《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》4◇衝突
「……兄さん、このむかつくツインテ」
妹が小聲で囁く。
「うん……でも言葉が汚いよ」
「ごめんなさい。発言が酷く不愉快な貧のと訂正します」
「そういう問題じゃ……」
ともかく、二人はその名に聞き覚えがあった。
大會は予選の時點で選手制限がある。希者の參加を認める方式ではなく、あらかじめ選手を選定するわけだ。
枠は四十。學ランクと呼ばれる格付けの上位四名にシード権が與えられる。
大會の開始は四(し)の月後半からで、それは學から一月とない。
つまり、新生がその年の大會に出場することは通常出來ないわけだ。
だが、何事にも例外というものが存在する。
このネフレンというは學試験の時點で學上位四十名にると判斷された。
新生の中ではたった二名だけの快挙。
第四十位・ネフレン=クリソプレーズ。
當然、才無きヤクモとアサヒには遠い存在だ。
學出來たことすら疑われている二人とはそれこそ格が違う。
もちろん、あくまで常識的には、だが。
「一つ、訂正をさせてもらうよ、クリソプレーズさん」
「ネフレンで構わないわ。応じたのがきみとってことは、きみが飼い主くん? よろしくね」
差し出された手を、ヤクモは握らない。
「訂正というのはそのことなんだ、一度しか言わないからよく聞いてほしい」
「なぁに? 怖いわ」
あくまで和、あくまで友好的。でも、それが表面上取り繕っただけのものだと二人にはすぐに分かった。
「彼は僕の相棒で、大切な妹だ。二度と間違えるな」
遠巻きに囁いているは放っておいてもいいだろう。
だが、面と向かって妹を下に見られて黙っていては、そんなもの兄でも男でもない。
外野は眼中に無いが、こちらの視界にってきて喚くなら黙らせるだけだ。
ネフレンは呆気に取られたような顔をし、妹は「うへへ」と表を緩めきっている。
「が、繋がっているようには見えないけれど?」
「そんなものは関係無い」
正気を疑うような視線が突き刺さる。
「相棒……それ(、、)は《偽紅鏡(グリマー)》でしょ」
嘲笑混じりに放たれたネフレンの言葉を引き金に、周囲からも哄笑が沸き起こる。
「ぷっ、噓だろコイツ」「道と家族ごっことか!」「大切な妹なんでちゅ~ってか、やっぱ夜っていかれてるわ」「うちのペット達と尾しだしたりしないわよね? 不安になってきたわ」「あはは、いやでも案外、っぽいっちゃぽいんじゃね?」「あ~、夜って道にも命が宿るとか言うらしいもんな」「無能な上に夢見がちとか終わってんな」「そもそも始まってすらいないだろ」
そんな彼らを前に、アサヒは歯を軋らせた。
「こいつら……言わせておけば……ッ」
「ねぇちょっと、飼い主の許可なく口を利くなんて躾が足りないんじゃ――きゃっ」
ネフレンが悲鳴を上げ、もちをついた。
ヤクモの拳が彼の顔面にれる寸前で止まり、それに驚いて腰を抜かしたのだ。
誰もが言葉を失う中、ただ一人拳を放った年だけが泰然としている。
「あ、っと。危ない。よかった、どうにか止められて」
ヤクモが平然と言ってのけると、アサヒがくすりと微笑み――場は騒然とした。
「こんのっ――クソガラス! よくもアタシに恥を掻かせたわね!」
立ち上がったネフレンは土埃まみれの制服を払いながら、怒號を上げる。
その顔は恥辱に赤く染まっていた。
「ごめんね。でも確かに言っただろう。彼は相棒で、妹だと。間違えたきみも悪い」
「なッ、人がし優しくしてやったらつけあげっちゃって……! そもそも! 許可無しに魔力強化を使用するなんて、夜には常識がないワケっ!?」
笑顔の仮面は捨てることにしたらしい。
「魔力強化なんて、使っていないよ」
そもそもヤクモにとって、使いたい時に使えるような便利なものではないのだが。
「白々しい! 貧弱な夜風がこのアタシが反応できない速度で拳を繰り出すなんて、魔力強化無しには不可能よ! 家族ごっこのキモイ妄想だけじゃくて、虛言まで弄するなんて最悪ね!」
彼の言わんとしていることを理解する。
大半の領域守護者はを鍛えることを――しない。
魔力を通わせることでの強度、膂力は向上し、魔力作次第でと意識のラグも限りなくゼロに近づけることが出來る。
人間は自分が考えているより自のを上手く扱えない。その差を埋めるのが修練で、健康や強化の為に行うのが鍛練だ。
でも、優秀な魔力爐を持ち、魔力制能力に秀でた《導燈者(イグナイター)》からすればそんなものは時間の無駄でしかないのだ。
だから彼らは、を鍛えるなんていう行為を無意味で無価値だと考えている。
恵まれたと、環境。最初から持っているから、理解が出來ないのだ。
何もないヤクモが、ただ純粋に鍛えたで自分を脅かしたなんて現実が。
「いいえ、ヤマト民族の年が言っていることは正しいですよ」
人垣が割れる。息を呑む音が重なり、ヤクモの耳にまで屆いてきた。
金糸を束ねたような髪。しい蒼の雙眼。満な部に、付きのいい肢。
一言で言えば、高貴。
知っている。
學ランク第三位・スファレ=クライオフェン。
その貌と強さから、ついた名は《金妃(きんき)》。
「會長の仰る通りです。とはいえ、新生に見極めは難しいでしょう。そもそも、領域守護者の常識に當て嵌まりませんから。魔力強化と間違う程に鍛え上げられた能力、などというものは」
爽やかな印象をける、栗の髪と目をした青年。
學ランク第七位・トルマリン=ドルバイト。
通稱《無謬公(むびゅうこう)》。
この男は、風紀委の會長と副會長だ。
學式の手伝いをしていた中にいたらしい。
そしてそう、この二人は魔力強化など使っていないと分かっているようだった。
「え、てゆーか、雁首揃えて誰も魔力知出來てなかったんですか? それちょっとまずくないですかね? ヤマト民族でも出來ることなんだけどなー! でじ取れることなんだけどなー!」
ヤクモの行に気分がよくなっているらしく、アサヒが周囲を煽りまくっている。
英才教育をけた一部の上流階級を除けば、學舎にって初めて訓練をけるという者の方が多い。
無理からぬことと言えるが……。
ネフレンは酷く不愉快そうに表を歪め、顔は恥と憤怒に赤く染まっていた。
「殘飯臭い夜が、醜い囀りを上げてんなっ!」
「え? 殘飯臭いって、ランク四十位ともあろう方がどうして殘飯の臭いを判別出來るんです? あ、もしかして食べたことあるとか! あれ不味いですよね!」
「人間以下のとアタシを同列に語らないでよ汚らわしい! 蟲唾が走るっての!」
「では、次に鳥を立ててあげましょう。わたしの兄さんが!」
とてもいい笑顔でアサヒがバトンを渡してくる。
止めなかったのは、都合がよかったから。
ヤクモとアサヒに與えられた期限はこの一年のみ。
つまり來年でも再來年でもなく、今年、今回、二人は優勝せねばならない。
參加資格すらないのに。
學さえギリギリだったのに。
だからどうした。
無いなら摑み取ればいい。數に限りがあるなら、既に誰かが所有しているなら。
奪えばいいだけのことだ。
「ネフレン、このままでは気が収まらないだろう」
「當たり前よクソ! 地に頭をこすりつけて詫びなさい! それを踏みつけなきゃ気が済まない!」
「自分でやるといい」
「あぁ!?」
「きみの力で僕を捩じ伏せ、そうして踏みつければいい。もし、出來るのであればだけど」
「な、あっ、ッ」
怒りのあまり呂律が回らなくなったのだろう、ネフレンが言葉を詰まらせる。
「きみに決闘を申し込む。まさか、斷りはしないだろう?」
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