《たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)》43◇導火

トルマリンの試合に勝利してから數日後。

四組織各四十名、合計百六十名が関わる予選ということもあり、試合と試合の間隔はそれなりに開く。

そして、それでも大抵の訓練生には無関係なこと。時間帯は放課後。

通常授業は変わらず行われるわけだ。

もはや定位置となった晝食場所の木で、ヤクモは幹に背を預けて天を向く。

以前ラピスが言っていたように、葉れの音が心地良い。ささ、ささ、と風に揺れる葉も、たわむ枝も、人を無心に導く何かがある。

「人間って……怖いね」

ヤクモはしみじみと呟く。

ヤクモの辺は劇的に変化していた。

トルマリンに勝ったからだ。

あの《無謬公》、あの第七位、魔法を使わない者同士の戦いにて、ヤクモ達が勝利した。

それだけでなく――黒點化である。

世界で七人しかいない《偽紅鏡(グリマー)》の極地。一代による進化。

例外なく《黎明騎士(デイブレイカー)》の相棒となっている《黒點群》。

魔法を持たぬアサヒを振るい、黒點化させ、第七位に逆転勝ちをした。

加えてミヤビの弟子という噂が、彼が応援に駆けつけたことによって真実味を帯び。

そこへネフレンが決闘で敗北した事実、それによって彼が《偽紅鏡(グリマー)》から首を外したこと、獨斷専行した彼を魔獣の群れから救い出したというエピソードまで広まり。

結果。

「いやぁ、俺は只者じゃないって分かってたよ」「だ、だよなぁ。ヤマト民族なのに學舎にれるって時點で実力者なのは見抜けて當たり前」「馬鹿にしてた奴らは目が節だったのか、それともくだらない差別意識を捨てきれなかったのかね」「大事なのは実力だけだっていうのにな」

《導燈者(イグナイター)》達の話し聲が聞こえてくる。

わざとヤクモ達に聞こえる距離で話しているのだ。自分達はあなたの敵ではないですよ、と遠回しに伝えているつもりなのだろう。

ヤクモをびを売るに値する実力者と判斷したらしい。

「……わたし、あいつらの顔覚えてますよ。最初に馬鹿にしてきた奴らです。手のひら返しもここまで鮮やかだと、不思議と腹も立ちませんね……いややっぱすごくイライラしてきました」

妹はあからさまに表を歪めて苛立たしげにサラダをむしゃむしゃ頬張っている。

「あ、あの、でも、お二人は《偽紅鏡(グリマー)》の希でもあるんです。トルマリン様は元々でしたけれど、ネフレンさまはお二人との決闘を機に首を外されましたし、スファレさまも首をつけろとはおっしゃりませんでした。ヤクモさまとアサヒさまが結果を出す程に、その関係の素晴らしさも広まることとなります。そうしたら……もっと《偽紅鏡(グリマー)》を人のように扱ってくれる人も、増えると思うんです」

亜麻の髪をした《偽紅鏡(グリマー)》の・モカが控えめに、だが強い意志を込めて言う。

八人目の《黒點群》の出現は大きな波紋を呼び、太を取り戻すことを目的としているものの的な活が明かされない領域守護者組織・《燈(ひ)の燿(ひかり)》の職員に検査を依頼された程だった。

師であるミヤビ立ち會いの元、よくわからない何かに繋がれ、よくわからない數字の並びを延々と確認されたのちに解放された。

「兄さんとわたしの関係は參考にならないんじゃないですか? 唯一無二というか、ね? 兄さん♡」

ヤクモは無視した。

「最近扱いが雑になってませんか!? わたしは悲しいですよ!?」

は彼で流されることを前提にそういう話を振っていると、ヤクモも理解している。

「きゃあ、唯一無二ですって……羨ましいわ」「ヤクモさまの憂げな表も素敵!」「クールというか、黒い髪も瞳も恰好良いわよね」「ほんと、お似合いの領域守護者(カップル)よね」「正直混ざりたい」「何言ってるの、あぁいうのは外側から眺めるからこそ素晴らしいのよ!」「っていうか橫にいる巨は何?」

これは主に《偽紅鏡(グリマー)》達の會話だ。が多いのは……なんだろう。よくわからない。

妹の機嫌が先程よりも悪くなり、思いもよらぬ方向から怒りを買ってしまったらしいモカは「はわわ……」と顔を青くしている。

「人気者ね、わたしの何もかもがもうおしくてたまらないとの告白をしてくれたヤクモ」

「してないですね」

こんな風に喋りかけてくるのは一人しかいない。

第九位《氷獄》ラピスラズリ=アウェインだ。

瑠璃しい髪を靡かせて、同の瞳でヤクモを見つめる。

らかい微笑。

アサヒと反対側の、ヤクモの隣に腰を下ろし、を寄せてくる。

うっすらと鼻孔を擽る薫香は、彼から漂うものか。

なくとも細いから伝わる溫は、彼のものだった。

はそのまま制服のシャツのボタンを一つ一つ開けていく。

「ぬわっ……!? 兄さんがわたしにぞっこんであると判明したからと言って過激な仕掛けで釣ろうなどと小癪な! あなたは既に負けヒロイン確定なのですよ! おとなしく戦爭から退場してください!」

僅かではあるが確かな膨らみが、視界にる。

「ヤクモ、今日はあなたに見せたいものがあるの。見てくれるかしら? 目を、逸らさないで?」

モカは顔を真っ赤にして手で顔を覆っているが、例のごとく隙間から推移を覗き見している。

アサヒの怒りが発寸前まで達し、ギャラリーからも様々な思いの渦巻いた聲があがる。

「……今度は何の書類ですか」

ボタンに手を掛けていた時から、不自然な膨らみをじていたのだ。

以前は弁當箱に仕込んでいた。今度は谷間らしい。

よくもまぁ々と考えつくものである。

「あら、じてはくれないのね。こう見えてわたし、気絶する程張しているというのに」

「なら最初からしないでくださいよ」

「無理よ。だって、あなたにドキドキしてほしいもの」

「――――ぐ」

僅かに頬を染め、恥ずかしそうに言うラピスには普段と違う魅力があった。

「兄さん? わたし、浮気は許さないタイプですよ」

妹の刃のような聲に正気に戻る。

「……書類の話を」

ラピスは殘念そうに肩を竦めたが、これ以上は引き摺らなかった。

許から一枚の紙を取り出す。

「どうぞ、わたしの谷間でホカホカになった紙をあなたの指でゆっくりと広げて?」

「こざかしいのだ……!」

アサヒがバッと紙を取り上げる。

ヤクモも容は気になったので、覗き込む。

『第四十位・ヤクモ=トオミネ、アサヒ=トオミネ両名に以下の登録名を與える』

そういえば、《無謬公》《金妃》《氷獄》に相當する二つ名を與えられていなかった。

第一試合には間に合わず、無いままで戦ったのだった。

「なんですこれ、褒めてるのか貶してるのか分かりませんね」

「うぅん、僕は嫌いじゃないけどね」

「名前の価値を決めるのは、當人の実績よ。あなた達なら、それを名譽に出來る。きっとね」

「あ、あのっ、私はとっても素敵だと思います」

改めて書類を確認する。

――《白夜(ファイアスターター)》。

暗闇の訪れない明るい夜のごとく、世界にを燈す者。

悪くない、とそう思った。

    人が読んでいる<たとえ夜を明かすのに幾億の剣戟が必要だとしても【Web版】(書籍版タイトル:幾億もの剣戟が黎明を告げる)>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください