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思っていたよりすっかり遅くなってしまったと、醫局の門を靜かに開ける。

小柄なをさらにめ、足音を立てないように気をつけながら階段を上がっていく。醫局の階段のすぐ橫にある自室の扉は古く開けるたびに軋む音が響く。出來るだけ音が鳴らないようにゆっくり扉を開けようとした時、大きな手に肩を摑まれた。

「僑月(キョウゲツ)、どこに行っていたんだ」

ヒッと言う悲鳴を飲み込んで振り返ると、主治醫でありお目付役でもある韋弦(イゲン)が仮の名を呼び立っていた。

僑月は本來の名をここでは使っていない。口調が命令調なのは誰かが聞いている可能を考えての事だった。韋弦はそのまま僑月の肩を押し部屋の中にって行く。三十路をし過ぎた顔が険しく、かなり怒っているようだ。

「最近はすっかり合もいいので、頼まれた所用の為し出かけていただけだ」

何て事はない、大した事はない、というじで答える。

二人だけになり、口調を変えた韋弦が眉間に皺を寄せて詰め寄る。

「お一人で行かれないでください。いつ発作が起こり、咳が止まらなくなるかも知れないのですよ」

「大丈夫だ」

うん、走らなければ大丈夫だった。だから大丈夫だ、とので言い訳をする。

「東宮からも私と一緒に行する様に言われている筈です」

東宮、現皇帝の長子。今日の夜間外出は東宮からの依頼だった。

昔からが弱く、いつ死んでもおかしくないと言われた僑月をいつも気遣ってくれたのが東宮だった。

本を読み、玩をくれ、調が良い時は馬に乗せて山や川に連れて行ってくれた。

死ぬな、と言ってくれた。

しかし、東宮以外の者が僑月を見る目は無能な者に向けられる冷たいだった。

それに耐えきれず、無理言って主治醫である韋弦の元で醫見習いとして働いている。

最近は、も長し夜中に咳が止まらないことも、息苦しくなる事もなくなってきた。醫見習いとして働いていることが原因かは分からないが、最近では力もついてきて剣も習い始めた。

そんな自分に東宮は一つの頼み事をしてきた。

最近、後宮で大麻が出回っている、吸っている者を見つけてしい、という容だった。

東宮が後宮にる事は殆どない。おそらく宦長あたりから話を聞いたのだろう。いや、醫局長だろうか。

韋弦と一緒に行するように言われていたが、どうしても一人でしたかった。

東宮に出來る所を見せ、認めて貰いたかったのだ。

でも実際は足がすくんでしまった。棒で毆ったのはいいがその後が続かない。

「くっくっっ、はっはは」

突然笑い出した僑月を韋弦が訝しげに見る。

「すまん、すまん。面白いを思い出してな」

まだ笑い続ける。

「心配するな、怪我はない。苦しくもない。それから、明日大麻を吸っていた者の名を東宮に報告する」

その言葉に韋弦が目を丸くする。

「見つけたのですか？」

「ああ、しかし三人だけだ。まだいるはずだから暫くは泳がせておくだろうが」

何より手経路がわからない。後宮にる荷は全て検閲がる。それは荷だけではなく人に対してもだ。

もちろん調べる者も仲間の可能はあるが、検閲はその日に無作為に選ばれた二人で行われるため、その可能はないと考えるべきだろう。

僑月はそこまで話すと、まだ何か言いたげな韋弦を強引に追い出し扉を閉めた。

はぁ、とため息をつき寢臺にを投げ出す。先程発作を起こしたばかりだ。今日はもう休んだ方がよいだろう。そう思うが、昂った気持ちはなかなか鎮まらない。

月明かりの下出會った妃嬪は明渓と名乗った。

気の強い侍だとばかり思っていたら妃嬪だと言う。夜中に出歩き、男の急所など蹴り飛ばすなど今まで聞いた事も見た事もない。

星が見たいと言う理由もよく分からないが、夜空を見上げる白いと気の強そうな目だけは印象に殘った。今まで周りにいたはかな笑顔をり付け、口元を扇子で隠し模範的會話(テンプレ)しかしないつまらないばかりだ。

もう一度話したい。何故かそう思った。

次の日の夕食。僑月は久々に東宮の住む朱閣(シュカク)宮を訪れた。

「ほぅ、それは面白い妃嬪だな」

東宮である峰風(フォンファン)が愉快そうに言いながら酒を飲む。普段なら隣で酌をする妃は今夜は娘の寢かしつけをしていない。

「そこで、東宮に相談なんですが」

「なんだ？」

「と親しくするには、どうしたら良いのですか？」

ぶっっ

東宮が思わず酒を吹き出した。

ゲホゲホッ

しかも咽せ始めた。

はぁと、一息ついた東宮が次はニヤニヤとこちらを見てくる。

「人か？」

「人です」

「的に」

そう言われても言葉につまる。白く艶のあると長いまつ、意志の強そうな目……まとめると

「噛みつきたくなるような……」

「うん、それはお前の年でもしちゃダメなやつな」

やれやれ、と言ったじで東宮は僑月を見る。

帝はこの數年下級嬪に興味を持つことはない。峰風にもしいならいつでも言え、と言っているくらいだ。

だから、本來なら妃嬪に橫慕なんて打首にされても文句は言えないような話でも、東宮が間にれば下賜するよう帝に取り計らうことも可能だ。元服していれば、の話だが。

問題は僑月は病で篭りがちだった事、育つ過程で関わる人間がなかった事、いや元來の質か、々偏った覚を持っている事だ。

「で、まず何からすれば良いでしょう？」

もう一度聞く。

「とりあえず文だろう。知をじさせる容でありながら、甘い言葉を散りばめる。それを何度かわし次に會う約束をする」

うん、うんと頷く。

「そして何より大事なのは」

「大事なのは？」

「出す前に俺か韋弦に見せろ」

僑月は口を尖らせ東宮を睨んだ。