《12ハロンのチクショー道【書籍化】》4F:夢の終わり-5
ダービーに限らず、GⅠ開催の日は競馬場の空気が違う。
それは人の多さから來るものであったり、普段見かけない出店のせいであったりと様々だが、形容するならば"祭りの雰囲気"そのものだろう。
ここに、その空気にアテられてしまった男が一人。
サタンマルッコ生産者兼オーナーという肩書きで関係者席の石像となっている中川貞晴その人である。
大歓聲が展覧席のガラスを叩いた。トラックでは第8Rの出走各馬がゴール板前を駆け抜けていた。遠めにも見て分かる著差の決著だった。
「あなた! ねえあなた! 見てこれ、當たったわ!」
よそ行きの婦人服に意気も高々なケイコが的中した馬券を見せながら貞晴の肩をバシバシ叩く。貞晴はされるがままを揺らし、あーとかうーとかゾンビのようなきを返すばかりだ。
久しぶりの外出をすっかり楽しむ気マンマンのケイコと正反対に、貞晴は朝方から張しきりだった。別にあなたが走る訳でもないのに、とケイコは呆れる事しきりだが貞晴に言わせればそういうモノではないらしい。
「ねえあなた。そろそろパドックに向かう時間よね」
「パドック……い、いい。俺は客席でいい」
「もー何をビクビクしているのよ。よその牧場の方と挨拶しなくちゃいけないでしょ?」
日本では競馬は賭博としての側面を強調されがちだが、フランスやイギリスなどではレジャーないしは社の場としての面も強く持つ。GⅠのオーバルパドックの真ん中でなにやら人が集まっているのを見かけると思うが、アレは日本で発された社の形だ。
気の弱い貞晴としては、妙にきらきらしたやんごとなきご分の方々と肩を並べるのは遠慮したいところだった。
「なぁ、本當にいかなきゃだめか?」
「行くの。を張りなさいよ。マルちゃんは世代の頂點を決める18頭のうちの1頭なのよ。子供の晴れ舞臺にしょぼくれて隠れてる親がどこに居ますか。ほぉら!」
「あぁわかったよ行くよ。行くから離せよ」
「それにさっき當たった馬券も換しなくちゃ」
「幾ら取ったんだよ」
「3連単47萬円」
貞晴が吹いたのは言うまでも無い。
-----
「調子はどうだよ」
競馬場の地下馬房に顔を出した小箕灘は、クニオに訊ねた。
「センセイが一番知ってるでしょ」
「それもそうだな」
しかしなんだな。こいつ、意外と正裝が似合うじゃねえか。
クニオの意外な面に驚きつつ、本日の主賓に目をやる。
「ヒン」
よぉ。とでも言うかのようにマルッコは小箕灘に嘶いた。
この期に及んでジタバタしないと決めていたが、やっぱり心配なものは心配なので足元を診る。
迷そうにするマルッコを宥めすかしながら、蹄鉄や足の合を確認する。
「センセイも落ち著きませんか?」
「お前は隨分余裕じゃねえかよクニオ」
「だって俺、引いて歩くだけだし」
「お前結構大だな……一応二人引きで周回する予定だが、オーナーはたぶんまともに歩けねぇから俺とお前で引くことになりそうだ」
「あはは。まぁあのオーナー、すぐ張しますもんね」
「そう言ってやるなよ。俺だって人のこと言えねぇんだから」
膝が震えちまって。見せると、クニオはマルッコに目をやり、遠くを見つめた。
「そういや中央のデビュー戦の時も二人引きでしたね」
「ああ。阪神でやったやつか。あんときゃ酷い目に遭ったな。しかし懐かしいな。まだ二ヶ月しか経ってないってのに」
「あの頃、今日の日をこんな風に迎えるなんて思っても見なかったですよ」
「俺は、ちょっとは思ってたぞ」
「ほんとにぃー?」
「お前だって知ってるだろ。オーナーに啖呵切った話」
「それは聞いてますけど、今日こうやって、いよいよパドックに出るぞーみたいな場面、想像できてました?」
「……まぁ、出來てなかったな」
「何か俺も、イマイチ今が現実ってじしなくて。もしかしたら俺達は羽賀の馬房にいて、皆で晝寢かなんかしちゃってて。皆で同じ夢を見てるんじゃないかって」
「マルッコがダービー出走か。ずいぶん都合のいい夢だな」
二人は顔を見合わせて笑った。
-----
「さて。いよいよ日本ダービー出走各馬のパドック周回が始まったようです。パドック解説はお馴染み、竹中さんでお送りいたします」
「よろしくお願いします」
「それでは順番に見ていきましょう。
①番ヤッティヤルーデス。508kg、國での前走がないため馬重の増減は記録されておりません。現在のところ7番人気となっています」
「んー……ちょっと元気が無いようにも見えますが、馬のハリ、トモの造りなんかはいいものをじます。外國の馬ということでね。環境が大きく変わった中でもこの落ち著きですから、実力を十分発揮出來る狀態にあるんじゃないでしょうか。返し馬あたりで闘志に火が付けば、えぇ。この絶好枠ですからチャンスあるんじゃないでしょうかね」
「②番ラストラプソディー。474kg、マイナス4kgです。現在のところ2番人気です」
「いやぁ見違えました。皐月の時は余裕殘しだった訳ですが、トモのハリ、それに気合のった周回してますよ。馬も絞れてガッチリしてきましたね。十分実力を発揮できる狀態にありますよ」
「③番ストームライダー。498kg、プラス2kg。1.4倍の圧倒的一番人気に支持されています」
「相変わらず凄い付きしてる馬ですねぇ。惚れ惚れします。前走皐月賞であれだけ激しいレースをしてからのプラス2キロが実に頼もしくじます。山中廄舎渾の仕上げといったところでしょうかね」
「④番オーダナテンプク――……」
「⑯番サタンマルッコ。470kg、プラス6kg。現在14番人気です」
「この馬は栗の割にはパドック映えしない馬なんですがね、これがどうして今日はよく見えますよ。今日は集中して周回してますね。なんでしょうかねぇ、この馬が當たり前のことをしているだけで凄い驚きがあります。発汗も見られずイレ込み等は問題なさそうですねぇ。非常に。非常にいい狀態なんじゃないでしょうか?」
「続いて⑰番シルバーシックル――……」
「さて、パドックでは騎乗號令がかかり各馬へジョッキーが駆け寄っているところですが、竹中さん。ここでいつものようにパドックの総評をお願いします」
「はい。ではまず③番ストームライダー。皐月賞を勝った時はちょっとチャカチャカしてたんですが、今日はどっしり構えて落ち著いていますよ。馬に関しては文句の付け所がありません。人気に応え得る、完全な仕上がりと言って良いでしょう。
次に⑥番スティールソード。青葉賞の時ほどではないのですが、あれはあの時が良すぎたと言ってよいもので、今日が決して悪いという訳じゃありませんよ。狀態は良好、好走が期待できるんじゃないかと思います。
それから②番ラストラプソディー。馬っぷりに磨きがかかってますねぇ。雄大な馬をぎゅっと凝したような鋭利さをじます。展開次第では逆転もあるんじゃないでしょうか。
さてそして私の本命。あえて今日本命とか対抗だとかそういう言葉を使ってこなかったのですが、それはこの馬のためだったんですねぇ」
「竹中さん、嬉しそうですね」
「はい。私の本命、⑯番のサタンマルッコです。パドックでも何とも怪しい雰囲気を醸し出してますよ。この馬は々と変なところがある馬なんですけれどもね、今日はどういう訳だかやけに集中しているじゃありませんか。元から能力は十分だと思っていたんですが、これはひょっとすると、とんでもないが見られるかもしれませんよ」
「竹中さんはスタジオでもサタンマルッコの頭からの馬券で予想していましたね。自信の本命といったところで結果はいかに」
「ふふふふー」
-----
「それでは日本ダービー、本馬場場です。実況は馬場園アナウンサーです」
《晴天に恵まれました東京競馬場。芝、ダート共に良の発表。
まさに晴れの日を迎えるのに絶好の日和でありましょう。
世代を一強と言わしめた皐月賞馬の二冠への挑戦。
これを阻む者が現れるのか、それとも並み居る強敵を倒して二冠を手にするのか。
第NN回日本ダービー。それでは出走各馬の本馬場場です。
今年も、世代の頂點を決めるレースがやってまいりました。
20NN年生まれ8032頭の頂點を爭う、世代の優駿18頭をご紹介いたします。
名前は偶々。フランスから來た兵。
ルーデスさん家の一番馬。誰もやらなきゃ俺がやる。
1枠①番ヤッティヤルーデス、海馬英俊!
奏でる音は歓喜に染まるか。
父ラングランソナタのラストクロップが捧げる狂詩曲。
1枠②番ラストラプソディー、川澄翼!
歓聲に包まれてこの馬がやってきた。
二歳チャンピオンは三歳になっても強かった。
最早実力を疑う者は無いでしょう。
ただ一頭だけが持つ三冠馬への挑戦権。
竹山牧場英知の結晶。に刻み込まれた優駿の軌跡。
さあ嵐を引き連れて!
2枠③番ストームライダー、竹田!
決して楽な旅路ではなかったでしょう。
想いを繋ぎ、たどり著いたる優駿の門。
れば全てがひっくり返る。
2枠④番オーダナテンプク、田島歩!
打たれても打たれても耐えぬき繋いだこのレース。
重賞は取った。殘るは栄冠唯一つ。
直線勝負の末腳一気。炸裂するなら今日ここぞ。
3枠⑤番カタルシス、後藤正輝!
切り裂き駆けた府中24。
父より継いだ鋼の魂。
嵐を切り裂く剣となるか。
3枠⑥番スティールソード、細原文昭!
ドイツが生んだ名優の仔。
世代を制してその名を示さん。
4枠⑦番イイヨファイエル、下田撤兵!
ハナ差で摑んだ皐月賞出場。クビ差で繋いだ日本ダービー。
進化を続けた強者の細胞が今日は勝ち取る優駿の栄冠。
4枠⑧番ゲノム、池園勇!
歩んだ道のりは誰よりも長く。
急がば回れ。行けば分かるさ。
5枠⑨番グルグルマワル、熊田敏也!
苦戦の続く世代戦。
名前に夜を冠せども。明けない夜など存在しない。
行くは夜の向こう側。
5枠⑩番ナイトアデイ、福岡祐一!
世界を制したステッキが特別な一日に魔法をかける。
6枠⑪番ホーリディ、アンドリュー・クワセント!
2歳札幌で見事に魅せた豪腳一閃。
強く短く大地を踏みしめ、
6枠⑫番アスノスタッカート、澤沼修治!
結束が生んだ約束された夢舞臺。
鋼の絆に國境は無い。
7枠⑬番コーネイアイアン、イデラート・ホックマン!
重賞二勝の北の韋駄天。
海と山と黃金を攜えて。
7枠⑭番マリンシンフォニー、山平金次!
説明不要のいぶし銀。人馬一、
7枠⑮番メイジン藤田!
正不明の栗の怪馬。
羽賀から來た丸(アイツ)。
8枠⑯番サタンマルッコ、橫田友則!
鞍上海老名は年男。
銀の鎌を振りかざし、取るはダービー唯一つ。
8枠⑰番シルバーシックル、海老名外志男!
苦節二十年、初めて摑んだ夢舞臺。
8枠⑱番ヘルメスアイコン、久留米栄吉!
以上、出走18頭のご紹介でした》
難産だった……
個人的に本馬場場の時のポエム実況は結構好きです。
評価くださった方ありがとうございます。とっても勵みになりました。
明日は更新がし遅くなります。15時くらいになるかもしれません。
シャングリラ・フロンティア〜クソゲーハンター、神ゲーに挑まんとす〜
世に100の神ゲーあれば、世に1000のクソゲーが存在する。 バグ、エラー、テクスチャ崩壊、矛盾シナリオ………大衆に忌避と後悔を刻み込むゲームというカテゴリにおける影。 そんなクソゲーをこよなく愛する少年が、ちょっとしたきっかけから大衆が認めた神ゲーに挑む。 それによって少年を中心にゲームも、リアルも変化し始める。だが少年は今日も神ゲーのスペックに恐れおののく。 「特定の挙動でゲームが強制終了しない……!!」 週刊少年マガジンでコミカライズが連載中です。 なんとアニメ化します。 さらに言うとゲーム化もします。
8 72世界がゲーム仕様になりました
『突然ですが、世界をゲーム仕様にしました』 何の前觸れもなく世界中に突然知らされた。 何を言っているかさっぱり分からなかったが、どういうことかすぐに知る事になった。 普通に高校生活を送るはずだったのに、どうしてこんなことになるんだよ!? 學校では、そんな聲が嫌という程聞こえる。 外では、ゲームでモンスターや化け物と呼ばれる今まで存在しなかった仮想の生物が徘徊している。 やがてそれぞれのステータスが知らされ、特殊能力を持つ者、著しくステータスが低い者、逆に高い者。 ゲームらしく、勇者と呼ばれる者も存在するようになった。 そして、 ステータス=その人の価値。 そんな法則が成り立つような世界になる。 これは、そんな世界で何の特殊能力も持たない普通の高校生が大切な人と懸命に生きていく物語。 ※更新不定期です。
8 192拝啓、世界の神々。俺達は変わらず異世界で最強無敵に暮らしてます。
幼い頃、生死の境をさまよった主人公、秤彼方は大切な人が遺した力を神々から受け取った。 異世界転移に巻き込まれる前にチート能力を授かった主人公。彼は異世界をどう歩んでいくのか……。 「拝啓、神々。なんで俺が異世界の危機を救わなければならない?まあ、退屈しのぎになるから良いか!」 少年は神より譲り受けた銀に輝く雙剣と能力とで異世界を崩壊へ導く邪悪を絶ち切っていく! 少年が異世界を奔走し、駆け抜け 退屈を覆してゆく冒険譚、ここに開幕! 小説家になろうでも投稿してます! イラストはリア友に描いてもらった雙子の妹、ルナです!
8 128ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~
ダーティ・スーとは、あらゆる異世界を股にかける汚れ役専門の転生者である。 彼は、様々な異世界に住まう主に素性の明るくない輩より依頼を受け、 一般的な物語であれば主人公になっているであろう者達の前に立ちはだかる。 政治は土足で蹴飛ばす。 説教は笑顔で聞き流す。 料理は全て食い盡くす。 転生悪役令嬢には悪魔のささやきを。 邪竜には首輪を。 復讐の元勇者には嫌がらせを。 今日も今日とて、ダーティ・スーは戦う。 彼ら“主人公”達の正義を検証する為に。
8 93俺が過保護な姉の前から姿を消すまでの話
過保護を超えた姉から俺が姿を消すまでの物語。 ”俺”と”姉”の他人には到底理解し得ない関係性。 結局理解出來るのは俺と姉だけだった。
8 159異世界イクメン~川に落ちた俺が、異世界で子育てします~
川に落ちた俺は、どういう訳か異世界に來てしまった。 元の世界に戻るため、俺は自分の手で『魔王』を倒さねばならない……という話だったのだが…… いつの間にか、俺は魔王の息子を育てる事になっていた。 いや、なんでだよとも思うけど、こうなった以上はもう仕方無い。 元の世界に帰る術を探すための冒険の準備、+育児。 俺の異世界奮闘記が始まる。 コメディ要素強めです。 心躍る大冒険は期待せず、ハートフルな展開とかは絶対に無い事を覚悟して、暖かく見守ってください。 それと34~45話にかけて少し真面目な雰囲気が漂います。 結局元に戻りますが。 ※★のついている話には挿絵が挿入してあります。 イラスト制作・ロゴ制作:トマトヘッド様 トマトヘッド様のホームページ(Twitter):https://twitter.com/starfullfull ※「小説家になろう」外部サイトのURLです。
8 181