《12ハロンのチクショー道【書籍化】》4F:夢の終わり-3
日も高くなりつつある浦トレーニングセンター。
ダービーを二週間後に控えた木曜日。通例通りならば追い切りを行うであろう各陣営の向を見逃すまいとする報道陣達はCWトラックコースへ熱い視線を送っていた。
皐月賞馬ストームライダーの公開調教である。
ダービー大本命とされるこの馬の調教にはカメラのスコープを構えた雑誌記者やテレビカメラクルーが詰め掛けていた。
視線が可視化されそうな熱気の中、件の皐月賞馬はむしろ悠然と直線に現れた。
遠めに馬を見ても隙の無さは窺えた。しかしいざいているところを見ると、あまりの迫力に息を飲まされる。
ストームライダーは6F地點からスタートし、直線で前を走る1600萬下の僚馬と併走を行うと予告されていた。仕上がりの程を確認するには納得の調教であるし、それは報道を通して馬券購者が最も知りたい容でもあろう。
一瞬だった。
10馬程前を行く僚馬を、ストームライダーは鞍上竹田騎手の仕掛けに反応し、ダイナミックな走法で並ぶ間もなく抜き去った。
ディープが、フリートが、名立たる三冠馬たちがそうであったように、大きなストライドと足の回転を兼ね備えた究極の走り。一冠のブランドを兼ね備えた今、その走りは余りに輝いて見えた。
二冠じゃない。三冠だ。翌朝の煽りは決まった。
ストームライダー、死角なし!
調教を終え、取材陣に囲まれた管理調教師山中と主戦騎手竹田は投げかけられる質問に答えていた。
「山中調教師。今週の追い切り、スタンドからの手応えは如何でしたか?」
「そうですね、とても満足しています。皐月から短期放牧に出してすっかりリフレッシュ出來ているみたいで。でも気が抜けているわけでもなく、今日のでよりピリっとしてきたんじゃないですかね」
「竹田騎手。乗っていた想はどうでしたか!」
「はい。いいじでしたよ。変なところで力まず、僕の指示にも従ってくれましたし。きはそうですね、要所で力を発揮していましたし、皐月から引き続いていい狀態だと思いました」
「山中調教師。本番でのライバルと意識している馬を教えてください」
「選ばれた18頭ですから當然全馬意識しています。ですが敢えて挙げるとするなら、皐月賞とは別路線で來た馬を警戒しています。他は走ったことがあるメンバーですので」
「それはスティールソードやカタルシスといった馬でしょうか」
「それもそうですし、ヤッティヤルーデス等といった海外勢も意識しています。ですが私はこの馬の絶対能力に自信があります。この馬ならどんな枠順でも勝てると確信していますし、展開に泣かされるような事にもなり得ません。私はこの馬が最強だと信じています。竹田くんには秋に三本指を立ててもらいたいですね」
「おお、それは三冠宣言ということですか!?」
「そうとって頂いて構いません」
「竹田騎手、どう思いますか!」
「責任重大ですね。でも、僕とライダーなら出來ると思ってますよ」
ストームライダー陣営への取材は終始強気の発言が飛び出し、そのままの勢いで締め括られた、と報じられる事となる。
「はぇ? 取材? ウチにですか?」
小箕灘は間抜けな聲を電話口にぶつけた。
何しに來るんだ? いや、そりゃマルッコの取材に決まってるんだろうが。
困も一に耳をそばだてる。
『はい。ダービー前の廄舎にお邪魔してインタビューをさせていただきたくて』
「あぁ。畫サイトなんかでおたくが公開しているアレですか。うちの廄務員なんかあのシリーズ好きみたいで結構見てますよ」
羽賀に居たころ、クニオがスマホを片手にGⅠ馬を前にした調教師のインタビュー畫を見せに來た事があったため記憶していた。普段見れない競走馬たちの姿が見れると評判で、人懐っこい馬の畫などは多くの再生數を記録しているのだという。普段から馬の世話している癖に、他所ん家の馬なんか眺めて何が楽しいんだかと小箕灘は思ったりもしたのだが。
『それはありがとうございます! それで、ダービー前でお忙しい事とは存じますが、インタビューの件、如何でしょうか?』
小箕灘はし考えた。
取材。あのマルッコに。普段のマルッコを見られてレースに何か不利益があるだろうか。考えられるとしたら、見慣れない人間が廄舎にり込む事でストレスを溜め込むだとかそういうリスクだが、果たしてマルッコがそんな事を気にするだろうか。むしろ不屆き者だったとしてもリンゴ一つで懐されそうだ。
「私としては特に問題はないんですがね、一応間借りしている分なので須田さんとこに聞いてみない事にはなんとも言えませんね。確認するんで、折り返しますわ」
『あ、はい! よろしくお願いいたします!』
「須田さん」
「ン?」
事務所へ顔を出すと、廄舎の主、須田圀(すだみつくに)は何故かお手玉をやっていた。顔を向けた所為でぼとぼと落ちた5つの手玉を拾いながら小箕灘に水を向ける。
「コミさんどうかした? なんかよう?」
「用事はあったけど、それどうしたの」
「これかい。これはねぇ、孫が家庭科の授業で作ったんだってよ」
「はぁ。お孫さんが」
須田は破顔して手の平に溢れるそれを小箕灘に差し出す。
手にとって見ると、別にどうということのない――強いて目を凝らせばい目が時々ぶれているが――代だ。相変わらず変なことする人だなと思いつつ返卻する。
「意外と覚えてるもんなンだなぁ。昔姉貴にみっちり仕込まれたもんだからよ、まだ出來るかなぁと思ってやってみりゃ、これがやれるもんだな。7ついけたぜ」
「へぇ。俺も昔は妹に付き合ってやったもんだが――いやそうじゃなくてね。須田さん。ミドリチャンネルからうちのマルッコにカメラ付きで取材が申し込まれてさ。お伺いを立てにきたんだけど、けてもいいかな」
「取材? あーダービーか。いいよなぁコミさんとこはダービーでれて。うちのはダイスケがあんなザマだから全く縁がねぇよ」
この言葉を吐いて嫌味に聞こえないのが須田の良いところだろう。須田の言うダイスケとは皐月賞で発四散した管理馬ダイランドウのことである。須田は短距離路線で進めたかったのだが、オーナー側がクラシック路線に意的であったため渋々皐月に使ったという経緯がある。その後手の平を返して短距離路線になどと言い出したので、今現在なんとか立て直そうと闘中だ。
「それで、どうだい」
「いいよいいよ。どんどんけなよ。それで競馬が盛り上がるならいい事じゃない」
須田は業界でもきっての開明派で、取材の申し込みを斷らない事で有名だ。廄舎に他所の人間をれることを嫌う調教師が多い中、レース直前のピリピリする時期であろうが、出走予定馬の馬房前でのテレビインタビューなども積極的にけている。
「しがらきとか天栄の連中なんか殆ど報道シャットアウトじゃん。それじゃ馬券買うファンはつまんねーよ。特にコミさんとこのマルッコなんか可い馬じゃない。テレビに出たらきっと人気でるぜ?」
「まぁ、そういう下心がないでもないんだけどね。じゃあ恩に著るよ。取材オーケーで返事する」
「おう。あ、そうそう。恩に著るならさ、ダービーの後うちのダイスケと併せてくれよ。あの二頭、妙に仲がいいじゃん。なんかいい結果になりそうだしさ」
「おう分かった。じゃ、電話してくる」
併せとは併走調教。ようは調教の手伝いの要請だった。
ともあれこうして須田廄舎チーム小箕灘の馬房へテレビ取材がやってくる事となった。
なになにーなにしてんだー? と興味津々で馬房から首を突き出すマルッコ。見慣れないの姿に首を傾げじーっと見つめている。やがてそこから視線を移してカメラを擔いだ男スタッフを見つめる。合點がいったのかそうでないのか、それを終えると傍らの小箕灘へ「ヒンッ」と小さく嘶いた。
分かったような態度に何となく腹が立ち小箕灘はマルッコの頭を軽く引っぱたいた。叩かれた方はなにすんねんと視線で訴えたが、やがて興味をインタビュアーに移した。
え、今のなに? と思いつつ、インタビュアー佐伯元子アナウンサーは取材の段取りを説明した。
「事前にご連絡いたしました通り、この馬のいいところについての質問と、ダービーについての抱負、この二つにつきましてお言葉を頂戴したいと思います」
「はい分かりました」
「それでは始めさせていただきます」
佐伯はカメラマンに手を上げ、それをけたカメラマンが撮影開始のカウントダウンを始める。
▼▼▼
「本日は須田廄舎、を間借りする形で中央挑戦中の羽賀競馬小箕灘廄舎所屬サタンマルッコ號のインタビューにお邪魔しています。お話を伺うのはこの方。小箕灘スグル調教師です。
小箕灘調教師、本日はお忙しい中取材をおけいただきありがとうございます」
「いえ、こちらこそうちの馬を取材していただいてありがとうございます」
「さて、近年地方所屬ないし地方出からの日本ダービー參戦が途絶えていた中での出場おめでとうございます」
「ありがとうございます。多くの方の協力、並びに多くの幸運に恵まれ、晴れの舞臺へ上がる栄譽を得ました」
――サタンマルッコが馬房の柵からしきりに首をばしている。それを気にしながら答える小箕灘調教師。
「羽賀競馬に攜わる方々からの激勵やお祝いも多かったのではないですか?」
「そうですね。普段は結構、ライバルというか、同業他社みたいなじでちょっとピリついてる部分があるんですが、今回マルッコのダービー出場に関しては沢山の方からお祝いのお言葉を頂きました。
なにより、そうですね。どちらかというと栗東(こっち)の方々からのほうが、距離が近い分より直接的にお祝いされたかもしれませんね。この馬、栗東トレセンの皆様に可がっていただいているので」
「ほう。可がって頂いている、というのは?」
「いやほんと、そのまんまですよ。この馬、だけは一人前なもんで。なぁマルッコ」
――小箕灘調教師の聲に反応して、サタンマルッコが嘶く。
「あっ、可い」
「こんなじでね、名前呼ぶと返事するんですよ。だから皆様面白がっちゃって。馬場に出る時なんかいっつも聲かけて頂いていますよ」
「人気者なんですね」
「ええ。ありがたいことです」
「そんなサタンマルッコ號ですが、小箕灘調教師から見て、この馬の競走馬として強いところを教えてください」
「はい。うーん、々あるんですが、私は頭が良い事だと思ってます。つまり賢い」
「賢い。サタンマルッコ號がレースを走っている姿からはちょっと結びつき難い言葉が飛び出しました。それはどのような所からじていらっしゃるのでしょうか」
「はい。まぁ見ていると賢いというより小賢しい部類の知恵者だとは思うんですがね。あぁほらマルッコ。噛まない」
――この日、レースのフリルがついた服を著ていた佐伯アナウンサーの裾を狙っていたサタンマルッコの頭を叩く小箕灘調教師。サタンマルッコは拗ねたのか馬房の奧へ引っ込んでしまう。
「えーと、こういう所ですね。羽賀に居たころから悪戯というか、結構悪さを働いていたもので」
「悪さ、というとどういった事なんでしょう」
「いやぁ~こいつには散々手を焼かされましたね。走とか盜み食いとか、調教サボったりだとか、々です。この馬の小賢しいところはね、人間が本當に怒る事は絶対やらないんですよ。人の顔を窺うのが得意とでも言うんですかね、なんというかそういう不思議なズル賢さみたいなモノが明確に宿っていますよ。あ、スカート気をつけてくださいね。この馬ヒラヒラしたものを見かけると咥える癖ありますんで」
「あ、あはは。そういった部分がレースになると良く働くと」
「ええ。あ、いや全部が全部良く働いているわけじゃないんですがね。頭がいいもんだから騎手の命令に従わなかったりもするんですよ。
そうですねぇ、皆さんに分かる形で現れているを挙げるとしたら、この馬スタートが抜群に上手いでしょう。あれなんかが賢さの現われですね」
「ははー。なるほど。頭がいいから、ゲートが開くタイミングを理解している、と」
「そうですね。というよりこれは高橋騎手なんかが言ってたんですが、発走の聲を聞くと走る勢を取るんだそうですよ。スタートを上手く決めれば勝ちやすくなる、なんともズルい事考える馬だと思いませんか?」
――ゲートの発走は係員の合図後行われる。騎手はそれを聞いてある程度スタートを予測する。元々は発走機への衝突を防ぐための措置。
「あはは。そうなのかもしれません」
「今後の取り組みとしては、その賢さをレースへ向けてやることだと思っています」
「はい。ありがとうございました。続いてですが、ダービーへ向けての抱負をお願いいたしま――きゃあ!?」
「ん? あ! こらマルッコ! 下から出てくるなっていつも言ってるだろ! というかスカート離せ!」
――柵の下から寢そべったサタンマルッコが半分這い出て、佐伯アナのスカートをもぐもぐ咥えている。
「はい。ということでインタビューの途中でサタンマルッコ號が馬房から出てしまうというアクシデントに見舞われましたため、廄舎の外に出てまいりました」
「どうもうちのマルッコがすみません」
「ヒン」
――景が変わって須田廄舎前。馬房からサタンマルッコが出てしまったため、屋外で並んでインタビューを続行することに。サタンマルッコはどこか得意気だ。
「ああいったことはよくあるんですか?」
「誰かが居るうちは滅多にやらないんですが、夜中とか扉を開けとくと間違いなく出ちゃいますね。普通の馬はああいう事しないんですけどね。手を焼かされています。はい」
「馬って橫這いになって移できるんですね」
「いや普通無理ですよ。無理というかそういうことしないですね。だから馬房の柵は通気とかを考慮して下のほうは人が通れるくらいに開いてるんですよ。いっそのことベニヤかなんかで埋めてしまうか……いや、こいつ普通に柵とか乗り越えるしなぁ……」
「ご苦労なさっているみたいですね」
「まぁ、もうこんなの今さらですよ。こいつに日本ダービーなんて凄い所にまで連れて來て貰えたんです。今更細かい事言いませんよ。
ダービーの抱負でしたね。ストームライダー他、世代の優駿が集まる場に出場出來る事を譽れに思います。勿論、出走する以上勝利を目指して頑張ります。可い馬ですんで、皆さん応援してやってください」
「ありがとうございました。以上、小箕灘廄舎サタンマルッコ號についてのインタビューでした」
「ヒヒン」
「お前は本當にもー」
「あはは」
▲▲▲
そうして時間は過ぎていく。各陣営、それぞれの想いを乗せて。
オークスが終わり、最終追い切りが終わり、ついにやってきた。
この時が來た。
ダービーウィークが、やってきた!
一話の區切りは晝休みに飯食いながら読める量を意識しているんですが、そもそも書く方がおいついてない気もする
まるで関係ないですが、レッツゴードンキのインタビューは是非見てしいです。めっちゃ可い。
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8 55【最終章開始!】 ベイビーアサルト ~撃墜王の僕と、女醫見習いの君と、空飛ぶ戦艦の醫務室。僕ら中學生16人が「救國の英雄 栄光のラポルト16」と呼ばれるまで~
【第2章完結済】 連載再開します! ※簡単なあらすじ 人型兵器で戦った僕はその代償で動けなくなってしまう。治すには、醫務室でセーラー服に白衣著たあの子と「あんなこと」しなきゃならない! なんで!? ※あらすじ 「この戦艦を、みんなを、僕が守るんだ!」 14歳の少年が、その思いを胸に戦い、「能力」を使った代償は、ヒロインとの「醫務室での秘め事」だった? 近未來。世界がサジタウイルスという未知の病禍に見舞われて50年後の世界。ここ絋國では「女ばかりが生まれ男性出生率が低い」というウイルスの置き土産に苦しんでいた。あり余る女性達は就職や結婚に難儀し、その社會的価値を喪失してしまう。そんな女性の尊厳が毀損した、生きづらさを抱えた世界。 最新鋭空中戦艦の「ふれあい體験乗艦」に選ばれた1人の男子と15人の女子。全員中學2年生。大人のいない中女子達を守るべく人型兵器で戦う暖斗だが、彼の持つ特殊能力で戦った代償として後遺癥で動けなくなってしまう。そんな彼を醫務室で白セーラーに白衣のコートを羽織り待ち続ける少女、愛依。暖斗の後遺癥を治す為に彼女がその手に持つ物は、なんと!? これは、女性の価値が暴落した世界でそれでも健気に、ひたむきに生きる女性達と、それを見守る1人の男子の物語――。 醫務室で絆を深めるふたり。旅路の果てに、ふたりの見る景色は? * * * 「二択です暖斗くん。わたしに『ほ乳瓶でミルクをもらう』のと、『はい、あ~ん♡』されるのとどっちがいい? どちらか選ばないと後遺癥治らないよ? ふふ」 「うう‥‥愛依。‥‥その設問は卑怯だよ? 『ほ乳瓶』斷固拒否‥‥いやしかし」 ※作者はアホです。「誰もやってない事」が大好きです。 「ベイビーアサルト 第一部」と、「第二部 ベイビーアサルト・マギアス」を同時進行。第一部での伏線を第二部で回収、またはその逆、もあるという、ちょっと特殊な構成です。 【舊題名】ベイビーアサルト~14才の撃墜王(エース)君は15人の同級生(ヒロイン)に、赤ちゃん扱いされたくない!! 「皆を守るんだ!」と戦った代償は、セーラー服に白衣ヒロインとの「強制赤ちゃんプレイ」だった?~ ※カクヨム様にて 1萬文字短編バージョンを掲載中。 題名変更するかもですが「ベイビーアサルト」の文言は必ず殘します。
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