奇妙な〈守護者〉との會遇(かいぐう)から數日、我々は廃墟の街で探索と地図の作を続けていた。

國道沿いには軍の検問所跡があって、機械人形の殘骸や劣化して使いにならなくなった軍の裝備品が放置されていた。検問所は道路を通行止めにする形で行われていて、兵士のための詰め所も道路脇に設けられていた。

ヴィードルから降りると、周囲に警戒しながらプレハブ小屋のような詰め所の部を確認していく。建の扉はなくなっていて、室には雑草が生い茂り、使えそうなものは何(なに)もなかった。

とうの昔にほとんどの部品が持ち去られてしまった軍用規格の車両を眺めていると、ミスズが縦していたヴィードルが突然、地盤沈下に巻き込まれて轟音を立てて縦の底に落下していった。異常な事態に驚きながらも、道路にできた大きな縦の側に慌てて駆け寄り、ミスズの無事を確かめる。

瓦礫が散する深いの底、砂煙の向こうに見えるヴィードルの車には、目立った損傷は確認できなかった。

「大丈夫か、ミスズ？」

しばらくの沈黙のあと、彼の聲が耳に聞こえる。

『……はい。ヴィードルが自で姿勢制を行ってくれたので無事です』

「そこから上がってこられるか？」

『えっと……はい。たぶん、大丈夫です』

ミスズはヴィードルのマニピュレーターアームを使って瓦礫(がれき)を退(ど)かせると、壁に近づいて、それからきを止めた。

「どうした、ミスズ？」

『えっと……この先に通路が続いているのが見えます』

「通路」と、私は首をかしげる。「地下に通路があるのか」

『はい。通路の奧に何(なに)かがあるのが見えます』

「わかった。そこで待っていてくれ、俺もすぐにそっちに向かう」

周辺一帯の索敵を行っていた〈カラス型偵察ドローン〉が戻ってきて、検問所の側にある〈電波塔〉の上に著地する。それからカラスは、くちばしを使って用に羽を整えていく。それは太で充電するさいに、ドローンだと怪しまれないための行だったと思うが、あまりにも自然で、本の鳥にしか見えなかった。

カラスにそっくりな偵察ドローンの仕草を見ながら、ガスマスクを裝著すると、縦の先を覗き込んだ。

『汚染はされていないみたいだけど？』と、カグヤの聲が耳に聞こえる。

「地盤沈下で砂煙が立っているから埃(ほこり)が気になる」

私はそう言うと、著地のさいに怪我をしないように、しっかりと足場を確認してからの底に飛び降りた。

ヴィードルの照明裝置を使って暗い通路を照らすと、瓦礫の先にしばかり広い空間があるのが見えた。そこには軍の弾薬箱や資がった木箱が積み上げられていた。反対の通路も気になったが、先に資が積まれている部屋を確認することにした。

弾薬箱には銃弾がぎっしり詰まっていた。ジャンクタウンにある〈軍の販売所〉で手にれられるモノと同じ舊文明期の技で製造された弾薬だった。保存狀態がいいのか、新品同然で問題なく使用できそうだった。

ミスズが乗るヴィードルを側に呼ぶと、重機関銃の弾薬を補充、裝填(そうてん)していった。それが終わると、ミスズと協力して狀態のいい弾薬を回収し、ヴィードルの後部に取り付けられた小型コンテナの中に積み込んだ。

木箱の中も確認していく。木箱は閉されていたが、近くにバールのようなものがあったので、それで箱をこじ開けていく。布や大量の〈放線防護服〉がっていた。それに食料が詰まった木箱もあった。

なんとはなしに木箱にっていた〈國民栄養食〉を手に取ると、白地に赤の字で商品名が書かれた特徴的なパッケージを開けて、ブロック狀の栄養補助食品を齧(かじ)ってみた。味は普段食べているものと変わらなかった。どういうわけか腐(くさ)ってはいなかった。そもそも腐るモノなのかも分からなかった。

回収できそうな資をまとめると、ヴィードルの小型コンテナに積み込んでいく。

「全部は持って行けそうにないですね……」

ミスズの言葉に私はうなずく。

「そうだな」

「殘りはどうするのですか？」

「弾薬はレイダーギャングに使用されないように、ここで破処分したほうがいいと思う」

「なんだか勿(もったい)ないですね……あの、私が拠點に運ぶのはダメでしょうか？」

腕を組むと、ミスズの提案についてあれこれと考える。

「それだと、この場所と拠點の間を何度か往復することになるよ」

「それでも構いません」

『でも』と、カグヤが疑問を口にする。『布も防護服も、そんなにいっぱいあっても仕方ないと思うけど』

「全部、売っちゃうのですか？」ミスズは困ったように下を噛む。

『ほしいの？』

「はい、ほしいです。あの、えっと……上質な布とか放線防護服とかって、ジャンクタウンにある軍の販売所でも手できるモノですけど、やっぱり高くて、どうしても買うことができない人が沢山いるので……」

『そういった人たちにタダであげるためにしいの？』

「はい……ダメでしょうか？」

私はバールのようなものを持って、部屋の奧にある木箱を開いていく。

木箱には大量の銃火がっていた。ハンドガンやアサルトライフル、狙撃銃もあった。食料品を専門に生産している〈三十三區の鳥籠〉でこれらの資を売ることができれば、それなりの利益(りえき)が期待できそうだった。

「なら、こうしよう」と私は言う。「ここにある資をミスズがヴィードルで運ぶのを手伝ってくれるのなら、布や防護服は全部ミスズにあげるよ」

ミスズは首をかしげた。

「あの、でも、ある程度の資を運ぶことは予定にあったので、それだと私だけが得(とく)をすることになると思います」

「それで構わないよ。それに、ヴィードルで運ぶっていっても大変だよ。拠點で荷を降ろすときには、ひとりで全部やらなければいけないし」

「レイラは一緒に來てくれないのですか？」と、ミスズは不安げな表をみせる。

「ここで資を見張っていなきゃいけないからな。俺たちがいない間にレイダーギャングたちがやってきて占領(せんりょう)したら大変なことになる」

「そうですね……」

資を布で包んだあと、複座型コクピットの後部座席に綺麗に詰め込んでいく。

それから二人で通路を引き返して、地面が崩落したときの瓦礫(がれき)を取り除いて、資を積み込むための作業空間をつくって、そこに木箱を運んでいく。私は素手で作業したが、ミスズはヴィードルのマニピュレーターアームを使ってまとめて木箱を運んだ。あらかた木箱を運び終えると、コンテナにりきらない木箱をロープで括り付けた。そしてミスズにヴィードルを縦してもらって、走行の邪魔にならないか確認する。

「では、行ってきます」と、ミスズが張した聲で言う。

「気をつけてね」

ミスズを見送ってから、カラスに指示を出して周囲の索敵を行ってもらう。

『ミスズ、張り切ってたね』カグヤの聲が耳に聞こえる。

「そうだな。ひとりで行かせるのは危険だと思うけど、ミスズの縦とヴィードルの腳なら、拠點まで安全にたどり著けると思う。けど何が起こるか分からないから、しっかりサポートしてあげてくれ」

『分かってる。それでね、ミスズはクレアの診療所に來る貧(まず)しい人や、が弱くて働けない人、それに孤児(こじ)たちにタダで布や防護服をあげるんだってさ』

「優しいんだな」

『普通、そんなことする人はいないけどね』

「この世界じゃ生きるも死ぬも、自分の努力次第なところがあるからな」

『泥水にさえ値(ね)がつく世界だからね』

「イーサンの目からは、俺もあんな風に映るのかもしれないな」

『報屋のイーサン？ どうしてイーサンが出てくるの？』

「前に言われただろ。お前はまるで別の世界から來た人間のように『無垢(むく)』だって」

『たしかに言ってたね。ミスズも海の底にある東京の施設からやってきた。それまで地上の人と関わりがなかったし、けた教育も違う。だから普通の人と違う考えかたができるのかもしれない』

大規模な鳥籠には教育機関があると知っていたが、地上の世界では、まともな教育をけている人間はほとんどいなし、學校なんて見たこともなかった。

資の整理が終わると、さきに安全確認だけを済ませていたもう一方の通路にっていく。通路の先には錆(さ)びた梯子(はしご)があって、地上の詰め所に繋がるり口があった。確認のために梯子を使う。

り口を施錠(せじょう)するのに使用していた錠前(じょうまえ)はひどく腐食(ふしょく)していて、れるだけで簡単に壊れた。地上に繋がる重い鉄(てつ)蓋(ふた)を持ち上げると、土や草、それに小さな昆蟲が隙間から落ちてきた。私は辟易(へきえき)しながら通路に戻る。

通路の突き當りには、階級の高い兵士に割り當てられたように見える小部屋があった。壁には綺麗なのポスターが飾られていて、私はしばらくビキニ姿のを眺めた。舊文明の広告に登場する人間は、男問わず驚くほど綺麗な容姿をしている。

それから舞い上がる埃(ほこり)や塵(ちり)にうんざりしながら部屋をしていく。

機の下に隠されていた金庫を見つける。電子ロックだったが、カグヤがあっという間に開けてくれた。金庫の中には銀のカードが幾(いく)つかと、恐ろしく重たい長方形の――まるでインゴットのような白銀のブロックが六個、それと見たことのないハンドガンが三(ちょう)あった。

ハンドガンは舊文明期の〈〉にも見えたが、シンプルな形狀をしていて、一般的に使われているモノと外見に大きな差はなかった。

ハンドガンを手に取って銃口を壁のポスターに向ける。手に馴染んで扱いやすく、とくに欠點はじられない。弾倉を抜いて確認する。弾倉自は特殊な構造をしていたが、隙間から見える弾薬は、火薬を使用する通常の弾薬が裝填されているように見えた。

『試しに撃ってみたら？』

カグヤの言葉にうなずくと、埃(ほこり)っぽい部屋を出る。

「そうだな。この部屋には、もう何もなさそうだ」

『さっきの〈データカード〉だけど、〈接接続〉で報を読み取ってみたよ。中は軍の作戦資料だった』

「何か、有益(ゆうえき)な報は？」と質問する。

『街のあちこちに設(もう)けた検問所の位置を示す地図と、そこに配屬された人員名簿があったけど、名簿はいらないかな。有益な報は――ちょっと待って……この場所に似た資の保管施設の位置報が幾(いく)つかあったよ。それ以外の報は、データベースに関する権限が必要になるから確認できない』

「そうか……保管庫は荒らされていなければいいな」

『そうだね』

「でも探索はまだできないな。まずは〈二十三區の鳥籠〉に行かないといけない」

梯子を使って地上に向かう。草を掻き分けて詰め所を出ると、手したハンドガンの弾倉を抜いて、弾倉に込められた弾丸を自が所持していたものとれ替えた。暴発の心配はなさそうだったが、念のためにできることはやった。

それからハンドガンを構えると、舊文明期の鋼材を利用して建てられた構造に照準を合わせる。通常の弾薬では壁の表面に引っ掻き傷ほどの小さな傷しかつかない。

けれど引き金はロックされていて、引くことができなかった。

「どうなっているのか分かるか、カグヤ？」

ハンドガンに視線を落としながら訊(き)いた。

『確認するからちょっと待ってね』

「ああ」

『……えっと、それを使うにはシステムの初期化をしたあとに、使用者の生報を登録する必要があるみたい』

「ＩＤ銃か、初期化と登録はすぐにできるのか？」

『うん。使用者は登録されていないようだから、レイが持っているデータベースの権限で簡単に登録できると思う』

カグヤの言葉のあと、銃を握っていた手のひらに靜電気にも似た軽い痛みが走る。

『登録が完了した。これでこのハンドガンを使えるのは、レイだけになった』

すると突然、耳に通知音が聞こえた。それから合音聲による事務的なの聲が聞こえてきた。

『第二種匿兵、■■■■が、■■■■所屬のレイラ・■■■用に初期化、登録されました』

『専用弾倉を裝填してください』

【選択可能弾薬】

通常弾〈炸裂弾頭〉

〈非炸裂弾頭〉

ライフル弾〈炸裂弾頭〉

〈非炸裂弾頭〉

ショット弾〈標準散弾〉

〈焼夷散弾〉

〈スラッグ弾〉

自追尾弾〈標準弾頭〉

〈ホローポイント弾〉

火炎放

ワイヤーネット

小型擲弾

【使用者制限あり】

〈各種■■■■専用弾頭〉

貫通弾〈対弾頭〉

反重力弾〈■■■■専用弾頭〉

重力子弾〈■■■■専用弾頭〉

―――

――

インターフェースに表示された弾薬の種類に圧倒される。

「こんなに多くの弾薬が使えるのか？」

『うん。どうやら高度に圧された特殊な鋼材を使用した専用の弾倉があって、それを裝填すると、選択した弾薬が使用時に瞬時に生されるみたい』

「専用の弾倉……もしかしてこれのことか？」

さきほど手していた長方形のブロックを手に取る。インゴットのような白銀のブロックはずっしりとしていて重たかった。

『うん。それだね』

もう一度ハンドガンを壁に向けて構えた。

ハンドガンの橫に拡張現実で表示されている項目を思考だけで作してみるが〈通常弾〉しか選択できなかった。専用の弾倉を使用しなければ弾薬の選択は不可能だった。

通常弾を選択すると、銃のスライドが左右に開いてハンドガンの形狀がわずかに変化した。スライドの上部にはホログラムで投影される照準が浮かび上がっていた。私は〈ホロサイト〉を見ながら、目標に照準を合わせて引き金を引いた。すると空気の抜ける小さな乾いた音がしただけで、騒がしい銃聲はしなかった。

『弾丸は壁を貫通したみたいだよ』とカグヤが言う。

構造に近づくと、指先で弾痕を確かめた。

「弾薬は今までのモノと同じなのに、どうしてこんなにも威力に差が出るんだ？」

『発されるさいに、何(なに)かしらの効果が付與(ふよ)されているのは確(たし)かだけど、私にはそれが何かまでは分からない。拠點にある整備室が使えれば調べられるかも』

「そうか……それは困ったな」

『何が？』と、カグヤは疑問を口にする。

「整備ができなければ、まともに裝備の運用ができない」

『それなんだけどさ、さっき拳銃と一緒に手にれたデータカードの一枚に、メモ書きみたいなモノが殘されていたんだ。そこにはハンドガンの整備が必要ないみたいなことが書かれてた』

銃を扱った経験がある人間なら、武の分解と組み立てを頻繁に行わなければいけないことは分かっていると思うが、このハンドガンはそれが必要ないらしい。

『複雑な機構(きこう)だから弄(いじ)るなってことかな？　ハンドガンには〈自己診斷機能〉と〈自己修復機能〉が備わっているんだ』

「そんなことまで自でやってくれるのか？」

訝(いぶか)しみながら手した貴重な兵を改めて眺めた。

「メモには他に何が書かれているんだ？」と、私はカグヤに訊(たず)ねた。

『ちょっと待ってね……えっと『何処へ行くときでもにつけていろ。警備関係のゲートも騙せるから問題ない。食事のときも手放すな、糞をするときもトイレに持っていけ、シャワーを浴びるときもだ。それが汚れたり濡れてしまうことは心配するな、兵には不要なものを排除する〈自己防衛機能〉が備わっている。眠るときも持て』それから……』

「それから？」

『と寢るときも、兵は手元に置いておけ……だってさ』

カグヤは小聲でそう言った。

「本當にそんなことが書いてあるのか」と、私は苦笑する。

『書いてあるんだからしょうがないでしょ！』

「そうか」と、私は笑いをこらえる。

『それで、レイ。もっとハンドガンを試さないの？』

「そうだな……今はあまり目立ちたくないからな。ミスズが戻ってくるのを大人しく待たないといけないし」

私はそう言うと検問所の側に引き返した。

『ところで』と、カグヤがつぶやいた。『初期化するときに、匿されて黒塗りになってた報があったでしょ？』

「あったな。すぐに視界から消えて、弾薬のオプションが表示されたから、ちゃんと確認することはできなかったけど」

『レイラの報を知っているみたいだったね。所屬がなんたらって』

「俺は別に冷凍保存されてないけどな」

『何それ？』

「ハンドガンのソフトウェアが製作されたのは舊文明期だろ？ 俺はその時代のことを知らないし、その時代に生きていなかった」

『それなら、どうしてレイの報が存在してるんだろう？』

「どうしてなんだろうな」

■

ヴィードルを使った資の輸送は順調に進んだ。

保育園の地下にある拠點での積み下ろしは、ミスズがひとりで行うには大変だったが、警備用ドロイドと家政婦ドロイドの助けで、問題なく作業ができた。それでも日が落ちるまでに輸送作業は終わりそうになかったので、私は検問所で野営することになった。

ミスズは納得していないのか、資を諦めようとしていたが、私が譲(ゆず)らなかった。手にれたモノを売って資金を手にれたいという下心もあったが、ミスズがほしいと言った資は諦めたくなかったのだ。彼が初めて私に頼んだモノだったし、彼の喜ぶ姿を見たかった。

夜には何かの人擬きが道路から縦の底に落下してきたが、バールのようなもので対処できた。そして驚くべき収穫もあった。

試しに手したハンドガンで人擬きを攻撃してみると、頭部を損傷した人擬きを無力化するだけにとどまらず、完全な死を與えることに功した。それは明らかに、ハンドガンが弾丸に付與した効果によるものだった。