《不死の子供たち【書籍販売中】》039 ゆりかご re
略奪者たちの死から適當に裝備品を回収すると、我々は〈二十三區の鳥籠〉に向けて出発した。薄暗い谷底にいる気分にさせる高層建築群の間を抜けると、急に視界が開ける。
視線の先には、無殘に破壊された建の殘骸が辺(あた)り一面に広がっている。高い建が殘っていないおかげで、青々とした空が遠くまで見渡せた。
舊文明期以前の建の殘骸だろうか、瓦礫(がれき)の間に作られた道に沿って進むと〈二十三區の鳥籠〉が見えてくる。
その鳥籠は〈ジャンクタウン〉のように、高い防壁に囲まれていた。
倒壊した舊文明期の建築の壁面を、そのまま壁に流用したものだ。隙間ができないように並べられた不揃いな壁を支えるように、港で見かけるような大型の輸送コンテナが積まれていて、それらを運ぶのに使用された作業用大型ヴィードルも壁の一部として、その場に放置されているのが確認できた。
多くの人間で賑わう鳥籠の場ゲート付近には、戦闘用に改造された作業用〈パワードスーツ〉を裝備し、アサルトライフルで武裝したたちが警備のために立っているのが見えた。
髪のや服裝に違いはあるものの、彼たちは皆一様に同じ顔をしていた。格のわずかな違いや顔の細かな傷、髪の長さやの違いで彼たちを判別するのは難しくない。とはいっても、彼たちの存在が不自然なことに変わりはなかった。彼たちがこの鳥籠の住人で、噂に聞く〈クローン〉で間違いないのだろう。
場ゲートには検問所が設けられていて、出りする人間すべてが審査の対象になっていた。私とミスズは検問所に続く長い行列を橫目に、商人の大型ヴィードルなどが止められている駐車場に向かう。
駐車場として利用されている空き地は瓦礫(がれき)が取り除かれ、適當に整備された場所になっていた。ヴィードルによって踏み固められた地面に雑草はあまり生えていなかった。駐車できる空間を見つけると、ミスズはヴィードルを停車させた。
周囲には商人や、彼らの荷の運搬(うんぱん)を行っている作業員が多く働いていた。もちろん、その中には同じ顔をしたたちも混ざっていて、作業員に指示を出しながら商人たちと何事かを渉していた。この場所では彼たちの存在は、普通の事として人々に自然にけれられているようだった。
ヴィードルの小型コンテナから、略奪者たちとの戦闘で手した戦利品を取り出していると、クローンのひとりだと思われるが、作業用パワードスーツを裝著した背の高い男と一緒に近づいてくる。
「兄ちゃん、そいつは売りか?」
私は手を止めると、に向き直った。
「そうだ」
「見たところ、あんたたちは〈スカベンジャー〉で、その銃火を売りに來たんだろ? この場所で商売を行う上での仕組みを知らないようだから、簡単に説明するけど構わない?」
「あんたたちは?」
「ゆりかごの関係者で、商人さ」
「ゆりかごですか?」と、ミスズが疑問を口にする。
「私たちはこの場所を〈二十三區の鳥籠〉とは呼ばないんだ。〈姉妹たちのゆりかご〉って呼ぶのさ」
鳥籠を囲む高い壁に視線を向けた。彼の言ったことが皮なのか、あるいはクローンを産み出す施設が本當に存在するのかもしれない。
「商売の仕組みとやらを簡単に説明してもらえるか」
「了解」彼は茶の瞳の端に笑顔を作る。「とくに決まった取引先がないのなら、この場で私たちに商品の査定(さてい)を頼んでもいい。査定は無料だ。けど商品につく値段が相場よりもよくなることはない」
理解したことを示すためにうなずくと、彼は話を続けた。
「けど悪いことばかりじゃない。あんたたちの売りは武だけど、この辺(へん)では掃(は)いて捨(す)てるほど武が流通している、がめつい商人に騙されて安く買い叩かれるよりかは、私たちに売ったほうがよっぽど利益が出せると思う。武は嵩張(かさば)るし、持って歩くのはしんどいだろ? うちに任せてくれるのなら、荷の運搬はこいつがやってくれる」
彼はそう言うと、となりに立っていた男の作業用パワードスーツのフレームを拳で叩いた。
「お願いしましょう、レイラ」
ミスズの言葉に私はうなずいた。
「そうだな。査定をお願いするよ」
はうなずくと、コンテナの武を確認していく。
略奪者との戦闘で手した大量の銃と弾薬、それに攜帯糧食。それ以外にも、軍の検問所跡で手した銃も木箱にれたままの狀態で運んできていた。
先ほどの略奪者との戦闘時にヴィードルを後方に待機させていたのも、木箱を下ろすためだった。戦闘の邪魔にならないように、カグヤの遠隔作で後方に下がらせて、小型コンテナと共に木箱を切り離したあと、ヴィードルを戦闘に復帰させていた。
は時間をかけずに、しかし、しっかりと商品の確認をしていく。アサルトライフルなどの小銃は、弾倉(だんそう)は全て抜き差しして、チャージングハンドルを引き、薬室の確認なども行う。手慣(てな)れているのか、あっという間に確認を済ませた。
「木箱にっているのは相當いいモノだったよ。でも、それ以外のモノは狀態があまり良(よ)くないね。弾薬も古いモノだ。それなりの値段しかつかないけど、どうする?」
私がうなずくと彼は持っていた報端末を作して、端末の畫面に値段を表示して私に見せた。期待していた以上の値段がついたのは、軍の検問所跡で手していた武のおかげだった。
私がIDカードを差し出すと、彼はそれを端末に差し込んだ。一瞬の間のあと、短い電子音が鳴って彼はIDカードを私に手渡す。
の報端末で連絡をけた作業員が木箱を持ってあらわれると、買い取ったばかりの小銃やら弾薬を手際よく木箱に詰め込んでいった。そのあと作業用パワードスーツを裝備した男が、木箱を軽々と肩に擔(かつ)いで何処(どこ)かに運んでいった。
男たちの作業をぼんやりと眺めていると、は思い出したように言った。
「私らと商売した人間には特典がつくんだよ」
「もしかして、検問所の列に並ばなくても鳥籠にれるのですか?」
ミスズの期待に膨(ふく)らんだ問いに、彼は頭を橫に振った。
「検問所はあるけど、商人専用のやつを利用できるのさ」
駐車場から直接鳥籠に出りできるためのり口は、壁の側に丁寧に積まれたコンテナの間にあった。そこにも検問所はあったが、數人の人間が短い列を作っているだけだった。
取引を終えて立ち去るさいに、はハンドガンについて訊(き)いてきた。
「見たことのないめずらしい銃だけど、そいつは売らないのか?」
「いや、こいつは売りじゃない。それに、俺以外の人間には扱えないんだ」
「もしかして舊文明期の〈〉? そいつは惜(お)しいな。相當の値段がついただろうに」
ハンドガンをホルスターから抜くと、銃を握ってに銃を差し出した。
「見てみるか」
「いいのか?」
彼ハンドガンを手に取ると、々な角度で眺めたあと、スライドを引こうとしたが、スライドはうんともすんとも言わなかった。
「故障してるってわけじゃないだよな?」
「ああ」
彼からハンドガンをけ取ると、弾倉の確認をして、それからスライドを引いてハンドガンを彼に渡した。
「ダメだ」とは言う。「こんなところで銃を撃つようなマネはできない」
「大丈夫だ。言っただろ、こいつは俺にしか扱えない」
彼は半信半疑だったが、コクリとうなずくと空に銃口を向けて引き金を引く。もちろん弾丸は発されなかった。彼は何度か引き金を引いたが無駄だった。
「たしかにあんたの言う通りだった。でも、あんたが撃つところを確認しなければ、本だって信じられないね」
彼からハンドガンをけ取ると周囲を確認して、それから空に向けて撃を行う。
銃聲はほとんどしなかった。薬莢(やっきょう)が地面に落ちたときの音のほうが大きかったくらいだ。
「驚いた。そのハンドガンは本當に〈〉なんだね」彼は地面の薬莢を拾い上げると、笑顔で私に手渡す。「いいもの見せてもらったよ」
■
検問所の列に並んで順番を待っていると、カグヤが突然言う。
『なんで銃の自慢をしたの?』
「いや、してないけど」
「いいえ、していました」とミスズが言う。
「銃について聞かれたから答えただけだ」
「そうは見えませんでした」
『うん、見えなかった』と、カグヤがミスズに同意する。
やれやれ。と、私はワザとらしく頭を振った。
「分かったよ、それで構わない。で、自慢だったらなんだって言うんだ」
『開き直った』カグヤが言うと、ミスズはうなずく。
「開き直りましたね」
しばらく沈黙が続いて、それからミスズ言った。
「でも、銃のことはにしたほうがいいと思います」
「貴重なだから?」と、私は訊(たず)ねた。
「はい。カグヤさんの件と同じだと思うのです。カグヤさんのことを知れば、そのを探ろうとする人間は必ずあらわれます。銃も同じだと思います。たとえ扱えなくても、を奪おうと考える人間は出てきます」
「……そうだな。軽率だった」
「そうです、レイラは軽率でした」と、彼は頬を膨らませる。
「反省するよ」
検問所で一通り調べられると、私は警備隊のに訊(たず)ねた。
「武の所持は?」
「可能です」
整った顔立ちと茶の瞳は、先ほどの商人のとそっくりだった。
「ですが、死にたくなければ発砲は控えることですね」
「死ぬ……ですか?」
ミスズは首をかしげた。
「武裝した姉妹は街の至るところにいます。彼たちに殺されたくないのなら、面倒事は起こさないでください。ゆりかごでは姉妹たちが法ですから」
差し出された端末にIDカードを差し込むと、彼が所持する別の端末で本人確認のためのスキャンが行われる。
「人がいっぱいです」
ミスズの言葉に同意した。ジャンクタウン以外で、これほどの數の人間を見るのは初めてのことだった。
『レイ、気がついた?』と、カグヤの聲が耳に聞こえた。
「何を?」
『あちこち飛んでる小さな昆蟲は、ほとんどドローンだよ』
意識を向けることで、不自然な羽蟲の存在に気がついた。小さな昆蟲型ドローンが至るところにいて、通りを行く人々に監視の目を向けていた。
「監視対象は?」
『鳥籠にやってきた買い客だと思う』
汗臭い人々の間を歩きながら、鳥籠の様子を確認する。
大通りにはホログラムの広告看板が多く設置されていて、景観が騒がしかった。ネオンサインで飾られた昔ながらの看板も多く目につく、〈姉妹たちのゆりかご〉と呼ばれる鳥籠は、ジャンクタウンよりも活気づいているようにじられた。
〈クローン〉だと思われる姉妹たちは、検問所のが言ったように街のあちこちにいた。彼たちは、それぞれが異なった仕事を持っているようだった。商人だったり、武を所持した警備隊員だったり、娼婦でもあった。変わらないのは、皆一様に同じ顔をしていることだけだった。
私とミスズは、見世小屋や野外劇場で賑わう通りを離れて宿を探す。
日が落ちればきが取れなくなるし、この後のことも考えなければいけない、とにかく今は何処(どこ)かで落ち著きたかった。
歩いていると、同じ顔を持つ姉妹たちに何度も聲をかけられ、腕を引っ張られ娼館に連れて行かれそうになる。きつい香水の臭いに顔をしかめながらも、丁寧に一人一人斷っていく。
ミスズはそれが面白くないのか、終始、不機嫌だった。
「レイラの容姿は気を引きますから」と、ミスズは不貞腐れる。
「ミスズも買い客の気を引いているけどな」
私は肩をすくめると、荷の中から首巻きを取り出し口元を隠した。けれど今度は鳥籠の警備隊員に睨まれ、昆蟲型の監視ドローンに付き纏われることになった。
大通りから離れて、腐臭が立ち込めるドブ通りを進み、やたらと絡んでくる酒臭い酔っぱらいをあしらいながら鳥籠の中心に向かう。
「宿を取るのですか?」とミスズが言う。
「そうだ。もう日が落ちるし、保育園の拠點に変えるには遠すぎるからな」
「宿に泊まるのは初めてです」
ミスズは笑顔になる。
「俺も初めてかな」
「レイラもですか?」
「ジャンクタウンに拠點がないころは、廃墟で適當に夜を明かしていたからな。保育園の拠點を手にれてからは、眠るところには困らなくなったけど」
「そう言えば、保育園の拠點はどうやって見つけたんですか?」
「あそこはカグヤが――」
突然、廃材でつくられた掘っ建て小屋の扉を突き破って、小汚いオッサンが目の前に転がり込んできた。男は頭でも打ったのか、気絶していて死んだようにかなかった。
「あれ、ミスズだよね? こんなところで何(なに)してるの?」
聞いたことがある聲がして掘っ建て小屋に視線を向けると、廃墟で出會った日本人形にも似た綺麗なが立っていた。
彼は菜の花の瞳を持つ雙子のひとりだった。
「あの、えっと……ユウナさんですよね?」
ミスズは突然の事態に驚いていた。
「そうだよ」と、ユウナはらかい笑顔を見せた。「ネズミの君も元気?」
「ネズミじゃない、レイラだ」
「レイラね。うん、覚えた。私はユウナ」
「よろしく、ユウナ」
私はそう言うと、周囲に視線を向けた。
我々を囲むようにして、野次馬が集まってきていた。大通りを行く人間と違って、集まって來た人間の多くは貧相(ひんそう)な形(みなり)をしていた。人が集まれば、それなりの騒ぎになる。けれど警備隊の姉妹たちは姿を見せない。
「どうしたの、レイ?」と、ユウナは馴(な)れ馴れしく言う。
「警備隊員がこの騒ぎに駆けつけてくると思ったんだ」
「來ないよ」とユウナは手を振った。「この地區で騒ぎを起こす人間はいないし」
私は地面に転がる男に視線を向けた。
「そいつは例外。娼婦の子をいじめていたの、だから私がお仕置きしに來たの」
「それは、つまり君がこの鳥籠の関係者ってこと?」
「そうだよ。言ってなかったっけ」
「そう言えば、言っていたな」
「まぁ、いいや」
彼は腰に吊るしていたコンバットナイフを抜くと、倒れていた男のに突き刺し、そのまま橫に裂いた。男を殺すことに何の迷いも躊躇(ちゅうちょ)もなかった。
ユウナの行に驚いたミスズが顔を青くする。
「どうしたの、ミスズ?」とユウナが言う。
「あの、いえ、突然だったので」
「自業自得ってやつだよ。この男は姉妹のひとりに手を出した。それってさ、ゆりかごの姉妹を全員、敵に回す行為だもの」
「姉妹たちは何者なんだ。どうして皆、同じ顔をしている?」と、私はユウナに訊(たず)ねた。
「それは姉妹だから。それ以外に何を知りたいの」
雙子の片割れ、ヒスイの瞳をしたが掘っ立て小屋から出てくる。彼の手には大ぶりのコンバットナイフが握りしめられていて、粘度の高いがナイフの先から滴り落ちていた。
「また會ったな……えっと」
「ユイナよ」と、ヒスイの瞳を持つが言う。
「よろしく、ユイナ。俺はレイラ」
「知ってる。會話を聞いていたもの」
「そうか、それで――」
「ここではダメ。ついてきて」
背中を見せながら大通りに向かって歩き出したユイナに聲をかけた。
「あの死はどうするんだ」
「どうもしない。彼らが勝手に処理してくれる」
周囲に視線を向けると、路地裏に集まっていた浮浪者のような人間が目に付く、彼らのガラス玉のような目に寒気をじた。
「処理って、まさか喰(く)ったりしないよな」
「知らない、興味ないもの」
私は溜息をつくと、ミスズの手を引いてユイナとユウナのあとを追った。
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