「……驚嘆に値するよ、ヤクモ。半を裂かれた痛みを以ってしても、君は止まらないのだな」

「一つ、言っておきます」

トルマリンに、言わなければならないことがある。

「僕達を諦めないでくれて、ありがとう」

審判を放置すれば勝てた。

倒れ込んだヤクモに追撃を仕掛けることも出來た。

でも、彼はしなかった。

そのおかげで、自分はまだチャンスを失わずにいる。

「謝はしなくていい。わたしはただ、君がクリソプレーズにしたように、相手の心にこそ敗北を認めさせたい。……勝ちたいと、そう思ってしまっただけなのだから」

単に勝利がしいのではなく。

ヤクモがもうこれ以上は出し切れないというところまで戦い、その上で勝つ。

彼は、自分と勝負に臨んでいる。

「分かりました。では、み通りの戦いを、再び始めましょう」

妹に手を差し出す。

彼は決意を新たに、兄の手を摑む。

名前が。

彼の、別の形の名前が。

「……わたしの銘(な)を、唱えてください」

いつ、そうなったのだろう。

彼は気づいているだろう。

そう(、、)なった《偽紅鏡（グリマー）》は、それまでとはまったくの別と化す。

理屈も條件も不明。

それ故に特別。

口にする。

「抜刀(イグナイト)――雪夜切(ゆきいろよぎり)・赫焉(かくえん)」

あまりに數がないものだから、それを形容する一般的な表現というものはない。

基本的には《黎明騎士（デイブレイカー）》として一括りに呼べば事足りる。

だが、それでも領域守護者はこう呼んでいた。

《黒點群(こくてんぐん)》と。

「…………待て、ヤクモ。今君は、なんと」

雪が、降っているようだった。

氷華がヤクモの周囲を漂い、を綺羅びやかに反している、

刀は変わらない。

「黒點化したというのか……今日、この場で――」

場が騒然とする。

《黒點群》は現在、世界で七人しか確認されていない。

そしてその全てが《黎明騎士（デイブレイカー）》となっている。

『兄さん、わたしは今でも変わらず魔法を搭載していない出來損ないです』

そう。黒點化してもなお、妹に新たな魔法は発現しなかった。

ただ、彼は己の在り方を定めただけ。

二度と折れないことを、ヤクモに誓っただけ。

「僕だって、魔法を使えない無能だよ」

そしてヤクモもまた、彼に誓った。

二度と倒れないことを。

これは、魔法を搭載していない《偽紅鏡（グリマー）》と、魔法を使えない《導燈者（イグナイター）》がまま、ただ戦い続ける為の進化。

「なに馬鹿なこと言ってんだ」「死にかけだった夜風が《黎明騎士（デイブレイカー）》気取りかよ」「痛々しいにも程があるわ」「もっとマシな噓をつけよ」「雪降らせる魔法が使えたんだ～ってじ」「なにそれ、意味なさ過ぎ」

冷めた聲が聞こえてくる。

それに心をされることはない。

あぁ、でも。

「ヤクモさまー！　アサヒさまー！　頑張ってください……っ！」モカの聲が。

「殘念ですわ。今あそこに立っているのが、わたくしではないなんて」スファレの聲が。

「見せて頂戴、ヤクモ。あなたは頂點を獲るのでしょう」ラピスの聲が。

「一回戦なんかで躓いてんじゃないわよ！　アンタが負ける相手はアタシでしょうが！」ネフレンの聲が。

「ヤクモっちー、あとでそれのこと教えてくださいよー」ロードの聲が。

「夜雲ちゃん！　朝ちゃん！」家族みんなの聲が。

「クソ弟子共ッ！　よーやくてめぇらの馬鹿さ加減を理解したみてぇだな！　そうなりゃ後は簡単だ。さっさと勝利を持って來い！」師匠の聲が。

聞こえる。他の聲に掻き消されることなく、全部屆く。

言葉に力が無いと語る者は多い。

先程のトルマリンさえ、言霊の効果を否定した。

その気持も分かる。

不可能事を可能と謳ったところで、理は道を譲ってはくれないのだから、と。

それはそうだ。だが、その論はあまりに極端で、本質を捉えきれていない。

謝されて嬉しくなることはないのか？　の囁きにが満たされることは？

聲援に昂り、決意に魂をわせることは？

言葉に力が無い？

違う。言葉とは想いを形にするものであり、想いとはの原力である。

故に、発せられた言葉は、定められたけ手に屆いた時にこそ、その効力を十全に発揮する。

『勝ちましょう、兄さん。わたし達で』

友達が応援してくれているんだ！

家族が応援してくれているんだ！

師匠が勝てと言っているんだ！

妹が勝とうと言っているんだ！

僕自が勝つと決めたんだ！

それら全ては、どうしようもなく心に熱を注いでくれる。

魂の爐に、燈を點けてくれる！

この熱量を、無とは言わせない。

無価値とは言わせない。

無意味とは言わせない。

何者であろうと、斷じて。

魂が脈する。が沸騰する。神経が研ぎ澄まされ、雷を置き去りにする速度で思考が巡る。

滾々と、止め処なく力が湧き出てくる。闘志が充溢する。

それらを、無秩序に撒き散らすのではない。振るうのではない。

収束する。制する。適宜連結し、最大効率で運用する。

は熱く、されど思考は冷靜に。

「いざ、尋常に」

「……君たちは本當に、素晴らしいな」

魔力防壁が展開される。

敗北寸前まで追い詰められた、あの魔力防壁だ。

雪の華が、舞う。