを飲んでも何も実できない。何も癒されない。そんな自分に効果を実させろと言うつもりだった。
ただの虛勢と見るには、メディの臆さない態度が不可解だ。ワンダールは牙を見せて笑う。
「それならぜひ、いただこうか」
「はい! お薬、出します! それでは失禮しますね!」
メディがワンダールのにれる。獣人とは初めてれるが、改めての異変を確信した。
ふわりとしたのの奧の奧、異変はそこにある。
「うまいポーションを頼むぜ」
うまいポーションというフレーズもワンダールの意地悪だ。酒飲みである自分であれば、味さえよければ満足すると思い込ませようとした。
しかも彼は素材の提供を行わない。手持ちの素材だけでの勝負を強要させているのだ。
ここまで攻めればさすがに怖気づくだろうと高をくくっていたワンダールだが、メディの表はより花開く。
「グリーンハーブはこれだけ必要ですねぇ」
「お、おい! さすがにそりゃ使いすぎじゃないのか!?」
ワンダールは思わず聲を上げた。メディが取り出したグリーンハーブの量が多すぎるのだ。
毒消しとして名高いグリーンハーブを大量使用する意図がまるで見えなかった。メディはワンダールに返答せず、調合釜を取り出す。
その調合釜にワンダールは驚かされる。調理道や廚房で料理人としての実力がわかるように、その調合釜は汚れ一つなくしい。
使用する道の手れを怠らず、仕事に対する姿勢がよく表れている。それだけでメディの薬師としての力量、人となりが窺えた。
「グリーンハーブとレッドハーブを調合! グリーンハーブとレスの葉を調合!」
「そりゃこの町で売られているレスの葉じゃねえな」
「そうです。數ない手持ちですが、ワンダール公爵のご病気を治すなら必須なんです」
「オレの病気だと!?」
生まれてから風邪一つ引かず、傷などよほどでなければ一日で癒える。自分ほど病という概念から遠い者もいないとワンダールは自負するほどだ。
だからこそメディに無理難題を吹っかけたのだが、ポーションは完に近づく。
その手際にワンダールは目が釘付けだ。調合はしの力加減と手元の狂いで臺無しになる。人間の視力を上回るワンダールの目をもってしても、メディの所作に無駄がない。
並みの薬師であれば、現時點で半分も製作工程を終えていないだろう。間もなく完するポーションをワンダールは気がつけば心待ちにしていた。
「ぬうう……。これほどの手腕の薬師などかつていたか」
「メディのポーションを飲んでいただければ、きっとお認めになってくださると思います」
エルメダが期待値を上げるが、メディを信頼しているからこそだ。
やがてワンダールの指示で使用人に瓶を用意させた。メディが瓶に注いだポーションがに反して寶石のような輝きを見せる。
「どうぞ!」
「説明はないのか?」
「飲んでいただいたほうが納得していただけると思います」
驕りか、それとも。ワンダールは瓶に口をつける。を通過するそのは刺激的だった。
「こ、これは!?」
「ワンダール公爵!? 何か!」
「カノエ、心配するな!」
にじるそれは確実に刺激だが心地いい。すべて飲み盡くすのが惜しいほどの味だった。
「これはまるで発泡酒のようだ!」
「発泡酒とは違います。その刺激はワンダール公爵にとって必要なものです。それとおトイレに行ったほうがいいですよ」
「ぬぅ!? うぐぐぐぐっ!」
ワンダールが部屋を飛び出す。何事かと追う姿勢を見せたカノエだが、すぐにメディに敵意の眼差しを向ける。
エルメダも負けじと睨み返して、メディを庇った。
「ねぇ、あの方に何を飲ませたのかしら?」
「ワンダール公爵のにはよくないものがいます。それを駆除するポーションです」
「よくないもの?」
「はい。口で説明するより、ワンダール公爵に実していただいたほうが早いです」
戻ってきたワンダール公爵がふらついていた。かつて見たことがない主の様子に、カノエは息を飲む。
「ワンダール公爵!」
「カ、カノエ……」
「一どうされたのですか!」
「なるほどな……」
ワンダールがソファーに腰を落ち著けてからクククと笑う。門番の時は冷靜でどこか人を嘲るような態度だったカノエが完全に狼狽えていた。
何が起こったのか理解できずに彼はメディを凝視する。ベイウルフすらも躊躇させるその眼だが、メディは満足そうにニコリと笑って返した。
付き添いのエルメダも當然といった態度だ。その瞬間、カノエは己の鑑識眼が正しくなかったと悟る。
なくとも自分ごときで計れるではない。カノエもまたフフフと笑った。
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