「ガァッ」

飛びかかってくるコボルト。きが、なぜかひどくゆっくりだ。

水中を泳いでいるようなもの。汚れた牙の一本一本、相手のナイフに刻まれた刃こぼれさえ數えることができる。

空気の揺れ、地面の振、すえた臭い。

何もかもを鋭敏にじて、僕は覚が研ぎ澄まされているのだと気づいた。

「僕が、速くなってるんだ……！」

後の先。

懐へ、飛び込む。

相手よりも早く、相手よりも強く、自分の武を押し付ける。

要は力押しだけど、外れスキルの僕には信じられないことだった。

手にしたばかりの青水晶の短剣が、相手のをとらえた。ぐりりとひねり、橫合いに切り裂く。水のようになんの抵抗もじなかった。

「グア、グ……」

コボルトは地面でしもがくと、すぐにボロボロの灰になって崩れた。爪くらいの大きさの石が、きらりきらりと數個散らばる。

これが魔石。いわゆるドロップアイテムだ。

魔を倒すと、魔力が得られる。倒した人間に吸収される魔力もあれば、こうして魔石として現れるものもあった。

人間に吸収された魔力はその人の力を高める。レベルアップだ。

一方で魔石となって散らばった魔力は、保管したり換したりできるようになる。ポーション作や武の強化から、照明や力源になったり、魔石は世界中で使われる。

レベルアップのためにも、魔石のためにも、魔退治はやっぱり冒険者の花形だった。

「勝てた……」

ほうっと息をつく。

周囲を見回すと、冒険者の1人が壁にさっと隠れた。それでも驚いたようにこっちをうかがってくるのは、外れスキルが魔を倒したのが信じられないのかもしれない。

多分、あの人が下層でコボルトに追いかけられたまま上に戻ってきて、それがうろついていたのかな？

事故だと思うけど、行き過ぎた嫌がらせという可能も捨てきれない。

移する前に、僕は魔石を拾い集めた。

――――

極小魔石　５個　を手しました。

（やったな！）

――――

「……あれ？」

アイテム手を知らせる神様の聲。意識して聞かないようにしない限りは、手したアイテムの種類を伝えてくれる。

でも、今……神様の聲に、変なのが混じっていたような。

「気のせい……かな、うん」

足を回してその場を離れた。

念のため口近くにいる衛兵さんにコボルトの出現を伝えてから、僕は採集を再開する。

薬草を一つ引き抜いた。

――――

マナ草を手しました。

（早くまた起こしてしいな！）

――――

……。…………？？

……また、だ。

な、なんか、神様の聲が、変だ。いつもは無機質なのに、今は待ちきれない子供みたいなのが重なる。

というか聲はあの子――ソラーナにそっくりなんだけど。

隣の薬草を抜く。

――――

力草を手しました。

（聞こえてるのか？）

――――

気のせいだ、気のせいだ、と言い聞かせながら、採取を続ける。

――――

マナ草を手しました。

（あ、あれ？　もしもし？）

力草を手しました。

（……聞こえてない……？）

解毒草を手しました。

（せ、せっかく信徒だって思ったのに……）

力草を手しました。

（う、うう……！　これじゃわたし……寂しくて……真っ暗になってしまう……よ……）

――――

「わ、わかりました！」

跳び上がる。

周りにいた採集冒険者がびくっとしたけれど、どんどん暗くなっていく聲にが痛んで仕方がない。

「わかりました……！　一回外出ます、出ますから……！」

自分でも何に向かって囁いているのかわからない。

僕はその日の探索を切り上げることにした。異変の原因ははっきりしている。ポケットにれたままの金貨だ。

家に戻ろう。

スキルのこと、金貨のこと、考えることが多すぎるもの。

冒険者ギルドに帰還し、薬草りのリュックをどん！とカウンターに乗せた。

「り、リオンさん……今日はずいぶん早いですね」

係りのお姉さんに目を丸くされてしまった。

「コボルトがいて、魔石が手にったので戻ってきました」

「えええ！　だ、大丈夫でしたかっ？　探索用の淺層(せんそう)には、スライム以外がいかないように管理されているはずなんですが……！」

「はい、倒せました」

倒したと口に出すると、なぜだかいつもより自信が出てきた。

「冒険者が魔に追いかけられたまま上に戻ってきたのだと思います。厳には危ないですけど、東ダンジョンの現狀なら……仕方ないとも思います。でも一応、下層から魔を連れてこないよう呼びかけてもらうことはできますか？」

「それは、もちろん！」

平謝りするお姉さんを止めて、僕はギルドを後にした。

ついでに、半年ぶりにレベルが上がっていた。