《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》28◇執行
彼らはヤクモの殺意に気圧され、込みし、後退する。
「く、訓練生とはいえ領域守護者だろう!? 民を傷つけていいわけがない!」
「傷つける? 僕がするのは報復じゃない。領域守護者として、犯罪者を拘束するんだ」
「抵抗してもいいですよ? 捕まえる過程で、傷つくことはえぇ、あるかもしれませんね」
斬り伏せることが出來たらどれだけいいだろう。
けれど、それはしない。
ヤクモは、自分が嫌悪する存在と同列に落ちる行いをしたくない。
それは自分を大切に思ってくれる人達の価値をも貶めてしまうから。
だから、捕まえる。抵抗するなら、取り押さえる。
領域守護者として。
「そういうのは本職に任せてくださいな、『白』の訓練生くん」
人垣の外側から、聲がした。
モカがいて、その前に立つ形で二人のが佇んでいる。
手を頭の後ろで組み、その隙間に鎌を通している薄紅の。
もう一人は眠たげな目をした金髪の。赤い襟巻きをしている。
二人揃って、赤い裝にを包み、赤い帽子を被っていた。
領域守護者組織の中でも模擬太及び治安の維持を目的とする――《紅の瞳》だ。
服裝からして、彼達も訓練生の分。
「いやはや、元より治安が良い地域ではありませんが、それにしてもこれは酷い有様ですね」
鎌を持ち直し、くるくると回す。
「損壊に暴行。安易で最低な行に奔ってしまったのは、誰ですか?」
『白』に続き『赤』まで出てきたことに転しながら、それでも彼らは口を噤んだ。
金髪のの方が、おもむろに指を上げる。
何人かを指差す。
「損壊」次に何人かを指す「過失傷害」更に一人を指す「暴行」。
全員が顔を真っ青にした。
ヤクモは察する。
金髪のは非実在型の《偽紅鏡(グリマー)》を展開している。
結果を見るに、心のを読み取る類の力だろう。
民を傷つけていいわけがないとんだ中年男こそが、暴行の犯人のようだ。
「暴行だと!? 言いすぎだ! 俺はただ石を投げ込んだだけだ! 他の奴らもやってた!」
「いいえ、うちのルチルちゃんは間違えません。だって読んだのはあなたの心。他の人達が嫌がらせとして石を放る中、あなたは目に映った老めがけて投げつけたのです」
男は罪を認めるどころか逆上した。
「うるさい! そもそも貴様らが職務を果たさないのが悪い! 見ろ、夜の群れだ! 何故追い出さない!? そこのガキ一人でこいつら全員を置いておけるものか!」
「……それなら報告をけています。三十二名全員の魔力稅は《黎明騎士(デイブレイカー)》第三格負擔となっているんですよ」
「《黎明騎士(デイブレイカー)》!? 《黎き士》か……!? ふ、不公平じゃないか! ただ同じ人種というだけで救われていいのか!」
「あなた馬鹿ですか? 世の中は最初から不公平ですよ。でもね、罪は罪なんです。おめでとうございます、これまでの罪人と同様に、公平に、裁いてあげますとも」
「ま、待て! 壁外行きだけは勘弁してくれ! 俺は夜とは違って最初からクズだったわけじゃないんだ! 分かるだろう!?」
の弾ける音がした。
アサヒが引っ叩いたのだ。
「しは恥を知りなさい」
男は僅かによろめいた後、喚き散らす。
「これは暴行だろう!?」
薄紅のは首を傾げた。
「すいません、目にゴミがって見えませんでした」
「ふ、ふざけるな!」
「ふざけてるのはあなたです。ミツ婆に謝ってください」
「誰が夜なぞに頭を下げるか!」
「謝ってくださいよ」
「黙れ!」
男がドンッとアサヒを押す。
ヤクモはそれをそっとけ止め、次の瞬間には男を毆り飛ばしていた。
男が吹き飛び、地面を転がる。起き上がってくる気配はない。
ヤクモは小さく呼気をらす。
「領域守護者への暴行は重罪ですよ」
周囲が靜まり返る。
「あらら……。まぁでも、そうですね。相棒が暴行され、取り押さえる為にやむを得ず……ということにしておきましょう」
それから薄紅のは他の住人を見渡す。
「逃げたり抵抗したりすると、そこのおじさんみたいなことになりますからね。壁外行きになりたくないなら、大人しくしておくことをオススメします」
逆らう者はいなかった。
がこちらを向く。
「さっきの凄かったですねぇ。魔力強化をした気配はありませんでしたけど、ムキムキにも見えません。何かコツがあるんですか?」
が何か言っているが、ヤクモはもう他の人間を見ていなかった。
「醫者のところに行こう。他のみんなも、怪我をしているところを診てもらわないと」
「ごめんなぁ、夜雲ちゃん」
「謝るのは僕の方だよ。みんなを壁の側に連れてきたのは僕だ」
ミツは悲しげな顔をして、皺だらけの手でヤクモをでる。
「そんな風に言わんでおくれ。夜雲ちゃんも朝ちゃんも、よくしてくれた。守ってくれたじゃあないの」
「みんなが育ててくれた。恩返しさせてよ。全部返し終わるまで、いなくなったりしないでほしい。だから、醫者に行こう」
「あのー……無視しないでくれたら、むしろ醫者の方をこっちに呼びますけどー」
ヤクモはすぐに振り返る。
「おー、見てくれましたねー。初めまして、あたしは『赤』の學舎訓練生のロードです。ロード=クロサイト。ちなみに學ランクは八位なんですよー。どうぞよろしく」
「……ヤクモ=トオミネ。見ての通り『白』の訓練生です。ランクは……四十位」
「その腕章からするに、風紀委でもあるみたいですねー。もしかしなくても、《黎き士》のお弟子さんですか?」
「はい。それに、そうだ、ありがとうございます。僕は戦い以外には疎くて、クロサイトさん達が來てくれなかったら罪を暴くのは難しかったと思います」
まさか全員を毆って真実を吐かせるわけにもいかない。助かったというのは本心だ。
「いえいえ、むしろ謝罪しなければですよ。半ば放置されている地域だったんですよね、此処。ヤマト民族が沢山居してきたってことで、《黎き士》を通して巡回ルートにれてくれと要請があったんですが……いやぁ、役所仕事というかなんというか、こっちに下りてきたのがさっきでして」
ミヤビはちゃんとその點も考えていてくれたのだ。
「そうだったんですね。あ、醫者の方は……」
「ご安心くださいな。あたしの《班》の子がもうすぐ來る筈なので。その子治癒魔法持ちなので、お醫者さんに掛かるまでもないですよ。さっき言ったのは、お醫者さん的存在という意味で」
話しやすいだ。
金髪の方の子はぬぼーっと空を見ている。
妹は他の家族の手當てをしていた。
モカもそれを手伝っている。
ヤクモは改めて、ので決意を燃やす。
勝たなければ。今年、自分達が。
壁の外ではいつ死ぬか分からない。壁のというだけでは幸福にはしてあげられない。
チャンスは今年の一度きり。
勝つ。
目の前に誰が立ちはだかろうとも。
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