進めば進むほど北ダンジョンが初心者向け迷宮と違うところがわかった。

足を取る地形。階層も７階層まである。

なにより魔が大きい。

東ダンジョンにいたコボルトの分類は『小型魔』だけど、僕とほぼ同じサイズだ。

つまり中型魔というだけで、もう人間よりも大きい。これが巨人タイプなどの大型魔になると、長が１０メートルを超え、必ず５人以上のパーティで戦うようになる。

「カァアアア！」

今目の前にいるのは、北ダンジョンのボス『コカトリス』。

これは中型魔だった。

大きさ２メートルくらいの巨大な雄鶏。白っぽいのも顔かたちもニワトリっぽいけれど、この大きさだと立派な『怪鳥』だ。

さらに、コカトリスはやっかいな特を持っている。

「うわっと……！」

草を踏みしめる、猛禽の足。

高い頭から咆哮とついばみが降ってくる。慌てて後ろに回り込むけれど、今度は尾と目が合った。

「シャアアッ！」

コカトリスの尾は蛇。

頭が巨大な雄鶏、尾が大蛇。そういう二種混合の魔なんだ。

『回り込む』という速さを活かした戦法が封じられるのが厄介だ。

さらにさらに――

『リオン、怖いのか？』

ソラーナの言葉にどきりとした。笑おうとしたけど、口元が引きつる。

「ちょっと、怖いかも」

見た目が、恐ろしい！

『距離を取って黃金の炎を使った方がいい』

神様のいう通りだった。

魔力を節約しても勝てるように、なんて甘すぎるもの。

北ダンジョンの推奨レベルは１５というけれど、ボスは強敵なんだ。

コカトリスが數歩後退する。巨大な雄鶏のは大きく膨らんでいた。

「ど、毒を吐きます！」

ぽんと肩を叩かれる。フェリクスさんだ。

「そろそろ、我々の出番ですね」

合図をけの戦士団が順々に頷いていく。

「リオン君。俺達にも任せてくれ」

「先ほどは失禮を」

戦士団が僕をかばうように前へ出ていく。

先頭はフェリクスさん。右手で杖をコカトリスに向け、左手で宙に何かを描く。赤い文字(ルーン)が空中に浮かび上がっていた。

「念のため耳を押さえて、口を半開きに」

そして、唱える。

「火線(バル)」

空中を火炎が奔る。何もないところから炎を生む、魔法だ。

火の一閃は、コカトリスのブレスとぶつかる。

音が轟き、黒煙で怪鳥の姿が見えなくなった。

『へえ』

頭に聲が響く。

『魔法も、スキルの一環か。詠唱が要らないんだ。今の魔法はこうやっているんだねぇ』

「あ、あの。どなた……」

『僕はロキだ。トールと同じように、僕も呼び捨てで構わないよ？』

煙が消えても、コカトリスは大きくのけぞったままだった。ブレスを吐いた直後に炎で迎え撃たれたんだ。

衝撃が頭を揺らしたんだろう。巨がふらついている。

「……すごい」

冒険者の魔法を間近で見たのは初めてだ。

やっぱり、かっこいい。戦うためので遊びじゃないってわかっていても、憧れてしまう。

「僕もいつか、使えるようになるかな」

『あ、ああうん……』

ロキ神は口を濁して黙ってしまった。問い返そうとしたところで、フェリクスさんがやってくる。

「あのブレスには火に反応する質がある。今では毒息だが、かつては火もはけたのかもしれない。だから魔法の火をぶつければ……」

「燃える？」

「そういうことです」

フェリクスさんの言葉にはなんの気負いもない。

の戦士団は散開し、コカトリスを囲むとあっという間に倒してしまった。

「処理完了です」

「うん」

短いやりとりは事務的で、當たり前に勝った、みたいな印象。

戦士団ってやっぱり腕利きの冒険者なんだ。

『ふふ、神々の力は強い。けれども、君の魔力や力はまだまだ彼らに及ばないねぇ』

ロキの言葉にしゅんとなる。

経験も力も魔力も、戦士団には及ばない。

特に神様の加護には魔力を使うものもある。基礎力の長、つまりレベルアップがもっと強くなるためには必要なんだろう。

フェリクスさんが僕の方へ顔を向けた。

「さて、リオンさん。後は君の『封印解除』の番です」

僕はスキル＜目覚まし＞を起き上がらせた。

辺りを鑑定する能力を引き出す。

さすがに最下層だけあって霊石や大昔の武がちらほら落ちていた。

そして、蔦に覆われた壁がかすかにっている。

「ここだ。目覚ましっ」

――――

＜スキル：目覚まし＞を使用しました。

『封印解除』を実行します。

――――

ダンジョン全が揺れた。蔦だらけの壁にヒビがり、崩れていく。

その先は意外と明るい。ダンジョンと同じように、天井が日に似たを作り上げているみたいだ。

風は冷たい。息が白くたなびいた。

「氷の……森？」

１０メートルはありそうな高い天井。木々はそのスレスレまでびている。葉っぱは黃くづいて、秋の森をそのまま持ってきたようだ。

そして全てがクリスタルのような氷に閉じ込められている。

『ボクが封じられていた場所だ』

ウルの聲。

よく見ると森の中央に小道が口を開けている。氷も途切れていて、奧へと向かえるようだ。

「あそこを進みましょう」

僕は一本道を指さして、歩き出した。後ろを戦士団がついてくる。

『地上が魔に制圧される前に、しでも自然を守ろうと思ったんだ。焼き盡くされる前に、魔力を帯びた霊樹の森をここへ移した』

「それが、封印で氷に？」

『ああ。このエリアはもともと森だったのだけど、まさか１０００年で迷宮全が森になるとは思わなかった。運んでくる時に種が落ちたのだと思う』

ウルや信徒が持ち込んでいた種が、長い年月で迷宮に芽吹いたのかもしれない。

『まったく、生きは予想できないよ』

神様は苦笑しているみたいだ。懐かしそうな、楽しそうな、そんな々な気持ちがこもった笑いだ。

『それ以外にも大変だったんだよ。君もじたと思うけど、察知とか偵察とかって基本は休めないしね……僕も信徒もものすごい働きづめだった……』

今度は、はは、という乾いた笑い。

け、けっこう苦労人だったのかな……。

小さなため息で、ウルは話を打ち切った。

『……それでも、守りたかったんだけどね』

小道が終わる。

最奧部では森が途切れて、代わりに多くの魔が氷漬けになっていた。

氷は大空間の奧の奧まで続き、果てが見えない。

『リオン、氷が溶けている部分があるだろう？　あの大木のところだ』

確かに大きなトネリコの木が一本、魔に囲まれている。その木だけは不自然に氷が溶けていた。

『僕はその木の上から、魔達を抜いて戦っていた。そのまま封印され、君の角笛に助けられたわけだ』

の戦士団が未踏空間を調べ始める。

氷にいる魔はゴブリンやコボルト、オーク、ワーグといったよく知られた魔ばかりにみえた。

『……北ダンジョンには、スコルほどの存在はいないかもしれないね』

ウルの言葉でほっとできた。

後ろを振り返る。

來た道は黃金の葉っぱを氷が包み込み、改めて見るととってもきれいだった。

「……きれいな場所ですね」

『ふふ、ありがとうリオン。君は優しいね』

僕達はしばらく未踏エリアを調べていた。

追加で＜目覚まし＞できそうな壁はない。フェリクスさんもやがて調査を打ち切った。

「けっこう、このダンジョンは他の団員に任せましょう。我々は次の南ダンジョンへ向かいます」

僕は冷たくなった手をこすり合わせ、予定を思い出す。

「ええと、今日はそこで最後ですよね？」

「ひとまずは、そうですね。南ダンジョンを調べれば、神殿に戻ります。あなたが聞きたがっていることも話せるでしょう。ただ――」

フェリクスさんは僕を見下ろした。

「油斷はですよ」

うん、気を引き締めよう。

次は『暗闇の聖堂』とも呼ばれる、より危険な迷宮なのだから。