「ふむ、ここまでは予定調和といったところか」

ルボーアaの地形図を見ながら、ディアローズが鞭を鳴らす。現在、帝國艦隊はルボーアaの軌道上にいた。周囲に敵影はない。しかし、皇國艦隊が星の地表付近で潛伏していることは明らかだ。

「殿下、いかがいたしましょう」

「いかがも何もない。敵は數も質も劣っているのだ。で、あるならば相手の取ってくる戦はゲリラ戦法以外に選択肢はない」

腕を組みながら、何を愚かなことを言っているのだといわんばかりの表でディアローズが參謀の問いに答える。

「ならば我らの取るべき選択肢も一つ。敵のペースに乗らず、正面から踏みつぶす。徹底的に敵の妨害策を排除するのだ」

そう言って彼は鞭の先端でメインモニターに映る星ルボーアaを指さした。

「まずは本艦のみ先行させる。他の艦は即応制のまま後方で待機せよ」

「まさか、殿下自ら囮になるおつもりですか！？」

総旗艦"オーデルバンセン"は皇族仕様の大型戦艦だ。真紅の塗裝が基本の帝國艦の中では珍しく黒金の塗裝を採用しているという點でも、非常に目立つ。そんな悪目立ちする艦で先行するなど、撃ってくださいと言っているようなものだ。

「當たり前だ。大を狙うならば餌も相応のものでなければならぬ。姿を隠して出來るだけ時間を稼ごうというのも向こうの戦なのだぞ？　それに付き合って星上をいちいち索敵して回るなど、あまりにも愚劣！」

衛星軌道上から相応の偽裝を施してあるであろう皇國艦隊を見つけ出すのは不可能だ。こちらも地表に降り、至近距離から探すほかない。

しかし、地表での戦闘は高度を上げれば上げるほど不利というのがこの時代のセオリーだった。姿を隠すのが難しくなるうえ、敵の線に曬されやすくなるからだ。それゆえに地上すれすれを飛行しながら侵攻することになるが、地形に衝突するリスクを考えれば當然航行する速度は低くせざるを得ない。

「それに、遠距離からの砲撃に多被弾してもなんということはない。この"オーデルバンセン"は特別裝甲が厚いのだぞ？　それを有効活用するのは當然のことだ」

「も、申し訳ありません！」

ディアローズの放つ威圧に、參謀はおびえた様子で謝罪した。彼の聲はとてもしいが、鞭で打たれるような一方的かつ暴力的な響きがあった。強く言われれば、どの部下も異論をはさむことなどできなかった。

「理解できたのならば疾く実行せよ！　言われたことすらできぬ軍人など野良犬未満であるぞ！」

「はっ！　舵そのまま逆噴、三十秒！」

「舵そのまま後進、噴三十秒」

艦長の命令を舵手が復唱し、"オーデルバンセン"は船各部のスラスターを逆噴した。周囲の艦艇が後ろに流れ始める。対地速度を減速させたのだ。軌道が下がっていき、だんだんと眼下のルボーアaが大きくなっていく。

「軌道近點に到達、高度三萬。敵要塞砲の程と推定されます」

「さらに減速だ。高度三萬を維持せよ。主砲も榴弾を裝填しておけ」

"オーデルバンセン"のメインロケットが微かに噴炎を放ち、すぐに沈黙する。重力の小さい星だから、減速するにも加速するにしても噴はわずかで済む。

「さてさて。あとは敵が喰らいついてくるのは待つだけだ。幸い(・・)にも妾(わらわ)は嫌われているからな、我慢のならぬ駄犬がすぐに引っかかるだろう。くくく……」

不適にほほ笑むディアローズ。そしてその予測は見事に的中した。

「高熱源反応知。敵弾、來ます！」

それから十數分後、索敵オペレーターが迫した聲でんだ。艦長が回避を命令するより早く緑の線が"オーデルバンセン"の艦底に著弾した。しかし、そのビームは裝甲を貫通せず塗裝を焦がしただけだ。ディアローズが信頼するだけある素晴らしい防力だ。

「よし！　発地點を割り出せ！」

最初から囮になるつもりでセンサーを全開にしていたため、敵の位置はすぐに分かった。學カメラがとらえた遠映像がモニターに映し出される。數機のストライカーがの丈より巨大な砲撃ユニットに搭乗し、その砲口をこちらに向けている。

「ちっ、機砲陣地か。まあいい、そう広くは展開していないはずだ……各艦に通達、このポイントに降下せよ！　"オーデルバンセン"は反撃だ！　上陸支援の後最後に降下する」

「はっ。　主砲照準合わせ！」

姿勢制スラスターが焚かれ、巨大な船が見た目にそぐわぬ機敏さでくるりと旋回する。裝備された三連裝四基の複合砲(コンポジットガン)の砲口が、攻撃をしてきたストライカーのいる地點に向けられる。

「照準完了」

「斉せよ！　撃ち方はじめ！」

艦長の號令に合わせ、主砲が一斉に火を噴いた。発されたのはビームではなく実弾だ。艦載砲はたいてい、ブラスターとしての機能とリニアガンとしての機能を併せ持つ複合砲(コンポジットガン)が裝備されている。

そして補給の都合上、ブラスターとしての定格出力と砲口徑は揃えられるのが通例だ。"オーデルバンセン"の主砲の定格出力は50Mw。つまり口徑は50cmということになる。

「ふむ、やはり敵を々に砕するのは心地が良い」

當然、そのような巨砲の一斉をけた皇國ストライカー隊は跡形もなく消え去っていた。著弾地點には大きなクレーターが出來ている。

「だが、足りぬな。まだまだ楽しませてもらうぞ、皇國軍」

そういってディアローズは嗜的な笑みを浮かべた。