《不死の子供たち【書籍販売中】》041 罰 re

シンが用意してくれた部屋は個室で、元々は士が使っていたモノだと聞かされた。そこまで気を使ってもらう必要はないと言うと、シンは気にしなくてもいいよと笑った。どうせ部屋はあり余(あま)っているのだから、と。

どうやら地中に埋まった舊文明期の戦艦に搭乗しているのは、シン以外だとユイナとユウナの雙子だけだったようだ。

「鳥籠で暮らす姉妹たちは、戦艦に乗らないのか?」

私の質問に、シンは苦笑いをみせる。

「姉妹たちは、この戦艦のことがあまり好きじゃないんだ」

『見て、レイ』と、カグヤの得意(とくい)げな聲が耳に聞こえる。

白い殺風景な部屋の中央、床から粘度の高いが染み出すと、床と全く同じ素材で出來た丸テーブルが生される。どうやら艦のシステムに干渉(かんしょう)することで、カグヤが想像したとおりのモノがつくれるようだ。

「興味深いな……艦の他の場所でも、そうやって自由にモノが作れるのか?」

『船員個人に割り當てられた部屋だからできることなんだと思う。ほら、私がいなくても壁の端末を作すれば簡単に家がつくれるみたい』

カグヤが言うように、部屋の出口近くの壁にはディスプレイが付いた小型端末が設置されているのが見えた。

『でも他の場所は――』と、カグヤは続ける。『たとえば重要な設備がある空間とかでは、艦の構造を変化させるようなモノは造れないようになっていると思う。通路の真ん中に障害になるようなモノを作られちゃったら大変でしょ?』

「それもそうだな。それなら直接システムに接続しているカグヤは、艦の他の場所でもそれができるのか?」

『それは難しいかも。さっきも言ったけど、ここは個人で使用する部屋だから、簡単に戦艦の機能にアクセスできたんだと思う。ほかの場所では高度なセキュリティが敷かれているから無理だよ』

カグヤの作によって形された丸テーブルの表面が、まるでのように流的にくと、小さなヴィードルの模型がテーブルの上に形作られる。

『見て、すごいでしょ?』

「確かにすごいな」と、私は素直に心する。「ヴィードルのや細かい部品も綺麗に再現できているんだな」

『うん。なんでも自由につくれるみたい』

「武は作れるか?」

『ううん、武はダメだった。さっきも試してみたけど無理だった。それに床から離れるモノはつくれないみたいなんだ』

「どういうことだ?」

『そのヴィードルの模型を持ち上げてみて』

カグヤに言われるまま模型を持ち上げてみる。

「ダメだ。テーブルにくっ付いて離れない。固定されているのか?」

『そうだよ。その方法で何(なに)かをつくるときには、艦の壁や床との接點がないといけないんだ』

「無理やり持ち上げたら?」

『やってみて』

簡単に折れそうに見えた模型の細い腳は、力をれても全くテーブルから離れようとしなかった。軽自車すら持ち上げられる力を込めてもビクともしなかった。

「ダメだ。まったくかない」

『そのまま思いっきり引っ張り続けて』

言われた通りに力を込めていると、パキンと甲高い金屬音がして、模型の腳が割れて持ち上がった。しかしテーブルから離れた模型が原形を留めていられたのは、ほんの一瞬の間だった。

模型が粘狀の白いに変わり、指の間から零(こぼ)れ落ちるのを見ながら訊(たず)ねた。

「これはなんだ?」

『おもしろい質だよね』

溶け込み混ざり合うようにして床に染み込んでいく不思議なを見ながらうなずく。

し気味が悪いけどな」

部屋と廊下をつなぐ扉の橫に収納されていた端末から、短い電子音が聞こえる。どうやら訪問者を知らせる通知音だったようだ。

端末に備わるホログラム投影機からのディスプレイが浮かび上がり、來訪者の姿を映し出した。

『よかった。まだ寢ていなかったんだね』

ディスプレイにはユイナを連れたシンの姿が表示されていた。

「仕事についての話し合いは明日だと思っていたが……?」

『別件だよ。レイラが暇をしていたら、ぜひ付き合ってもらおうと思ってね』

端末を作すると、扉はスライドするように橫に開いた。

「何かトラブルか?」と、扉の先に立っていたシンに訊(たず)ねる。

「うん。レイラは〈不死の導き手〉って呼ばれている教団のことは知っているよね?」

「もちろん」

「その教団の〈宣教師(せんきょうし)〉が、この鳥籠で悪さをしていたから捕らえたんだけど、レイラも尋問に立ち會ってみる? 彼らの向について知るいい機會だと思うんだ」

「どうして俺が教団のことを気にすると思うんだ?」

「レイラは教団と(も)めたって聞いていたからね」

「誰に聞いた?」

報屋だよ。名前は明かせないけど」

「……イーサンだな」

私の言葉にシンは微笑むだけで何も言わなかった。

『やっぱり、胡散臭(うさんくさ)いおっさんだね』と、カグヤが毒を吐く。

「一緒に來るかい、レイラ?」

「行くよ」

とくに何も持たずに部屋を出た。太(ふと)(もも)のホルスターにはハンドガンが収まっていたし、ベルトポケットには予備の弾倉が挿してあった。

「ミスズさんも呼びますか?」

シンの質問に私は頭を橫に振った。

「いや、休ませておこう」

我々はく歩道に乗って広い船を移する。その間、ずっと黙りこんでいたユイナに、私は気になっていたこと訊(たず)ねてみた。

「ユウナは一緒じゃないのか?」

「彼はミスズと一緒にいる」

「そうか……。それで、二人はいつからシンと?」

「あなたに関係ない」

「たしかに」と私はうなずいて、それから不躾(ぶしつけ)な質問をした。「……そう言えば、ユイナは〈姉妹〉たちに似ていないけど、二人は〈クローン〉じゃないのか?」

「違う」

「いつからこの鳥籠に?」

ユイナは何も言わなかった。

シンに視線を向けると、彼は微笑んでから肩をすくめた。

「ごめんね。普段のユイナはもっと機嫌がいいんだ」

白い合を持った人型の機械人形〈ゴーレム〉とも何度かすれ違った。どうやら船の巡回警備をしているようだ。

「戦闘用の機械人形だって聞いていたけど、ゴーレムは武裝していないんだな」

シンは首をかしげたあと、私の視線の先にある機械人形を見る。

「ゴーレム? ……ああ、〈シキガミ〉のことか。彼らはその場で武を生できるから、所持している必要はないんだよ」

「そのシキガミは船の壁や床を材料にして武を生できるのか?」

「そうだよ」

「武はつくれないと思っていたよ」

私の言葉にシンは微笑む。

「そっか、レイラは部屋に備え付けられている機能を試したんだね。部屋に設置されている端末があれば自由に部屋の模様替(もようが)えができるけど、警備上の理由で武はつくれないようになっているんだ。けど〈シキガミ〉は保安システムによって、その武を生する権限が與えられているんだよ」

シンは名稱(めいしょう)がハッキリしない機械人形を我々の側(そば)に呼んだ。

それから何(なに)か指示を出すと、男型のシキガミは何もない床に手をかざした。すると床から粘狀のが空中に浮かび上がって、シキガミの手の中でライフルを形していく。その白いライフルは見たことのない形狀をした兵だった。

それを見た私は素直に心する。

「すごいな。部屋で家をつくっていたときとは、まるで次元の違うことをしているようだ。兵に使用される弾薬もそうやって生されるのか?」

「そうだよ、好きなだけ弾薬が生できる。でも欠點もある」

「欠點……もしかして、艦でしか武を生できない?」

「そう。でも彼らはあくまでも艦の警備を擔當しているだけだからね。船で機能していれば、それで充分なんだ」

白い合を持つシキガミを見ながら訊(き)いた。

「機械人形はどれくらいの數がいるんだ?」

「わからない」と、シンは頭を振る。「正確な數は把握していないんだ。シキガミは船のあちこちにいて、基本的に僕から指示を出さなければ、自由に整備やら警備をしているからね」

「不安にならないのか?」

「不安……彼らが反逆しないかってこと?」

私はうなずいた。

「どうなんだろうね、考えたこともないよ。心ついたころからシキガミたちとは一緒だったし、彼らは僕に何(なに)かを強制することもないからね」

「シキガミは人間のように言葉を話すのか?」

「ううん、それは他の機械人形と同じだよ。簡単な意思表示のためだけに言葉を使う」

シキガミに視線を戻すと、彼は無表で私を見つめていた。

エレベーターに乗り込み、そして艦橋から外に出る。格納庫の大きく開いた出り口からは、暗い空と鳥籠の大通りに燈(とも)る広告看板のホログラムやネオンサインの明かりが見えた。

「レイラ、こっちだよ」

武裝した姉妹たちに護衛されながら我々は格納庫を出た。それから大通りに向かわずに、薄暗い路地にって道沿いに進んだ。しばらく人気(ひとけ)のない通りを行くと、ブロック塀で囲われたブレハブ小屋のような四角い建が見えてきた。

留置所(りゅうちじょ)、あるいは牢獄(ろうごく)として使われている建の周囲には、數人の姉妹がいて警備を行っていた。彼たちは我々の存在に気がつくと扉を開けてくれた。

埃(ほこり)っぽい部屋は天井から吊るされた弱々しい照明によって薄暗く、壁には卑猥(ひわい)な落書きや、無意味な記號が彫られていた。格子のある小さな窓が天井付近にあるが、それでも狹い部屋が息苦しいことに変わりなかった。錆びた長機の向こう側に手錠をされた年配の男がひとり、背もたれのないパイプイスに座って我々を睨んでいた。

私は壁に寄りかかると、事のり行きを見守ることにした。

「こんばんは」と、シンは落ち著いた聲で言った。

〈不死の導き手〉の特徴的な紺のコートを著た〈宣教師〉はシンを睨んだ。

「私が誰なのか知っていて、こんなことをしているのか」

「誰って、あなたは拐犯でしょ?」

「ふざけるな! 不死の導き手を侮辱(ぶじょく)するつもりか!」

顔を赤くする宣教師に向かってシンは微笑む。

「〈姉妹たちのゆりかご〉では、君たちの布教はじていたはずだけど、それについてはどう思う?」

「神の言葉は、人間の法で縛られるものではない」

「神ね……なんでもいいけどさ、姉妹たちのひとりを攫(さら)おうとしたよね?」

宣教師はそっぽを向くと何も言わなかった。

「〈三十三區の鳥籠〉で起きた一連の騒で、君たちは何も學ばなかったみたいだね」

シンの言葉を聞くと、宣教師は凄(すご)んでみせた。

「レイダーギャングと連(つる)むような連中がどうなろうと、我々には関係のないことだ。なにより、奴らはすでに教団から破門されていた」

「それなら、この辺(あた)りにできた支部が潰されていても教団には関係のないことだね」

宣教師は目を見開いた。

「何を言っている……」

「報復(ほうふく)だよ。當然でしょ」

「報復だと? 我々は貴様らとの接點はなかったはずだ」

「住人のほとんどが殺された〈三十三區の鳥籠〉には、姉妹たちのひとりがいたんだ」

「なんだと? それだけの理由で信者たちを殺したのか――お前は何者だ?」

ユイナが壁際から運んできたパイプイスに座りながらシンは言った。

「この鳥籠の責任者だよ。もちろん、警備も兼任している」

「お前のようなガキに警備を任せるほどに、この鳥籠は人材が欠けているのか?」

「逆だよ。優秀だから仕事を任されている」

宣教師はシンの黒い瞳をじっと覗き込んで、それから言った。

「お前は我々の支部を潰したと言った。それが本當のことなら、お前はたったひとりの人間の復讐のために、罪のない大勢の信者を殺したことになる」

「罪のない人間なんているのかな?」シンは首をかしげた。「でも、そうだよ。殺した。當然でしょ? 僕は家族を殺されたんだから」

ふと〈三十三區の鳥籠〉に調査に向かったときのことを思い出した。

鳥籠の人間は無殘に殺されていて、地面に掘られたに無造作に放り込まれていた。そこに慈悲はなかった。

「神の天罰をも恐れぬ行いだな」

宣教師の言葉にシンは鼻で笑う。

「天罰だと? お前たちの神は機械の(からだ)を持つ〈守護者〉じゃなかったのか? それとも、僕らに〈守護者〉をけしかけるつもり?」

宣教師は黙り込んでいたが、やがて口を開いた。

「……私をどうするつもりだ」

「報(むく)いをけてもらう」

シンがそう言うと、姉妹たちは宣教師がけないように、彼の(からだ)を押さえつけた。

宣教師は拘束を解こうとして、必死になって暴れる。

「報いだと、私が何をしたというんだ!」

「お前は姉妹たちを拐しようとした。狙いは何だ? 何を企んでいる?」

拐などしていない、濡れだ!」

ユイナは報端末を取り出すと、宣教師が見えるように映像を表示させた。畫面には姉妹のひとりを無理やりヴィードルに乗せようとしている宣教師の姿が映しだされていた。

「お前は僕の家族を奪った組織に所屬しているだけでなく、大切な家族を拐しようとした。だから二度と奪えないようにする」

シンが立ち上がると、彼がにつけていた軍服の袖が粘狀のに変化して、瞬(またた)く間に刀(かたな)を形する。照明に照らされた不気味な黒い刀は、脈(みゃくどう)するように微(かす)かに震えていた。

「それはなんだ? 止めろ、私に近寄るな――」

刀が振るわれると、宣教師の両腕が切斷される。不思議なことに、は噴き出さなかった。

宣教師の不快なび聲を無視して、私は切斷面に注目した。タールを塗り付けたような、黒く粘度の高いが腕の切斷面に付著していて、その周囲の皮はまるで壊死(えし)したように黒くなっていた。

その黒い刀は、いつの間にか白い軍服の袖に戻っていた。

「終わったよ、君は適切な罰をけた。このあとは自由だ。何処へでも好きなところに行ける」シンは宣教師に興味を失くしたのか、素っ気無く言った。

宣教師は痛みにしばらく唸っていたが、やがて言葉を吐いた。

「私にこんなことをして、タダで済むと思うなよ」

「僕から家族を奪おうとして、お前と同じ罰(ばつ)をけた人間は、何(なに)も君が初めてじゃないんだ。そのセリフも何度となく言われてきた。でもさ、ほら、僕は今も元気だ」

宣教師は涙と鼻水を垂らしながら言った。

「いいや、お前は天罰をけている。現に何度も家族とやらを奪われそうになっているじゃないか」

シンは微笑みを絶やすことなく言った。

「君みたいな人間は事の全(すべ)てを神だとか、試練だとか、天罰だとかに絡めようとする。僕はね、そう言ったことにはウンザリしているんだ。説教がしたいのなら相手を選べ」

シンは警備隊の姉妹たちに宣教師を任せると、私に聲をかけてから建を出ていった。

私はシンの後について歩きながら言った。

「他のやり方はなかったのか?」

シンは足を止めて腕を組んだ。

「穏便(おんびん)に済ませることはできたけど、彼らは諦めが悪いからね」

「こんなことが本當に何度も?」

「そうだよ。鳥籠の近くにできた教団の支部を潰してからは、狀況がもっと悪くなった。〈不死の導き手〉はトラブルばかり持ち込む」

格納庫に向かって歩きながら、私はぼんやりと考えていたことを口に出した。

「こんなことしか言えないけど、〈三十三區の鳥籠〉に住んでいた姉妹は気の毒だったな」

「……彼は新婚だったんだ」そう言うシンの聲は微(かす)かに震えていた。

「もしかして、彼の夫も殺されていたのか?」

「殺されていたよ。彼と一緒の場所にはいなかったけど」

「そうか」

「そんなこと、知りたくなかったけどね」

「どうして?」

「彼は彼の側(そば)にいて、彼を守るべきだったんだ。最後の瞬間まで」

「妻を置いて逃げ出したと?」

しばらくの沈黙のあと、シンは言った。

じの良い商人だったんだ。彼も彼のことを信用していた。だから僕らも祝福した。なのに……」

『ねぇ、レイ。その商人って、もしかして人擬きに襲われた若い男のことかな?』

カグヤの言葉にハッとして、それから男の特徴について話した。

「どうしてそれを知っているの?」

シンは驚きに顔を上げた。

「〈三十三區の鳥籠〉の調査を依頼されて、あの時期にちょうど鳥籠を訪(おとず)れていたんだ」

「それで」と、今までずっと黙っていたユイナが口を開いた。

「黒髪の若い商人の最期を看取ったよ。彼は易に出ていたみたいで、鳥籠が宗教団の襲撃をけたときには不在だった。でも妻のことが心配になって鳥籠に戻った」

私の言葉を聞いて、シンとユイナは足を止めた。

「でも妻が心配で気持ちが急(せ)いていたのか、廃墟の街で人擬きに襲われてしまった」

「それは噓ですね」とユイナが言った。「彼には銃弾をけた痕があった」

「俺がやったんだ」と、私は溜息をつく。「彼は人擬きに襲われて染していたから」

「それじゃ、彼の夫はひとりで逃げ出したわけじゃないのね」

「ああ、それは間違いなよ」

「……そうか」と、シンの頬に涙が流れる。「彼はちゃんとされていたんだね」

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