「それで、あの廃墟から〈守護者〉がいなくなったっていうのは本當なの？」

仕事の依頼主でもある警備隊長の言葉に私はうなずいた。

「本當だ。守護者たちは廃墟から去った。この鳥籠から遠ざかるのもしっかりと見屆けた」

「見屆けたって……」

「何が不満なんだ？」

「いや、不満なんかないさ」と、は端末に表示される廃墟の映像を見ながら言う。「ずいぶんと呆気(あっけ)なくてね、なんだか拍子抜けしたんだよ」

「報酬はもらえるんだろうな」

「もちろん。けど、あんたの言っていることが本當だって、どうやって私たちに証明するつもり？」

私はの癖を見ながら言った。

「証明することはできない。俺の言葉が信じられないのなら、現場を直接見に行けばいい。レイダーたちの死だけが見つかるはずだ」

彼はうなずくと、警備隊の詰め所に待機していた部下を呼び出した。それから口元を隠して部下に何かの指示を出したあと私に言った。

「レイダーたちはあんたが殺したのかい？」

「違う。やったのは守護者だ」と、私は正直に言う。

彼はじっと私を見つめて、それから口を開いた。

「そう。あんたは守護者の手柄を橫取りして、私たちにいい印象を與えようとも考えないんだね」

「その必要が無いからな」

「どうして？」

「ならこうしよう。守護者もレイダーも俺が始末した。報酬を払ってくれ、今すぐに」

「本當に人間が嫌(きら)いなんだね。それとも人と接するのが怖いのかい？」

「止(よ)してくれ、そんなくだらない話をしに來たんじゃない」

「そうだね。悪かったよ、けど日が落ちて人擬きが活発にく時間帯になる。だから明日、部下を現場に向かわせる。あんたの言うことが正しかったら報酬を払うよ」

「わかった」

私は外套のフードをかぶると詰め所を出た。

雨腳(あまあし)はだいぶ弱まっていたが、泥濘(でいねい)に足を取られてひどく歩きにくかった。それでも早足でミスズのもとに向かう。

彼は醫療班の仮設診療所にいるはずだった。

『意外だね』と、カグヤの言葉が耳に聞こえた。

「なにが？」

『報酬のことだよ。もっとごねると思ってたから』

「そうだな。何かと絡んでくるだった」

『嫌(いや)なじだね』

「そうだね……でも、それも仕方ないことなのかもしれない。所詮(しょせん)、俺たちはよそ者なんだからな」

『何処(どこ)に行っても、私たちはよそ者……か』

仮設診療所には、診察に訪(おとず)れた多くの人間の姿があった。

「危険なことは何もなかったのですか？」と、ミスズは琥珀(こはく)の瞳を私に向ける。

「なかったよ。話が通じる守護者だった」。

「話が通じる守護者なんているのですか？」

「ああ、ちなみに黃いレインコートを著た守護者もいた」

「それって、私たちを襲撃した守護者じゃないですか！」

『正確には、敵だと勘違いして私たちが攻撃した守護者』と、カグヤが訂正する。

「それでもです。とても危険です」

ミスズは綺麗な黒髪を揺らして抗議した。

『アメって言うんだってさ』

「あめ……ですか？」

「子供型の守護者の名前だよ」私はそう言うと、厚い雲に覆われた空を眺めた。「元々、俺たちに対して敵意はなかったんだ」

「そうですか……分かりました」と、ミスズは言う。「でも、これから仕事の依頼をけるときには、私にも相談してほしいです……」

「ミスズはレイの相棒だもんね」と、いつの間にか近くにやってきたクレアが言う。

「そうです、相棒です」と、ミスズは大きくうなずく。

「今度からは気をつけるよ」

私はそう言うとミスズの跳ねた髪を直して、それからクレアに訊(たず)ねた。

「仕事はもういいのか？」

「うん、今日の診察は終わり」

「明日も診察か？」

「そうだよ。この鳥籠と組合の契約は明日までだからね。……それにしても、子どもの患者が多い。やっぱり不衛生な環境が悪いのかもしれない」

クレアは鳥籠を囲むように建つ超高層建築群に目を向けた。たしかに鳥籠の立地は最悪だった。時間帯によっては建のにって、日のも差さないのだろう。ジメジメとした鬱(いんうつ)な場所だった。

しばらくするとクレアはミスズを連れて何処(どこ)かで食事をするために出掛けた。私はブロック狀の〈國民栄養食〉を齧(かじ)りながら、醫療班の警護を続けた。夜にはテントが用意されて、そこで醫療班の人間は夜を明かすことになった。私とミスズは代で警護にあたったが、特に問題は起きなかった。

翌日、醫療班の警護をしていると警備隊長のから呼び出しがあった。ミスズに醫療班の護衛を任せると、警備隊の詰め所に向かった。

「守護者の姿は確認できなかった。あんたの言うことは正しかったよ」

警備隊長のは約束通りの報酬を払ってくれた。舊文明期の施設や商人との取引で使用できる電子貨幣が、私のＩＤカードに振り込まれた。確認するとそれなりの金額だった。

「それ以上は出せないよ」と、彼は頭を振る。

「いや、充分だよ」

鳥籠にもう一泊して、多くの人間の診察や治療を済ませると我々は帰路(きろ)につくことになった。〈ジャンクタウン〉に帰る道中も、何事もなく時間は平和に過ぎていった。し前までは略奪者の襲撃が頻発していたとは思えないほどに、廃墟の街は靜けさを取り戻していた。それでも私とミスズは気を抜くことなく、醫療班の護衛任務を継続した。

ジャンクタウンに到著して早々、見知った顔の男が我々に近づいてきた。

「戻ったか、レイ」

嬉しそうに駆け寄って來たのはヤンだった。彼は〈ジャンクタウン〉の名で知られる大規模な鳥籠の警備隊長をしていた。

迷彩柄の戦闘服にボディアーマーをにつけていて、首元には深緑の首巻をしていた。彼の目當ては私ではなく、彼の思い人であるクレアだった。

「帰ったよ。聞かれる前に言っておくけど、クレアは無事だ」

私の言葉にヤンはニヤリと笑みを浮かべる。

「どうしたんだ、レイ。もしかしてクレアに妬いているのか？」

「冗談は止してくれ」

クレアとの話に夢中になっているヤンを放っておいて、副隊長の〈リー〉に挨拶した。

「おかえり、レイ。ミスズもおつかれさま」

リーの表に冷たい印象を與えている細い目には笑顔が浮かんでいた。

「機嫌がいいみたいだな。何(なに)かいいことでもあったのか？」と私は質問する。

「クレアが帰って來たからだよ」と、リーは苦笑する。「これで當分、ヤンの愚癡を聞かずに済む」

「そう言うことか」私は思わず苦笑する。

ヴィードルをジャンクタウンの整備工場に預けると、ミスズと一緒に醫療組合に向かった。多くの買い客で賑わう大通りを進み、醫療組合の建にる。

ジャンクタウンの多くの建が、ジャンク品や廃材で作られた掘っ立て小屋であるのに対して、醫療組合の建は五階建てのしっかりとした建だった。

ジャンクタウンにある高級宿と同じようなつくりで、文明崩壊の混を生き延びた人々の手で改修された建だと言われているが、本當のことは誰にも分からない。

組合の玄関先には、人改造されていることが一目で分かる用心棒が立っていた。大柄の男は赤く発する義眼で私とミスズを睨んだあと、丁寧に頭を下げて、それから何も言わずに扉を開いてくれた。

〈ベアー〉と呼ばれていた用心棒の男は、無想だったが機嫌が悪いわけではなく、表現に乏(とぼ)しいだけだった。カグヤが言うには、度重なる人改造の影響でそうなっているらしい。

付にいたは私の姿を見ると舌打ちをした。赤髪に薄茶の瞳、その整った顔立ちには見覚えがあった。組合長の人か何(なに)かだったような気がする。娼婦(しょうふ)だと思っていたが、醫療組合の薄水のドクターコートを著ていることから、彼が組合の関係者だということが分かった。

「用件は？」とは冷たい聲で言った。

「醫療班の護衛任務が終わった」

「そう、それで」

彼の棘(とげ)のある言葉に、ミスズは困った顔で私を見た。

「報酬を貰いに來た。それから」と、私は銀のデータカードを懐から取り出し、付のカウンターに載せた。「組合に借りていた元保証のカードを返卻する」

彼はカードをけ取ると、小型の端末を私に差し出した。その端末に〈ＩＤカード〉を差し込むと、短い電子音が鳴り、報酬が振り込まれたことを知らせた。

「他に何か？」

私は頭を振ると、ミスズと一緒に組合の建を出た。

「なんだか私たち、付の人にずいぶんと嫌われているみたいでしたね」

ミスズはそう言うと、混雑する道で通行人にぶつからないように注意しながら歩いた。

「そうだな」と私は答えた。

「何か心當たりがあるのですか？」

「ないよ」

『彼の人につらく當たったからだと思う』と、カグヤが余計なことを言う。『それに彼がになっているところを見た』

ミスズは私の手を引いて立ち止まった。

「それはとても失禮なことですよ。どうなったら、そのような狀況になるのですか？」

「悪気はなかったんだ。というより、見せつけられたんだ」

迷そうに私たちの間を行く通行人に注意しながら、道路の脇にミスズを連れて行く。

「ちょっと意味が分かりません」

ミスズの言葉に私は頭を振ると、彼が納得するまで話をした。

「ずいぶんと時間を無駄にした」と私は言う。

「今度、彼に會ったら謝らないとダメですよ」

ミスズが腕を組んで言う。

「そうだな」

私はミスズの言葉に適當にうなずきながら、軍の資を販売している〈備蓄施設〉にっていく。

『〈Ｆランク〉の場許可証を所持した一般市民の場を確認。どうぞお進みください』

何処(どこ)からか機械的な合音聲が聞こえると、私とミスズは地下に続く通路を進み、閑散とした空間に出る。施設部の壁や天井、それに床は全(すべ)て同じ舊文明の特殊な鋼材で覆われていて、床には歩き心地のいい絨毯が敷かれていた。

床を掃除する自律型の掃除ロボットも複數確認できた。我々は小型ロボットに躓(つまづ)かないように気をつけて歩いて、部屋に設置された端末のひとつに近づいた。他の端末の前にも人がいて、買いをしているようだった。

端末の差込口にＩＤカードを差し込むと、ディスプレイにアニメ調に可くデフォルメされた〈アサルトロイド〉があらわれる。アサルトロイドは元々、を思わせるしい肢(したい)を持った機械人形だが、畫面に映るキャラクターは、丸みを持った三頭の姿で描かれていた。

そのアサルトロイドが『いらっしゃいませ』と、短い手足で可くお辭儀をする。それからアサルトロイドは畫面の隅にトコトコ移すると、購可能な品リストがディスプレイ中央に表示される。

「小さなアサルトロイドは可いですよね」と、ミスズが周囲を気にして小聲で言う。

「そうだな」と、私は苦笑する。

端末のディスプレイを作して、食料品の一覧を表示させる。するとアサルトロイドの絵柄が変化した。畫面にあらわれたのは、手提(てさ)げ袋を両手に持ち、走るアサルトロイドだ。手提げ袋からはネギが飛び出している。私は適當な種類の〈戦闘糧食〉をミスズと選び、數日分の量を購する。

【続けて購しますか】の表示に、【購する】を選択した。

項目から嗜好品(しこうひん)の一覧を選択すると、今度は酒瓶が散らばるテーブルに突っ伏し酔いつぶれているアサルトロイドが表示される。赤のカメラアイからは涙が零れていた。泣き上戸(じょうご)なのだろう。ウィスキーとタバコをカートンで購する。

「エレノアさんたちに會いに行くのですか？」と、ミスズが訊(たず)ねた。

彼の言葉にうなずくと、買いをしている人たちの迷にならないように小聲で言った。

「二十三區の鳥籠についての報を、イーサンから聞きたいからな」

「守護者が話していた鳥籠のことですか？」

「そうだ」

ミスズは困ったような表を見せると、下を噛んだ。

「あの……えっと、私も連れて行ってくれるのですか？」

「もちろん。俺たちは相棒だろ」

ミスズは花が咲いたような笑顔を見せるとうなずいた。

「そうです。私とレイラは同志(どうし)なのですから」

「そうだな。それで、ミスズは何かほしいモノがあるか？」

「いえ、今はとくにないです」と、彼は頭を橫に振る。

「そっか、何か必要なモノがあったら、遠慮しなくていいからなんでも言ってくれ」

軍の販売所を出ると、この街で報屋をしているイーサンに會いに、高級宿を兼ねる酒場に向かう。ジャンク屋が連なるジャンク通りを歩き、スカベンジャー組合の前を通り過ぎる。建のり口には知り合いの用心棒がいて、私は彼に聲をかけた。彼は顎を上げて私の言葉に反応するが、特に何も言わなかった。

ホテルにるとラウンジを抜け酒場に足を向ける。丸テーブルが並ぶ部屋の奧にカウンターがあって、イーサンの後ろ姿が見えた。テーブルに著く人間のほとんどが彼の傭兵団の人間だった。見知った數人に挨拶をしてから、私とミスズはカウンターに並ぶスツールに腰掛けた。

カウンターに突っ伏していた男が顔をあげた。

イーサンは彫が深く見栄えのいい顔をしていた。狼のように鋭い金の瞳に、手れのしていない無髭。よれよれの背広を著ていて遠目に見れば、ワイルドな風貌の格好のいいおっさんだった。

「調子はどうだ？」と私はイーサンに訊ねた。

「そうだな……相変わらずだよ」イーサンはらかい笑みを作ると、ミスズに挨拶した。

軍の販売所で購していたタバコのカートンとウィスキーをカウンターに載せた。

「土産だよ」それからバーテンダーの代わりに、カウンターの奧に立っていたに聲をかける。「エレノアもひさしぶり」

「そうですね、レイ」

エレノアは時を止めるような微笑みを浮かべた。

彼は灰を基調としたスキンスーツをにつけていた。それはミスズが裝備しているような、特殊部隊向けの高価な裝備で、パワーアシストなどの機能が盛り込まれている高能な代(しろもの)だった。

エレノアはその場にいるだけで異を魅了するタイプので、能的なスタイルの良(よ)さを持っていた。くすんだ金の髪は綺麗に切り揃えられていて、鮮やかな菫(すみれ)の瞳に見つめられると、思わず息を呑むほどだ。

「それで、今日は何が知りたい」

イーサンはそう言うと、私に意地悪な笑顔を見せる。

「二十三區の鳥籠について知りたい」

「うん？　お前さんはでも買いに行くのか？」

「を買う……ですか？」と。ミスズが困しながら言う。

「知らなかったのか。〈二十三區の鳥籠〉は、この辺(へん)じゃ有名な花街なんだよ」

「花街って、あの花街？」と私は訊(たず)ねた。

「どの花街かは知らないが、あの鳥籠は男とが好きな相手を選んで遊べる場所だ。酒を一緒に飲むだけの相手もいれば、寢てくれる相手もいる。そんな鳥籠だ」

「核防護施設があるって聞いていたから、ジャンクタウンみたいな街を想像していたけど違うのか？」

「あの鳥籠が特別なのは花街だからじゃない。住人のほとんどがで、それに加えて彼たちは全員同じ顔をしているからでもある」

「もしかして、縁者ですか？」と、ミスズが首をかしげる。

「縁者と言えば、縁者なのかもしれないな」と、イーサンはウィスキーをの奧に流し込んだ。「彼たちは〈クローン〉ってやつだよ」