《12ハロンのチクショー道【書籍化】》5F:彼らの目覚め-4
Qサタンマルッコの名前の由來は?
元々は違う名前だったんです。私の字が汚すぎてサタンに読み間違えられてしまって。
本當はうちの冠の『サダノ』マルッコだったんですよ。
なんか、ダの濁音が『 ` 』にみえたらしくて、『サタ`ノ』になって、サタの次にソはおかしいからンだなってサタンマルッコになったんだそうです。
マルッコのデビュー戦の時は驚きましたよ。何か似てる名前の馬がいる。こんな事もあるんだなーと思って出走表探すじゃないですか。サダノマルッコの名前が無いもんですから、當然小箕灘センセイにきいたんですよ。そしたら名前の事が発覚したんです。
勝っちゃったからもうそのままでいいかなって思って今日に至っています。
「え、こんな理由だったの」
「トモさんも知らなかったんだ」
「ということで引き続きお話を伺って參りたいと思います。では春シーズンの締めくくり、寶塚記念です」
――阪神競馬場の馬場を悠然と歩くサタンマルッコの姿。
「橫田さんにお聞きしたかったんですが、やっぱり寶塚記念、サタンマルッコは調子を崩していたんですか?」
「ええ。つきを見てもらう通り、はっきりと悪かったですね」
「それはダービーの激走が原因で?」
「んー元の部分はそうだと思います。だけど、ダービー終わった後も元気ではあったんですよ。そのあとの中間でちょっと暴れちゃって。そこから疲れが噴出しちゃったじだと伺ってます」
「あーダイランドウ全力暴走事件ですね」
「あの時僕栗東にいましたね。スタンドにいたんで、なんか騒がしいなって思った記憶があります」
――ダイランドウ全力暴走事件。須田廄舎所屬馬ダイランドウが同廄舎滯在中のサタンマルッコと安田記念への併せ馬追い切りを行った際、制止する騎手らを振り落として空馬のまま僚馬サタンマルッコとCWコースを4周した。あまりに激しい走りっぷりから目撃した新聞記者が面白がって記事にした。
「だから本番も、勝ち負けまでは無理かなと思ってたんですよ」
「と、言っておきながら勝負を仕掛けた橫田さん。映像を進めていきましょう」
――一頭落馬を橫に見ながら、相変わらずの絶好のスタートから早々先頭に立ち、ぐんぐんリードを広げていくサタンマルッコ。
「このレースは力を使って逃げましたね。もう間違いなく切れる足は使えないと思ってたんで」
「大きくリードを取りました。最大25馬ほど差が開いていたようですね」
「あ、そんなあったんですね。4コーナー回った時、あまりに後ろが來ないから一瞬いけるかもって思ったりはしましたけどね。タケ君なんかも一瞬まずいかも、とか思わなかった?」
「いや、僕はトモさんの馬差す気マンマンでしたから」
「またまたそんな事言ってぇ。で、どうなの?」
「………………ちょっとは」
――橫田騎手、大喜びで手を叩く。
「実際レースを見ている立場でも逃げ切っちゃうかも、って思わされましたね」
「普段のマルッコなら殘せたとは思います。馬もあの時行こうとしていたんですけど、ただやっぱり秋のことを考えたらアレ以上はね」
「賢明な判斷だと思いますよ。三歳のこの時期にきついレース連続して走らせるのは後に引きますもん」
「そしてレースの方はタケ君のモデラートが差しきって勝利を収めたと」
「ダービーでの借りは返しましたね」
「いやいや、それは秋でやろうよ」
「ああそう橫田さん。サタンマルッコは秋の初戦とかどうなんですか?」
「特に聞いてないですね。放牧から戻ってきたら調子を見てってじだと思います。賢い馬なんで、レース間隔が空いても問題ないから、トライアル使わず花賞直行もあるんじゃないかな」
「まさに王者のローテーションってじですね。タケ君はストームライダーのローテ何か聞いてる? というかそもそも花賞は行くの?」
「勿論花賞には出場しますよ。今度はこっちが挑戦者です。
どこかのトライアルを使う、とは聞きましたが詳細はまだまだ先のことなので」
「ということは両馬の激突がまた見られるということですね。秋の楽しみが増えたなぁ!
と、いったところで次のコーナーへ!――……」
▲▲▲
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醫者には趣味を持つことを勧められた。
趣味。なるほどな。あの日以來を失っていた心がさざめいた。
幸いにして金は余るほど持っていた。これまで趣味と仕事は同一だった。とも縁が遠かった。を抱くのは嫌いじゃない、だけどに手間をかけるのは嫌いだった。過ぎれば仕事の邪魔になると気付いてからは特定のと関係を持つことを止めた。
それでよかった。だって一番楽しい遊びが、騎手(しごと)だったのだから。
手近なところから、勧められたの一つ、自転車を始めた。
最初は運がてら、徐々に走ることを目的としてコースを選別するようになった。
だが、自転車では遅いとじた。
己の足でペダル越しに大地と繋がるが不快だった。
それならば、と次はバイクを始めた。
やはり最初はそれほど複雑な事はせず、排気量や運を調べ、乗りやすいを選んで乗った。
やがて速度に不満を覚えフリーウェイに乗り出すようになり、チューンで限界速度を高めるようになる。最早何のために速度を出すのか分からないような乗りが出來上がった。砂漠の國道を走った時、向かい風がただ虛しかった。
分かっていた。自分がそれらに何を求めていたのかは。
度し難い事に、私は私が壊してしまった相棒の代用品を求めて彷徨っていたのだ。
自転車もバイクも、それぞれに魅力があるのだろう。自で、自力で、自在で速くて。
だが、それは一人だ。獨りでしかないのだ。
私は知っている。言葉をわせずとも意志を疎通し、同じ目標へ向かって共に駆ける存在を。
競馬だけなんだ。二つの生命が一つとなって戦う競技は。
私を殺してしまった私はどうすればいい。どこへ行けばいい。何をすればいい。
どうして運命は私をあのロンシャンで殺さなかった。どうして私は庇われてしまったんだ。君に救われたこの命で、私は何をすればいいんだ。教えてくれセルクル。助けてくれセルクル。君がいないと、寒いんだ。
「お客様、お客様」
「……ぅ、うあ……?」
「大丈夫ですか? うなされていたようですが」
混濁とした意識が人面相を捉える。酷く歪んだ映像がのものらしき顔を認識した。
キャリアアテンダントだ。飛行機。機。行き先、ニホン。脳が覚醒し単語と目的が連鎖して蘇った。
「夢見が悪かっただけだ。問題ない」
「さようで座いますか。もし、お手伝いできる事が座いましたら、お申し付けください」
「ああ……あ、君。到著まであとどれくらいか分かるかい」
「もう間もなく著陸の態勢にります」
「そうか。ありがとう」
チップを渡し、ペットボトルの水を口に含む。水は予想以上にに沁みた。
旅客機が著陸の軌道に乗せるため機を傾かせた。翼の向こう側に大地が遠できた。東京は夜だ。町の明かりが消え掛けた焚き火のように広がっている。
フランスからここまで12時間。目的地にはもうしだけかかる。
羽賀という地名には聞き覚えが無かった。騎手として來日していた頃も、そのような地方で騎乗を請け負ってはいなかったはずだ。
とはいえサタンマルッコという馬はその羽賀という土地に居る。知っていても知らなくてもなんとかしてたどりつかなくてはならない。
もう一度飛行機に乗り込み、九州へ飛ぶ。九州は訪れた事がある。確かコクラという競馬場でレースをしたはずだ。
空港でアテンダントに場所と道を尋ね、翻訳サイトと地図を頼りに目的地を目指す。
報サイトによれば、サタンマルッコなる競走馬は現在休養で生産地に戻っているのだそうだ。日本語を強引に翻訳して表示しただけなので、微妙な意味合いに不安が殘るが、他にアテがない以上當たってみるしかなかった。
羽賀に到著した時は既に日も沈み夜だった。翌朝改めて訪問する事とした。
明けて翌日。中川牧場を訪れた。なんというか、みずぼらしい場所だった。ニホンにもこんな場所があったのかと新鮮な驚きを覚えた。
牧場の主に話を聞くと、今日は競馬場のイベントに出演しているらしい。れ違いだったようだ。
とはいえ時間的にはもう終わっているはずで、戻ってこないところを見ると今頃は競馬場と牧場の近所である(そう、この牧場と競馬場は歩いて行けなくも無い程度に近いのだ)砂浜で遊んでいるのだそうだ。フランスの馬産地は海沿いにないので珍しい風習だとじた。
そして私は一つ愚かな間違いを悟った。早い時間にきたつもりだったが、時計の針がフランスのままで隨分と遅い時間に牧場を訪れてしまっていたらしい。
場所を教えてもらい、海岸へ向かって歩く。
海の音が耳に屆くようになって、すぐに砂浜が現れた。
海岸にいるといっていたが、遠目にはそれらしき馬も人も見當たらない。とにかく降りてみる事にした。
しかし。
私はここまでやってきて、何がしたいんだろうか。
あのセルクルと同じ星を持つサタンマルッコという馬に會ってどうなるんだろうか。
私の罪の意識が薄れるとでも言うのだろうか。それこそ笑い話だ。今更贖罪を求めるなど己が恥ずかしくなる。
いつしか私は地面を向いていた。砂を踏む薄汚れたスニーカーで背中を丸めた自分の影を追っているかのようだ。
急速に頭が冷えてきた。やはり私は冷靜ではなかったのだ。こんなことをして何の意味がある。
いつしか歩みも止まっていた。
帰ろう。そう思った時だった。私の影を、より大きな影が覆い隠した。
顔を上げる。
栗の馬だ。どういう訳だか頭絡だけで鞍も乗せていない。くりくりした可らしい目をしている。どうした? とでも言いたげな表で首を傾げこちらを見つめていた。
ああ。
覚えがある。額の白丸の星にも。その表にも。
ああ。ああ。ああ!
「ひん」
ようジョッケくん。久しぶりだな。元気かい。
聞こえるはずの無い、そんな聲が聞こえた気がした。
私のから、したくも無い懺悔が次々と飛び出した。々しいが吐された。
凪いだ表でそれを見つめていたその馬は、やがて私の前で膝を突いた。
「ひーん」
背中を差し出しているのだと直した。
馬も無く、どころか手綱すらないその馬に、私はった。馬が立ち上がる。
ああそうか。
空と大地。高くなった視點。
そうだった。
私はこの日、悪夢より目覚めた。
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