《12ハロンのチクショー道【書籍化】》4F:夢の終わり-4
現在のグレード制導以前より競馬には八大競走と呼ばれる大きなレースが存在した。その中でも競馬の本場イギリスにあやかり、三歳(舊四歳)のみに出場が許される三つのレースを三冠レースと呼び、それは現代にまで続くGⅠ競走皐月賞、日本ダービー、花賞となった。
皐月は仕上がりの速い馬が勝つ。ダービーは運のいい馬が勝つ。は強い馬が勝つ。
かつてより続く三冠レースに対する格言である。
皐月賞には一定の理がある。三歳春という難しい時期に競走馬を心共に仕上げきるのは並大抵の事ではない。後の実力馬であっても皐月賞を取れなかった者は枚挙に暇が無い。
花賞。これはやや時代にそぐわない容となりつつある。
そもそも昨今のレースプログラムにおいて3000mという距離はマイノリティになりつつある長距離という區分であり、近代競馬においてこの距離に適正を持つ馬は年々減しているといってもよい。そんな勢の中、強いという括りには疑問を覚える。
そしてダービー。
ダービーにおける運のよさとは一なんであるか?
漠然とツキのようなを想像されるかもしれない。それはある意味で正しい。どれだけ実力的に優れた馬と呼ばれようとも、一度どこかでケチがつくと不思議なほど全てが悪く進む。だがそうではない。もっと理的な要素として誰の目にも明らかな形で明示される。
枠順である。
枠順。レース前週の木曜午後二時に機械的な選で決定される発走ゲートの番號だ。
現代ではコースの側①から外側⑱までの番號が存在する。驚かれるかもしれないが、原則として競馬は枠が有利である。し考えれば當然だ。最枠と最外枠では20mほど位置が異なり、それはオーバルコースが主流の日本競馬においてそのまま第一カーブへの距離差となる。ありえない仮定だが、同じ馬が同じ速度で進んだ場合、必ず①の馬が先頭を走る。
では何故このような不利が公正を謳う中央競馬において放置されているかというと、競馬が記録會ではなく競走であるからだ。賭博を前提とした競技に揺らぎは必須であり、その要素がこの枠順だからだ。
日本ダービーで使用される東京競馬場2400mコースは枠が圧倒的に有利である。
これはもう歴代の優勝馬が証明している。
運だけではないだろう。しかし運の良さを持たない馬は勝てない。その通りだ。
本當に強い馬が外枠にらないから勝てないのか。
いい枠を引くから強い馬なのか
長く議論されがちな話題である。ただデータとして枠の勝率は外枠と比べ圧倒的であるという事実だけ。
いいではないか。
いつか圧倒的な存在がそれらのジンクスをねじ伏せて勝てば。
ジンクスなんて下らない。世の中に風が開いた気がするはずだ。
いいではないか。
実力一強とされる強い馬が有利な枠から圧倒すれば。
やっぱりね、と勝ち馬に乗って、し膨らんだ財布を抱えて月曜日の仕事へ向かえば。
だから競馬は面白い。
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またか。
晝下がりの中川牧場。先程からチラチラと時計を見ては電話の近くをウロウロする。そんな夫の姿を中川ケイコは呆れた眼差しで見つめていた。
「ねえあなた。あなたがそうしていてもマルちゃんの枠順は変わらないわよ?」
ケイコの言葉に牧場長件半農夫、最近はし羽振りのいい男中川貞晴がキッと睨み付けた。
「俺がこうしていれば、マルッコが枠になるかもしれないだろ!」
「引くのは職員さんで、決めるのは機械なんでしょう? 第一あなたは出た結果を小箕灘センセから教えてもらうだけじゃない。何の関係があるのよ」
「うるさい! あーもうが渇いた! 水飲んでくる!」
平行線だ。
まじないに頼るなら無意味に徘徊しないで祈禱でもしていればいいのに。
口に出しかけたが、実際にやられると間違いなくうるさいのでケイコは茶請けの煎餅を口に放り込んで靜観を決め込んだ。
電話が鳴る。間の悪い主人がドタバタ臺所から駆け込んでくる。深呼吸をしてから話を上げた。の間からポタポタ水滴が垂れている。大方飲みかけの湯飲みごと水を零したのだろう。
「はい中川牧場――小箕灘センセですか!? あ、はい。それでマルッコは……8枠? 8枠16番? は、へ、は……はち、わく……あ、はい……はい……はい」
ややあって貞晴は話を置いた。
「8枠16番ですって?」
振り返った夫は茫然とした表。
「ああ。ああ。ああ……お終いだぁ……せめて7枠ならまだ……あぁ……あああぁぁぁ―」
「んもう。別にどこだっていいじゃないですか。それに8枠って言っても16番なんでしょう? 外にまだ二つあるんだからいいじゃないですか。マルちゃんが大舞臺に出る。それだけでも凄いことじゃない」
「おわりだぁ、俺の夢がぁ」
「羽賀で走ればの字とか言ってたクセに、いっちょまえにダービー制覇を夢見てるんじゃありませんよ。ほら、そんなことよりも。週末は東京に出るんですから準備してください。もう明日には飛行機に乗るんでしょう?」
「いや、俺はウチでまってる……」
「んもう! 関係者席で著る服を買ってくれるって約束だったじゃないですか! ついでに二人で東京観としゃれ込もうって! それから健治(むすこ)とだって久しぶりに會う約束してるのよ! 飛行機代だって払ってるし! いつまでもグズグズ言ってないでさっさと用意しなさい!」
この人、私が居なかったらどうなってたのかしら。魂の抜けた貞晴を揺さぶりながらケイコはそんな事を思った。
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攜帯端末を下ろした小箕灘は小さく溜息を吐いた。案の定、中川が気落ちしていたからだ。やっぱりオーナーが持つあの貧乏神気質の所為で外枠になったのか? などと益のない事を考える。
「8枠でしたねぇ。作戦、どうするんです?」
5月24日木曜日午後二時ちょっとすぎ。いよいよ3日後に控える日本ダービーの枠順が発表され、各陣営が一喜一憂しているちょうどその時。チーム小箕灘もまたその渦中にあった。
8枠16番。最悪とは言わないがもうし側が良かった。しかも
「ストームライダー2枠3番。ラストラプソディー1枠2番。スティールソード3枠6番。カタルシス3枠5番。いやー有力どころが皆にりましたね。あとヤッティヤルーデス1枠1番も個人的に熱いです」
クニオの言うとおり、有力所が皆枠というついてなさ。忖度民激怒待ったなしである。
「どうするったって、やることは一緒だろ。後は通じるかどうか、それだけだ」
「これストームライダーが先頭(ハナ)取ったらどうするんです? ありそうじゃありません? そういう展開」
「ない」
「どうして」
「ないことを祈る」
「……じゃあスティールソードがハナ?」
「ない」
「なんでです」
「ないことを祈る」
「んなアホな!」
「うるせえ! 今更馬の力信じないでどうすんだ!」
重たくなってきた胃を抑えながら、小箕灘は苦りきった顔でそう言った。
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5月26日土曜日夜。東京競馬場騎手調整ルームの一室にて、橫田はベッドに橫たわりながらぼんやりと天井を見つめていた。
調整ルームでのレース前夜の過ごし方は騎手によって様々だ。橫田も普段は軽食片手に他の騎手と雑談したり、ビリヤード等各種遊戯に興じる事もある。
ただやはり、世代限定戦……特にダービー前夜は調整ルームも雰囲気がいつもと異なる。
浮き足だっている騎手、平靜な振りをしてやはり浮き足立っている騎手、他人を揺させようとしにくる騎手、ピリピリ神経質になっている騎手。
自分は神経質になっているな、と橫田は苦笑する。今日だけは他人と空間を共有したくなかった。食事を早々に切り上げ、それっきり部屋に閉じこもっている。
一昔前と比べて、心理戦を仕掛けてくる騎手は減った、ように思う。騎手の気質が変わったのか、世代の気が穏やかになったのかは分からないが、それ自は好ましい事だと考えていた。
新人時代、ベテラン騎手からのやっかみや圧力には辟易とさせられていたからだ。
盤外戦も含めて競馬だと言うのも理解するが、付き合わないのもまた競馬である事を理解してしかった、というのが橫田の正直な気持ちだった。
枠順か。
脳裏に浮かぶ無機質な番號8の16。枠などどこでも構わないと思っているが、やはりもう1つか2つ側の方が良かった――などと考えているのは弱気の現われだろうか。
脳で本番のあらゆる展開を想像する。逃げるストームライダー。逃げなかった本命各馬。思わぬスローペース。もしくはハイペース。まさかの落馬。浮かんでは消えるそれらは長くは続かない。これまでも散々繰り返してきたからだ。
この馬で。サタンマルッコでダメだったら。
ふと、そんな考えが脳裏を過ぎった。
弱気は良くない。この馬の実力で負けることなどありえない、そう考えろ。
誰かが言った。
「それほどの馬か?」
そうだとも。あの馬の実力、才能を正しい形で評価できているのは、きっと己だけだ。
「14番人気の馬が?」
世間の評価は必要ない。むしろあっと驚くだろう。それに馬券の人気は馬券の人気。実力とは関係がない。
「ならばなぜ悩んでいる? いや迷っているな? この馬でよかったのかと」
そんなことはない。運命だったんだ。この馬こそが。俺の。
「いいやそうだ。お前はストームライダーに乗りたかった。浦のトレセンで一目見た瞬間から、魂を奪われていた。違うか」
ちがう。
「ちがわないさ。お前はただ勝ちたいだけだ。勝てれば乗る馬はなんだっていいんだよ」
うるさい。俺はジョッキーだ。勝ちを求めて何が悪い。
「言葉が足りないぞ橫田友則。ただのジョッキーじゃない。終わったジョッキーだ。もういい年だろ? 息子に代を譲れよ。老害となるより前に潔くを引けって」
俺は終わってなんかいない。
「今年にって騎乗回數はどうだ。リーディングを離れて何年になる?
そのない騎乗でどれだけ勝った?
その結果が今だろう。ついにダービーに乗る馬さえ困るようになって、あんな駄馬にらざるを得なくなった。昔のお前ならいい馬の方から転がり込んできたはずだ。例えば、ストームライダーみたいなな。
分かるだろ? お前は落ち目だ。もう終わってるんだよ」
おれはまだ終わらない。終わってたまるか。
「いいや、ちがうね。終わったっていいと考えている。ダービーさえ勝てば」
……ああそうだとも!
ダービーだ! ダービーがしい!
マグレでも、泥臭くても、汚くてもなんでもいい。ダービーがしい!
皐月でもでもジャパンカップでも有馬でも天皇賞でも、凱旋門でもない!
俺は! 俺は、俺は!
俺はダービージョッキーになりたい!
勝ちてぇ。勝ちてぇんだよ!
どうして俺だけ勝てねぇんだ。2400mなんかどこだって同じだろ。なんでダービーだけ勝てねぇんだ。アイツもコイツも、何度も勝ってんだから俺に譲れよ!
勝ちてぇ。なんでだ、チクショウ。俺が何したっつーんだ。勝たせろよ。勝たせろよ!
一度考えてしまうともう止まらなかった。堰を切ったように若い想いが次々と溢れて止まらない。
きながら雑に放られたバッグに這い蹲る。もどかしくファスナーを開き、目的のを取り出す。それはストップウォッチだった。
押す。止める。
それは競馬學校生時代から使用しているラップ計測用の練習道だった。みのラップをに刻み込むため、何度も何度も押しては止めてを繰り返した。いつしかその行為は代償行為へと変化し、張した時や強い重圧をじた時、冷靜になるまで繰り返されるようになった。
押す。止める。押す、止める。
何度も何度も何度も何度も――
刻んだ時は萬を越え、いつしか太は東より顔を覗かせていた。
窓から差し込む薄い朝日が橫田を正気にかえした。
ああそうか。
今日は日本ダービーだ。
夜が明けた。
日本ダービーが、やってきた!
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【朗報】サタンマルッコ、可い
1 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxxG0
URL(***********)
なんやこのうまぁ……
7 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxxc0
リアルベアナックル
8 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxx40
フリートもリアルベアナックル呼ばわりされてたな
12 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxxa0
出れそうだなとは思ってたがほんとに下からでてきた馬は初めて見たwwww
17 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxxH0
これはクソ可い
でも馬券は買わない
22 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxxd0
に人気しそう
23 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxxw0
パドックで一目ぼれとかいって買いそう
25 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxxv0
ゆうて100円やろ
26 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxx10
佐伯アナのスカートもぐもぐカットした無能をクビにしろ
というかそこかわれ
27 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxx20
は競馬チャンネルとか見ないだろ
30 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxxf0
全俺に人気
31 名無しさん@競馬板 20NN/05/25 ID:xxxxxxxK0
>>30
お前寫真の奴だろw
33 名無しさん@競馬板 20NN/05/20 ID:xxxxxxxf0
>>31
な、なぜバレた……
中川夫妻を書いてる時はいつも楽しいです。
ランキングの仕組みをようやく理解しました。いつも勵みになってます。ありがとうございます。
ブックマークってサイトのお気にりなんですね。
ゲーマー的にはやっぱ數字が上がると嬉しいしモチベーションになりますね!
目指せ週間一位くらいぶちあげたいとこですが、上の方が1.2倍のガチガチすぎて無理っぽい。
応援してくれても、いいのよ?(チラチラ
4Fがし長くなりすぎましたが、もうしお付き合いいただけると幸いです。
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