《【書籍化決定】読家、日々是好日〜慎ましく、天無に後宮を駆け抜けます〜》18.薔薇
引き続き 明渓一人稱です
馬車を降りると、目の前は赤、桃、白、黃と鮮やかなで埋め盡くされいて、良い匂いが全を包んでくる。
「薔薇園ですか」
辺り一面に沢山の薔薇が植えられて、大振りの花をつけたもあれば、枝分かれした先に小振りの花が幾つもついているもある。よく見れば花びらの形も厚みも薔薇の種類で違う。知っている薔薇もあれば、見た事がないものもある。
(帰ったら調べよう)
そう心に決め、端からひとつひとつを丁寧に見て行く。ついでに匂いも嗅いで、花びらの枚數、形、、大きさにや枝振りを覚えていく。頭の中の本がペラペラと捲られ、周りから音が消え、いつの間にかその作業に沒頭していった。
(はぁ、腰が痛い)
半刻(一時間)ほど腰を屈めて花を見ていたせいだろう。両掌を腰にあて背筋をばし、そのまま拳で數回腰を叩く。々年寄りじみた作だけど、上を向いた時に見えた青空が清々しく気持ちがよかった。
(さて、続きを……)
そう思ったところである事を思い出して、背中に冷や汗が一筋流れる。
(…やばい、忘れてた)
何をかは言うまでもない。慌てて周りを見渡すと、右斜め後ろで鮮やかな薔薇を背景に腕組みをしてこちらを見ている丈夫と目が合う。何だか、いろいろ眩し過ぎてしまう。
「……あの―」
「なんだ、もういいのか?」
「……ずっとそちらにいらっしゃったのですか?」
夢中になる余り、高貴な方を半刻も放って置いたとなると流石にこれはまずいと青褪める。
「申し訳ありま……」
「気にった花はあったか?」
謝る前に聞いてきたので、怒ってはいないように思える。いや、なんだかの端が上がっていて、寧ろ楽しそうにさえ見える……気がする。
「この大きな赤い薔薇が好きです。し黒味を帯びていて深みのある良いだと思います」
「そうか、分かった」
そう言うと青周は懐から細かな細工模様が施された小刀を出し、薔薇を一、また一と切ると、渡してきた。あっと言う間に腕には十七本の真っ赤な薔薇の花束が完した。
「異國では産まれた日に薔薇を送るそうだ」
そう言って橫を向いた顔がし赤いのは太の下に居過ぎたからだろうか。
「それは個別に産まれた日を祝う、ということですか」
この國では新年を迎える時、皆同時に一つ年を取る。元服だけは異なり、産まれた月に祝うがそれ以外に個別に祝うことはない。
「この國で良かったですね」
「ああ」
しみじみとそう思う。後宮にいる妃嬪の數は八十人程、それを個別に祝うとなると大変煩わしい。その上、一緒の日に産まれた者がいたら、修羅場は避けられない。
同意したところを見ると、青周も何か心あたりでもあるのかもしれない。鋭い目は々取っ付きにくく見えるけれど、かなりの丈夫なので、関係が華やかであったとしても決して不思議ではないと思う。ただ…
「どうして今日が私の産まれた日だとご存じなんですか?」
「後宮の帳面を見ればすぐにわかるだろ」
(わざわざ調べた?)
忙しいと思っていたが案外、暇みたいだ。々と思う事はあるが、相手は皇族なので言えない言葉の方が多く、そのあたりは飲み込んでおくしかない。
「……ありがとうございます。でも宜しいのでしょうか、こちらの薔薇園はどなたのなのですか?」
「俺の母親、皇后のだ」
(!!)
自分でも顔が変わったのが分かった。薔薇を持つ手がじっとりと汗ばみ、恐る恐る両手で抱えた花束を見る。
「いけません! 頂けません、こんな事が皇后様に知れたら……」
賓の首なんてあっという間に飛んでしまう。
「大丈夫だ。皇后はもう十年以上ここには來ていない。來れないといった方がよいのかもしれないな」
「どこかの調子がすぐれないのでしょうか」
「大したことはない、あえて言うなら太りすぎだ。をかすのが億劫になっているからな、こんな後宮の端まで來ることはもうない」
醫學については人並みの知識しかないが、単に太りすぎといってもそこから目や足を悪くすることがある、と聞いたことがある。ただ、皇后の調について賓である自分がこれ以上聞く訳にはいかないのでやめておくことにした。
「小さい頃はよく一緒に來たのだがな」
「思い出の場所、ですか」
何だか、今日は珍しく言葉數が多い。
そして、この場所に連れて來られた事の意味を考えるとし気まずい。これ以上高貴な方のは知りたくないし、関わり合いたくないのに、話は止まってくれそうもない。
「皇后は俺を産んだ後、二人の子を宿したが、一人は流産、もう一人は死産し、その際腹を悪くしてもう子を宿せなくなった。彼にとって不運なことに、同じ時期に東宮の母がごもり二人目の子を産んだ。子は予定より2か月も早く産まれ、周りも何かと心配をしたが今年元服を迎える」
「どうして私にそのような事を話すのですか?」
「これから自分がを置く場所が、どういう場所かは知っておいた方がよい。知らなければ判斷できず、判斷できなければ自を守ることもできないだろう」
どうやらこの人は、本気で私を妻にするつもりなんだと、気づかれないようにため息をつく。それだけは絶対に避けて通りたい。
ただ、地方僚の娘が皇族の求婚を斷ることはできない。今は東宮の側室候補という立場を仮にだけどとってはいるので、青周が行に出ることはないけれど、この狀況がいつまでも続くとは思えない。
「この花も俺たちに見られただけで、すぐに枯れるだろう」
誰に言うとでもなくつぶやく青周の聲が、やけに寂しげで思わず隣を見る。その黒曜石のような瞳は珍しく哀愁のを帯びており、目の前にあるではなく何処か遠い所を見ているようだった。
「……あの、青周様、それでしたらお願いがあります」
「なんだ」
「薔薇をもっともらっても宜しいですか?」
図々しい願いだと思ったけど、頭に以前読んだ本が浮かんできて、こうなるとどうにも歯止めが効かない。十七本の薔薇で恐していたのが噓のようだ。
「…別に良いが」
「ありがとうございます!」
禮を言うと借りた小刀で種類ごとに數本ずつ素早く切っていく。
「年の數だから意味があると聞いたのだが・・・」
何やら後ろで青周がぼやいている気がするけれど、気にする事はないと思っている。すでに明渓の腕には抱えられない程の薔薇が切り取られていた。
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そろそろ推理タグを回収しなくては、と思っています。
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